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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

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 重い瞼を開ける父に気付いたエミレスは、ローゼンの花びらを父へ渡そうとした。
 庭園に咲いていたそれを、彼女は効能も知らないままに摘んでいたのだ。

「おとうさま、元気になって……」
「今は良いんだ」

 いつもとは違う無愛想な父は、鬱陶しそうな顔を見せながらその手でエミレスを払いのけた。
 彼の手はエミレスの指先に当たり、ローゼンの花びらは無惨に舞い落ちていく。
 しかし、エミレスはそれで諦めることはなかった。
 いつもとは違うからこそ、父にはこれが必要なんだ。
 そう思い込んだエミレスは地べたに散った花びらを拾い集めた。
 彼女の指先はローゼンの花の棘によって傷だらけで、鮮血を滲ませる箇所もあった。

「だって、これで元気になるんだもの…ねえ、おとうさま―――」

 懲りることなくローゼンの花びらを差し出すエミレス。
 が、父が何か言うことはなく。
 するとエミレスは仕方がないとばかりに父の頭にローゼンの花びらを乗せようとした。
 せめて近くで香りでも、と思ったのだ。
 すべては父のため。
 父に喜んで貰って、褒めてもらうための拙い行動だった。



 スティンバルはその光景に何故か無性に胸騒ぎを感じた。

「ちょっと待っていてくれ」

 流石にこれ以上見ているだけではいけない。
 そう思ったスティンバルはベイルにそう告げると、庭の入り口に彼女を残して自分は父と娘の元へと近づいていった。
 大したことではないはず。
 それなのにスティンバルの心は急げと告げていた。




 そのときだった。

「もうあっちへ行ってくれ…!」

 もう一度払おうと伸ばされた手。
 それはエミレスの頬にへと当たってしまった。
 勢い余り、エミレスは石畳に尻餅をついた。
 父にしてみればほんの些細な過ちであった。
 自分に感けてエミレスを鬱陶しいと思ってしまっただけのこと。
 しかし、初めて平手を受けたエミレスにとっては、それは父に怒られた行為以外の何ものでもなく。
 純粋に嫌われたのだと思ってしまったのだ。

「うっ…うぅ……」

 思わずスティンバルは足を止めた。
 エミレスは初めてのことにショックで泣き始めてしまった。
 顔をくしゃくしゃにし、真っ赤になった頬に大粒の涙が零れ落ちた。



 おとうさまに嫌われた、嫌がられた。
 叩かれた、あっちへ行ってと言われた。
 おとうさまのためにやったことなのに―――。



 大切に育てられた箱入り娘であった彼女は、たったそれだけで大泣きしてしまった。
 全てに絶望したかのように悲しみ叫んだ。
 それだけを見れば、これは幼気な思い出の一つとして終わったはずだった。
 だが、その直後だった。
 身の毛もよだつ恐怖が始まったのは。






 全ては一瞬のことだった。
 大泣きしていたエミレスの身体が突如、発光した。
 その輝きは閃光弾の如く周囲を巻き込む形で包み込んでいった。
 かと思いきや次の瞬間には、スティンバルの身体は吹き飛ばされていた。
 まるで何かに弾かれたような、岸から川へ飛び込んだ瞬間のような痛みに襲われながら。
 彼の身体はローゼンの植え込みへと飛ばされてしまい、全身に棘を受けた。
 身を守る余裕もなく傷だらけとなり、最終的には壁に打ち付けられた。
 その衝撃によって、スティンバルは意識を失ってしまった。




   

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