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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

86連

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「エミレス様!! ご無事ですか!?」

 それからほどなくして、ゴンズと数十名近い兵たちが姿を見せた。
 武器を手にしていた彼らは直ぐにエミレスたちの無事な姿を。
 そして、庭園入り口付近で倒れていたスティンバルを発見した。

「スティンバル様! 一体何があったんだ!?」

 実際はただ気を失っているだけであり、その犯人はラライなのだが。
 彼は進言することなく、話題を変える。

「それより襲撃の方はどうなったんだ?」
「ついさっき何処からか笛の音が聞こえてのう…撤退の合図だったらしく奴ら急に逃げていきおったわい」

 合図を出したのはおそらくフェイケスだろうとラライは内心推測する。
 
「逃亡者たちを追跡中ではあるが…相当な手練れの連中だったもんでのう。振り切られる可能性が高いわい」

 そう言ってため息をつくゴンズ。
 本来、追跡に特化した部隊も国王騎士隊にはいた。
 だがそうした部隊も含めた精鋭部隊は今、この王城に居ない。
 そのせいで何もかもが後手に回ってしまい、王城はこのような窮地に追いやられてしまったのだ。

「さっきもその話をしてたが…部隊が遠征でもする日を狙って襲撃してきたんじゃないのか? 奴ら脱出経路どころか兵の服まで周到に用意してたぞ」

 ラライはそう話しながら衛兵の甲冑を身に着けていたフェイケスを思い出す。
 と、そこへ気を失っていたはずのスティンバルが声を上げた。

「おそらく、ベイルだ…」

 兵士に支えられ、頭を押さえているスティンバルはラライを一瞥する。
 彼はしれっとした様子で視線を背け、仕方なくスティンバルは話を続けた。

「元々部隊に遠征の予定などなかった。だとすれば考えられるのは急を要する事態が起こったから…」

 しかし、そうだとしても国王に一報もせず部隊が総動員されることは早々ない。
 可能性があるとするなら、それは国王に限りなく近い地位の人物が勅命として動かしたから。
 そう話しながらスティンバルは顔を顰める。
 考えたくはない事実に彼自身、動揺を隠せなかった。

「で、ですが…国王騎士隊を動かせるのはラドラス将やサンダース大臣も可能ですぜ?」

 顔色を青白くさせたままのスティンバルへ、ゴンズは咄嗟にそう言う。
 彼の心情を察しての擁護であったが、ゴンズ自身も内々には彼女しかないと確信していた。
 何せ、何よりも国王を想い何が有ろうと真っ先にやって来る性格の彼女が、ここに未だ駆けつけていないのだから。

「私に気遣いは無用だゴンズ。城を攻められ妹も助けられなかった私に…今更妻に裏切られていたなど…当然の結果だ…」

 今回の事件全てに責任を感じ、そう告げるスティンバル。
 その悲痛な面もちは隠しきれておらず、ゴンズを含めた周囲の兵たちも思わず眉を顰めてしまうほど。
 掛ける言葉も見つからず、空の色と同じ暗い空気が広がっていく。
 と、静まり返ってしまったそんな中で、おもむろにエミレスが口を開いた。

「多分お義姉様は…ノーテルに行っていると思います」

 彼女の言葉にいち早く反応したのはラライだった。

「それ言って良いのか…?」

 ラライに支えられるエミレスは彼と視線を交え、しっかりと頷く。

「私を暴走させようとした方が言っていました…ノーテルで待つと」
「確かに…手を組んでいたとするなら、ベイルもそこで落ち合う可能性もあるか」

 エミレスの言葉に、スティンバルはしばらく思案顔を浮かべる。
 が、直ぐに顔を上げると彼はその場にいた兵たちへ命令を出す。

「お前たちは被害状況の報告と城の復旧作業に取り掛かってくれ。それと…念のためベイルが王城内にいるか探して欲しい。ゴンズは至急出て行った部隊―――第一、第三部隊を見つけ次第王城へ戻るよう伝達。それからそのままノーテルへ向かってくれ」

 そう指揮するスティンバルの双眸には先ほどまでの動揺や負い目はなく。
 国王としての威厳を見せるいつもの姿があった。

「―――ってスティンバル様、この老骨めに随分な重労働を……!」






 王命を受けた兵たちが其々去って行く中。
 スティンバルはおもむろに踵を返した。
 歩く先には、未だラライに支えられたままのエミレスがいた。

「言うのが遅くなったな…無事で何よりだ、エミレス」

 そう言うとスティンバルはエミレスの頭を優しく撫でた。
 懐かしい温もりと兄の微笑みにエミレスもまた笑顔を返す。
 
「はい…ご迷惑をお掛けしました……」

 笑顔でありながらも、その瞳から涙が零れ落ちる。
 と、スティンバルの視線はエミレスからラライへと変えられる。
 先ほど受けた諸々の事柄からすれば、言いたいことも色々あっただろう。
 だが、彼はそれを言及することはなく。

「感謝する、ラライ」

 それだけ言った。
 ラライは顔を背けたまま、「そりゃどうも」とそっけなく返した。
 そんな彼の様子を間近で見ていたエミレスは思わず、声を上げて笑ってしまった。






   
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