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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
43連
しおりを挟むエミレスが王城へと戻ってきてから半月が経とうとしていた。
しかし、彼女の暮らしは当初の頃と何ら変わることはなく。
むしろ悪化したとも言えた。
エミレスは一日中部屋に籠りきりとなり、部屋から一切出ることがなくなったからだ。
そうなると世話役であるクレアや侍女としては食事や風呂、トイレといった心配も出てくるのだが。
元来この王城は要塞を再利用して造られたもの。
エミレスの部屋はろう城などの有事の際にはその部屋だけで何日間かは暮らせるよう設計されていた。
先代国王であり、今は亡きエミレスの父の計らいで宛がわれた部屋であった。
だが、そうした父の想いは今や彼女を孤立させるための手段となってしまっていた。
「エミレス様…せめてお返事だけでもしてくださいませんか…?」
日に何度かノックをし、声を掛けていたのはクレアや、エミレス専属の侍女だった。
それはエミレスの身を案じてのことなのだが、彼女から返答は今までに一度もなく。
心配した侍女たちは何度となく、国王へ訴えていた。
今日もまた、一人の侍女が心配した面持ちで謁見の間を訪ねている。
「―――このままの方がエミレス様の御身体に障ると思うのです……食事だってどうなさっているのかも心配なのです…」
侍女は懸命に国王へと訴える。
しかし、一方で国王スティンバルは曇った表情を浮かべたままでいる。
彼自身も実妹の現状は気掛かりであった。
引きこもっているその扉を強引に開け放って良いのであれば、彼は直ぐにでもそうしたかった。
だが、それでは返って状況を悪化させてしまいかねない。
そう“彼女”から助言されたのだ。
「その件についてだが―――」
「心配はいらないわ。エミレスは今、一種の病気に掛かってしまっているだけ。放って見守ってあげることがあの子のためなの。密偵が日に何度か様子を見に行っていますし…だから、そこまで案ずることはないのよ」
国王の言葉を遮り、侍女へそう断言したのはベイル妃だった。
彼女はゆっくりと侍女の近くへ歩み寄り、その肩に優しく触れた。
「……むしろ貴方の方こそ、あの子の心配をする余りに体を壊しては元も子もないわ。ほら、何だかやつれているようだわ」
そう言ってベイルは侍女の頬へと指先を添え、優しく撫でていく。
そして穏やかに微笑みかけた後、その指先を離した。
「暫く休暇をとってはどう? きっとその方が良いわ」
「……か、考えておきます」
突然間近へとやって来た妃に、侍女は思わず緊張し、顔を紅くさせる。
その顔色を隠すように顔を伏せながら国王と妃へ一礼し、その場を去ってしまった。
まるで逃げるように立ち去っていった侍女の後ろ姿を見送った後、スティンバルは小さくため息をつく。
「…ベイル」
「あら、何か悪いことでも言ったかしら? 私は従者たちにも療養は必要だと思って言ったまでよ」
ベイルはクスリと微笑み、スティンバルの隣へと舞い戻っていく。
それから、玉座の手摺へと身を寄せ、彼へ優しく囁いた。
「貴方もエミレスのことは心配しないで良いのよ。私に任せておけば大丈夫だから」
そう言ってベイルはもう一度、穏やかな笑みを浮かべてみせる。
“彼女”のエミレスへの執心は、スティンバルも感嘆するほどだった。
何処か冷淡とも取れる危うい対応は見受けられるが、それでも、それが彼女の表現なのだとスティンバルは信じていた。
妻であり、義姉である“彼女”を信じ、任せておけば良い。
スティンバルはそう思うことにしたのだ。
「……そうだな」
彼はこの日もベイルに言われるがまま、そう呟いただけで終わる。
エミレスについて、何も考えないようにしてしまった。
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