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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

75連

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「何故、何故そう思うんだ? この襲撃の目的がエミレスであると何故思える!?」

 動揺が徐々にスティンバルの声量を大きくさせる。
 周囲がそれに釣られて怯え始めていることも気付かずに。
 ラライは深くため息をつき、答えた。

「ノーテルでの襲撃を考えりゃあ同一犯がエミレスを狙ってきたと考えるのが妥当だ……が、それとは別で昨夜、錯乱状態だったろうエミレスを宥めていた奴を目撃した。偶然にしちゃあ出来過ぎた登場しやがったそいつの髪が…蒼色だったんだよ」

 そう言いながらラライの脳裏には昨夜の光景が過る。
 闇夜の雷雨でも良く映えた蒼い髪。
 その男に助けられ、抱き締められていたエミレスの姿。
 遠目であったはずなのに、今でも鮮明に思い出される。
 彼は人知れず舌打ちする。




「偶然を装いエミレス様に近付いたというネフ族とこの襲撃のネフ族が繋がっているというならば…確かにその目的はエミレス様を安心させ連れ去り易くするための演技―――」
「まさか…それが『フェイケス』であったのか…!?」

 思案顔を浮かべていた大臣の台詞を遮り、突如ゴンズが叫ぶ。
 どうやら彼もこの事件全ての繋がりに気付いたようだった。

「オレはリャン=ノウ姐さんの手紙を読んだわけじゃないが、恐らくそうだろうな」

 そうなれば、この一連の事件は全て繋がっていくのだ。
 エミレスに近付いてきたフェイケスというネフ族の男。
 ノーテルの町の屋敷で惨劇を起こし、エミレスをわざわざ王城へ戻したこと。
 そして今回の、ネフ族による王城襲撃。
 
「つまり、黒幕はわざわざこの城を墓標に選びたくて策謀したんだろう。アンタらが口を塞ぐ『あの日』になぞって―――歴史から抹消された事件を再現させるためにな」

 ゴンズとスティンバルは互いに顔を見合わせた。
 口に出すことの出来ない封印されたあの日―――あの不祥事。
 アレにより、二人は治ることのない傷を負った。

「あの事件を知る者は今やごく僅かだ。そもそも…アレを再現しようとは誰も思うまい。だが…もしそれを望む者がいるとするならば…」

 ―――それは異常者か復讐者くらいだろう。
 青ざめた顔を顰めさせながら、スティンバルは口を開く。

「『あの日』は…怪我人こそ多数でたが犠牲者はただ一人、前国王だけだ。が…『あの日』の全責任を負い、最重刑である国外追放に処された男が一人いる」

 国外追放。
 文字通りアドレーヌ王国外へと永久追放される刑であるが、王国外は三国時代以前から草さえ生えない荒地という未踏の地が続くとされている。
 つまりそれは、死刑宣告と同等の刑だった。
 そんな刑を科せられた男、それがクェン=ノウという研究者だ。
 その男には双子の実子がいた。
 一人は、今は亡きリャン=ノウ。
 そしてもう一人が―――。

「リョウ=ノウ」

 スティンバルの言葉に、ゴンズは顔を顰める。
 近くで轟く砲撃の音さえ、遠くに聞こえてしまうようだった。




「偵察から戻って来た第二部隊の話ではリョウ=ノウの死体はなく、行方不明との報告はあった。が、犯人である証拠がないと思い捜索こそしていたが…まさかここまでとは…」

 ぎりりと奥歯を強く噛みしめるスティンバル。
 己の目測の甘さ、不甲斐なさ、全てが後悔となって彼を襲う。
 それはゴンズにしても同様であった。
 彼ら双子のことは幼少の頃から知っていたというのに。
 信じたくはない事実―――否、薄々感じつつも目を背けてしまっていた現実に、彼もまた酷く後悔していた。

「ネフ族にエミレス様の秘匿を教え、今回の王城襲撃を企てた…全ての黒幕はリョウ=ノウと、いうことか…!」

 ゴンズの声が僅かに震える。
 それはこの王城の揺れによるもののせいでもあるが。
 と、そうこうとしている間にも砲撃は次々と王城の壁を抉り続けている。

「解ったなら一刻も早くエミレスを助けに行くしかないだろ!?」

 ラライは強い口調でそう言い放つと、ゴンズとスティンバルの間を通り抜けて駆け出していく。

「待て!」

 だがスティンバルのこれまでにない大きな声に、ラライは思わず足を止めた。
 顔を顰め、睨むようにスティンバルを見つめるラライ。
 これ以上無駄な時間を掛けたくはない。
 そう言いかけたときだ。

「私も共に行こう」
「駄目ですスティンバル様! 襲撃の目的があの日の再来であるならばなおのこと一刻も早く避難すべき―――」

 国王の腕を掴み、強引にでも避難させようとする大臣や兵たち。
 しかし、彼の説得を聞くことなくスティンバルはその掴んでいる手を払った。

「―――また目を背け、同じ過ちを繰り返すわけにはいかないのだ…!」

 真っ直ぐで強い眼差し。
 眉目秀麗な顔立ちそのものこそは似ていないが、頑固とも懸命とも映るその双眸は妹とそっくりであった。
 そんなことをふと冷静に思いながら、ラライは踵を返した。

「わかった。国王様はオレが絶対に守るから、付いて来い!」
「今だけはその言い草に目を瞑ろう…感謝する」

 そうして駆け出していくラライ。
 と、彼に続いてスティンバルも強引に走り去っていった。



 ゴンズも出来ることならば二人に付いて行きたいところであった。
 しかし、生憎とここまでの護衛で力を使い果たしてしまっていた。
 今の利き手は痺れたように痛み、かつての利き手が未だそこにあるかの如く疼く。
 だから彼は、託す道を選んだ。

「絶対に何が何でも守れ! そして…エミレス様を救い出して戻ってこいばか弟子!」
 


 そう叫ぶゴンズの声を背にしつつ、二人は上階へ続く階段を上り始める。
 ラライとスティンバルは言葉こそ交わしていなかったが、エミレスが行き着く先に心当たりがあった。
 『あの日』を再現するというのならば、場所は『あの場所』しかなかったからだ。







    
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