上 下
154 / 313
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

82連

しおりを挟む
   






「…思い、出した……私は…お父様に喜んで…貰いたくて………それで……」

 フェイケスは語った。
 エミレスの虚しい生い立ちを。
 その結果起こってしまった惨劇を。
 ノーテルに追いやられた事実を。
 人々に疎まれ、隠され、否定されている全てを。
 記憶が蘇りつつある彼女を、ここぞとばかりに追い詰めていく。

「10年前、お前は此処で…実の父親を殺した…沢山の者を傷つけた」

 エミレスが倒れ込んだ場所。
 荒れた庭園の中心部、石畳も無い窪んだ更地。
 それは紛れもない、かつて自分の父を死に追いやった東屋の跡地だった。
 
「―――ああ、そうだ。稀少な一族の秘宝を返してくれないか?」

 黒い笑みが、エミレスへとゆっくりと近付く。
 そうして、フェイケスは彼女の首飾りに手をかけた。
 そのペンダントはかつて、彼がエミレスに送った物だった。
 一度は壊されたがキチンと直して、大切に肌身離さず付けていた。

「純度の高いこの結晶石ロムノーロにはエナロムを吸収する作用があり、それによって力を抑制させることが出来る…だからお前にくれてやった」
「え…?」
「これがあったからこそ、お前は随分な無茶が出来た。これまで力を暴走させず、感情を爆発出来た」

 直後、フェイケスはペンダントを引きちぎった。
 金メッキの鎖は弾け飛び、辺りに散乱する。
 彼の手にはペンダントのトップに飾られていた結晶石が握られていた。

「だがもう不要だ。全てはお前を…この城を墓標とするための準備だったのだからな」
 
 目の前のフェイケスに、もう笑みはなかった。
 顔を俯かせたまま、エミレスと眼を交えようともしない。
 彼の燃えるような紅い双眸は、その手に握られた透明な結晶しか見ていない。

「それじゃあ…私に、優しくしてくれたのは…?」
「全部嘘だ」
「あの夜に、してくれたの、は…?」

 彼は立ち上がり、エミレスに背を向けると言った。

「お前を此処で貶め暴走させるためだけの偽り…それだけだ」

 今までにないくらいの低い声。
 感情のない、氷のように冷たい言葉。
 それは、エミレスの描いていたもの全てを踏みにじった。
 跡形もない程に彼女の心は、音を立てて砕けていったようだった。





「全てのためにも―――今直ぐ此処で消えろ、醜女が」

 辛かった。
 きつかった。
 聞きたくなかった。
 その言葉はエミレスをどんな言葉よりも辛く、どんな凶器よりも鋭かった。
 直後、エミレスは悲鳴を上げた。
 断末魔のような切ない叫びは、恐れていた事態を引き起こした。

「ああぁぁっ―――!!」

 エミレスは体から緩やかな光を発する。
 前よりも緩やかに、しかし確実に閃光は彼女を包み込んでいく。
 悲しみと絶望を帯びた輝き。
 その間にもフェイケスは逃げることはせず。

「これが…神が、俺が求めていた光……」

 球体を描く光の外側から、呆然とその様子を見つめていた。





 ようやく屋上庭園に辿り着いたラライとスティンバルは、目の前の光景に言葉を失う。
 そこには閃光の球体があった。
 スティンバルは瞬時に記憶を呼び起こす。
 間違いなくその輝きは10年前に見た恐怖の光景そのものだった。

「エミレス!」

 スティンバルは無謀にもその輝きへ飛び込もうとした。
 が、彼の肩を掴みラライが制止する。

「国王が無謀にも程があんだろ!」

 ラライは力任せにスティンバルを引き倒した。
 スティンバルは尻餅を付き、その場に両手をつける。
 しかし、彼はめげずにまた起き上がると光の中へ飛び込もうとしていた。

「俺が行かなければならないんだ! 今度こそエミレスの手を取らなくては……あの日の後悔を二度も味わいたくはない!」

 この場所に来てから、スティンバルの左顔の傷がずっと疼き痛んでいた。
 過去の傷が、後悔の暗闇が、彼を光の中へと駆り立てる。

「だからと言って国王を飛び込ませられんだろが!」

 光の球体は徐々に膨らみ、辺りを包み込んでいた。
 このままではこの庭園全体―――それどころか、王城さえも巻き込まれる危険性があった。
 逃げ場のない状況ではあるが、だからと言って国王に危険を冒させるわけにはいかない。

「オレが行ってアイツを引っ張ってくる」
「君には関係のないことだ! これは我ら兄妹の問題であり、王家の問題―――」

 そう言いかけたところでスティンバルは意識を失う。
 彼の首側部にラライの手刀が当たったのだ。
 国王にして良い行為ではないが、緊急事態故の対応だった。

「悪いな。始めからアンタには道案内で来てもらっただけなんでな…」

 ラライはスティンバルを庭園壁際まで担ぎ運ぶと、直ぐに踵を返し光の球体へ向かった。
 枯れ果てた茨の植え込みをゆっくりと包み込んでいくそれは、白くも不気味な生き物にラライは見えた。
 近付く程、彼の足は反発するように重くなり、泥沼の中を歩くような感覚になる。
 体中は荷を背負わされているように重くなり、何故か息も荒くなった。

「くそっ……何やってんだよ…馬鹿が……」

 そう舌打ちを洩らした直後、ラライは光の中へ迷わず飛び込んだ。
 国を救うため。
 この事態を早く終わらせるため。
 ―――なんて、そんな正義感からではない。
 彼女を一刻も早く、この冷たく白い空間から救い出すためだった。






   
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

勇者の凱旋

豆狸
恋愛
好みの問題。 なろう様でも公開中です。

処理中です...