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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
71連
しおりを挟む火を受けたことで多少黒ずんでしまったが、その缶自体は頑丈だった。
長方形の平たい缶に、焦げた様子も錆びついていた箇所もない。
軽く振ってみると、カサカサと音がした。
紙の束が当たるような音だとラライは悟った。
「なんつー面倒な造りさせてんだ…あのじいさん」
小さくため息をつきながら、ラライは持っていたナイフを取り出した。
中身が傷つかないよう注意しつつ、彼は刃を刺し、缶を開けていく。
こんなにも手の込んだ細工が施された、そうまでして隠していた真実。
レーヴェンツァーンの花と比喩された彼女―――エミレスの真相。
それをようやく、知ることが出来る。
缶の中には案の定数枚の用紙が畳まれており、更にそこに書かれている文章はとても小さくびっしりと刻まれていた。
ラライは目を細めながら、文章を眺めた。
文の始めにはこう綴られている。
『またいつか来るであろう悪夢の日。そのときに備えて私は此処にこれまでの経緯と事実を綴る。
それが、あの日までのあの子を見守っていた私に出来る、たった一つの罪滅ぼしになると信じて―――クェン=ノウ』
ラライはその爪先のように小さな文章へ目を通していった。
じっくりと、それでいて滑らせるように早く。
文章には筆者がこれまで行ってきた“禁忌”と、筆者が言う『あの日』の真相が事細かに綴られていた。
「…本当に…こんなことが…!?」
文面に目を走らせ終わると、ラライは直ぐに顔を顰めた。
滲む汗をそのままに、静かに息を呑む。
彼の脳裏に、昨日の老人の言葉が蘇る。
『わしはお主の言葉を信じることにした…じゃからわしが託された大事な種をお主に託す……大事な花を託したのじゃ…それをゆめゆめ忘れぬようにな…?』
彼の言葉の意図。
これまで守らなければいけなかった彼女に対する過保護な法則。
そしてその真意も。
ようやくそれら全てがラライの中で繋がった。
「やっとわかったぜ……そういう意味かよ……!」
そうぼやくとラライは持っていた紙をクシャクシャに丸める。
と、先ほどと同じくそれもマッチの火で燃やした。
紅い炎は一気に紙を飲み込み、あっという間に黒い灰へと変わった。
全てが灰となって消えると、床に散り落ちたそれをラライは踏み潰す。
と、そのときだった。
ズドン。
体中に響く揺れと騒音。
ラライは思わずよろめいてしまう。
だがそれは地震というものの揺れではなかった。
「まさか………襲撃か…!?」
そう呟いたラライには心当たりがあった。
それは以前、ゴンズと話していた不穏な憶測のことだ。
残念なことにどうやらその憶測が当たってしまったようだった。
とは言え、この城は元々堅牢な要塞を利用し建て直されたもの。
ましてや湖に浮かぶ島に建つこんな場所へ襲撃、ましてや侵入などほぼ不可能と言える。
特別案ずることは無い―――はずなのだが。
何故かラライは嫌な予感がしてならなかった。
不意に彼は、踏み潰したはずの消し炭へ視線を落とす。
煤となったそれは大理石の白い床に黒い汚れとなってはびこっていた。
と、その直後。
ラライはその予感の正体に気付いた。
「エミレス…!」
脳裏に過った彼女の名前が、自然と漏れ出る。
彼は資料室を飛び出るなり、エミレスの部屋へと駆け出した。
資料室は王城内の離宮にあり、王城最上階の彼女の部屋へは少しばかり遠い距離にある。
通路を駆けながらラライは窓外の光景へと視線を送る。
王城は現在、湖の向こう―――岸側から砲撃を受けている状況にあった。
王城を守る外壁は、その砲弾により音を立てて破壊されていく。
それにより人の悲鳴や叫びが城内に轟く。
「思った以上に面倒な展開だな…!」
騒音はより一層と、激しさを増していく。
本格的な襲撃に、ラライもより一層と駆けていく。
自身の抱いた嫌な予感が、現実のものとさせないために。
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