上 下
148 / 313
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

76連

しおりを挟む
   






 エミレスとフェイケスは王城の屋上に来ていた。
 此処にはノーテルの屋敷の庭のように、沢山の花や木々が観賞用に植えられている。
 しかし王城の裏庭同様、手入れされた様子は此処十年近くなさそうで。
 庭園は雑草に覆い尽くされていた。

「―――フェイケス…どうしてここに?」

 彼女は此処にきてようやく冷静さを取り戻し、一つの疑問を投げかけた。
 困惑めいた表情を見せる彼女。
 だが、フェイケスはそんな彼女の顔を見ようとしない。
 それどころか此処に来るまでの間、彼は一切口を開くことはなかった。

「以前……僕の一族の名について、話したね…?」
「…はい、イニムですよね」
「しかし一般の者にはネフ族と呼ばれている」

 エミレスの困惑は一層と深まる。
 急に何故そんな話をし出すのだろうと。
 フェイケスは彼女の困惑を他所に話を続ける。

「昔の言葉で紅蓮やら蒼穹を意味するらしいが…我が一族において『ネ』は神を意味する言葉。そして……『フ』という言葉は否定を意味する…」

 その直後。
 フェイケスは指先を額に当て、爪を立てた。
 紅い瞳に交差し、額から紅い線が描かれる。

「つまりネフとは我らにしては『神に背く』という烙印でしかない! だから俺はこの言葉が嫌いで堪らなかった…!!」

 その瞬間、エミレスは首を締め付けられた。
 昨夜、頬を撫ぜてくれたその指が今度は彼女を苦しめる。

「ど…うし…て…?」

 突然のことに驚きと困惑しかないエミレス。
 だが、フェイケスの見せる強い怒りと憎しみの形相は、これまでにない恐怖を植えつけた。
 フェイケスは正気に返ると、静かに彼女の首から手を放した。
 エミレスは解放され、息を荒くしてその場に座り込む。

「『ネフ』と呼ぶ人間は嫌いだが、名づけたお前の一族は…それ以上に憎い!」
「え…」
「お前ら王族なんだよ…初めに我らイニムにそんな不名誉な名を勝手に付けたのは…!」

 口調も今までとは違い荒々しく、見つめるその顔までまるで別人であった。
 否、最早別人だとエミレスは思ってしまった。

「…フェイケス…」

 気のせいだと信じたい。
 エミレスは手を伸ばした。
 が、フェイケスは彼女の手を跳ね除け、更には頬を思い切り打った。
 彼女の頬が紅く染まっていく。

「俺の名を呼ぶな! 汚らわしい!」

 涙が溢れた。
 体中が痛くて仕方がなかった。
 エミレスは信じられなかった。
 ずっと優しくしていた人の、あっけない裏切りが。

「ずっとこの機会を待っていたんだよ…お前のその、恐怖と絶望に震える顔を見るのが…!」

 ずっと思い描いていた憧れの、大好きだった人の、非情な笑みが。
 エミレスは信じられなかった。




「…俺はずっとお前が嫌いだった、憎んでいた―――だがそれは俺だけじゃない」 
 
 フェイケスはそう言うと不気味に黒い笑みを浮かべる。
 ゆっくりと近付く男に、エミレスは思わず後退りをする。
 つい先ほどまで、あんなに近寄りたいと思っていたはずなのに。
 恐怖と困惑と、絶望でエミレスの呼吸は浅く、早くなっていく。
 フェイケスはそんな彼女を見つめ、告げた。

「何故お前が皆から嫌われているか、知っているか…?」
「皆から…嫌われる理由……?」

 そんなことは知っている。
 それは自分が醜いからだ。
 王族なのに、見合わないほどに醜くて惨めで――。
 だから、嫌われていた。

「見た目等…それは只の一端だ」

 フェイケスはそう言うとエミレスの髪の毛を鷲掴みにした。
 持ち上げられ、苦痛に歪む顔。
 彼女の金の髪は乱れ、されるがままに揺れた。

「嫌われている一番の要因…それはお前の呪われた力だ」
「私の…力…?」

 フェイケスは髪の毛を離し、するすると指先から離れていく。
 エミレスは解放され、力無く地べたに倒れた。
 未だ何も分からず困惑顔でいる彼女に、フェイケスは笑みを零した。

「本当に何にも覚えていないのか、傑作だな…いいさ、思い出させてやる」

 エミレスは恐怖に強張らせた。
 息さえも止まってしまうほどに体は硬直し、気圧される。
 完全に脅えきってしまっている彼女へと、フェイケスは手を伸ばした。

「―――お前は今では殆ど使われなくなった『エナ』という力を持っているんだ」
「エ、ナ…?」
イニムはそれをロムと呼んでいるがな」






 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

勇者の凱旋

豆狸
恋愛
好みの問題。 なろう様でも公開中です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...