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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
79連
しおりを挟む重い瞼を開ける父に気付いたエミレスは、ローゼンの花びらを父へ渡そうとした。
庭園に咲いていたそれを、彼女は効能も知らないままに摘んでいたのだ。
「おとうさま、元気になって……」
「今は良いんだ」
いつもとは違う無愛想な父は、鬱陶しそうな顔を見せながらその手でエミレスを払いのけた。
彼の手はエミレスの指先に当たり、ローゼンの花びらは無惨に舞い落ちていく。
しかし、エミレスはそれで諦めることはなかった。
いつもとは違うからこそ、父にはこれが必要なんだ。
そう思い込んだエミレスは地べたに散った花びらを拾い集めた。
彼女の指先はローゼンの花の棘によって傷だらけで、鮮血を滲ませる箇所もあった。
「だって、これで元気になるんだもの…ねえ、おとうさま―――」
懲りることなくローゼンの花びらを差し出すエミレス。
が、父が何か言うことはなく。
するとエミレスは仕方がないとばかりに父の頭にローゼンの花びらを乗せようとした。
せめて近くで香りでも、と思ったのだ。
すべては父のため。
父に喜んで貰って、褒めてもらうための拙い行動だった。
スティンバルはその光景に何故か無性に胸騒ぎを感じた。
「ちょっと待っていてくれ」
流石にこれ以上見ているだけではいけない。
そう思ったスティンバルはベイルにそう告げると、庭の入り口に彼女を残して自分は父と娘の元へと近づいていった。
大したことではないはず。
それなのにスティンバルの心は急げと告げていた。
そのときだった。
「もうあっちへ行ってくれ…!」
もう一度払おうと伸ばされた手。
それはエミレスの頬にへと当たってしまった。
勢い余り、エミレスは石畳に尻餅をついた。
父にしてみればほんの些細な過ちであった。
自分に感けてエミレスを鬱陶しいと思ってしまっただけのこと。
しかし、初めて平手を受けたエミレスにとっては、それは父に怒られた行為以外の何ものでもなく。
純粋に嫌われたのだと思ってしまったのだ。
「うっ…うぅ……」
思わずスティンバルは足を止めた。
エミレスは初めてのことにショックで泣き始めてしまった。
顔をくしゃくしゃにし、真っ赤になった頬に大粒の涙が零れ落ちた。
おとうさまに嫌われた、嫌がられた。
叩かれた、あっちへ行ってと言われた。
おとうさまのためにやったことなのに―――。
大切に育てられた箱入り娘であった彼女は、たったそれだけで大泣きしてしまった。
全てに絶望したかのように悲しみ叫んだ。
それだけを見れば、これは幼気な思い出の一つとして終わったはずだった。
だが、その直後だった。
身の毛もよだつ恐怖が始まったのは。
全ては一瞬のことだった。
大泣きしていたエミレスの身体が突如、発光した。
その輝きは閃光弾の如く周囲を巻き込む形で包み込んでいった。
かと思いきや次の瞬間には、スティンバルの身体は吹き飛ばされていた。
まるで何かに弾かれたような、岸から川へ飛び込んだ瞬間のような痛みに襲われながら。
彼の身体はローゼンの植え込みへと飛ばされてしまい、全身に棘を受けた。
身を守る余裕もなく傷だらけとなり、最終的には壁に打ち付けられた。
その衝撃によって、スティンバルは意識を失ってしまった。
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