109 / 313
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
37連
しおりを挟む現在、時刻は深夜を回っていた。
王としての職務を終えた男は寝室へと向かうところだった。
今日は久しぶりに妹と再会出来たというのに、大した会話も出来ず、結局今の時間になってしまった。
歩きながら彼はそんなことを後悔していた。
「―――国王様って案外忙しいんだな。てっきり玉座でふんぞり返ってるだけだと思ってたがな」
何処からともなく聞こえてきた声
否、聞こえてきた方向は粗方察していた。
振り返ることなく―――国王は目線だけを流す。
大きな柱に隠れていた、黒髪の男。
男、と言っても年齢はエミレスと同じくらいの若輩に見えた。
「エミレスの護衛をしてくれた…密偵か。その件では礼を言おう」
国王はそう言いながら彼の方へと踵を返す。
通路の奥からふんわりと流れ込んでくる風。
それが青年の黒い髪を靡かせる。
その前髪から覗く双眸は、国王を見るものとは思えないほどに、鋭い眼光であった。
「だが年長者として忠告しておく。目上の者への態度は改めた方が良い」
「あー、そりゃ失敬。あいにく田舎育ちなもんで」
「そうか…では物知らぬ貴殿に名乗っておこう。私はアドレーヌ王国国王、スティンバル・タト・リンクスだ」
そう言って口角を吊り上げるスティンバル。
しかし相変わらず、青年は睨みつけたままでいる。
「君の名前は?」
「―――ラライ」
「で、ラライ。私に何か用かな?」
スティンバルはそう尋ねながら、柱に寄りかかっていたラライの前へ、対等に立つ。
それは国王として、というよりは目上の男性の態度として見せているようで。
そんな彼の気さくと言える対応が気に入らないラライは、小さく舌打ちを洩らした。
「アンタが…噂では良い王様とは聞いている。が、そのわりに間近の声も聞き届けてないんじゃ名折れだな。それとも、国王ってのは大勢の声が集まらんと動かないものなのか…?」
「……どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だ」
ラライは更に目つきをきつくする。
一方でスティンバルも眉を顰め、ラライの意味深な言葉に困惑を示す。
「随分と回りくどいな…単刀直入に言ってくれ。給与の話か?」
「…さあな」
それから無言になる二人。
沈黙は長く続くと思われた。
が、先に折れたのはラライの方だった。
彼は小さく舌打ちした後、スティンバルから目線を逸らした。
「―――アンタの目、その傷のせいで何も見えなくなったんじゃないのか」
「何…?」
スティンバルが遂に見せた、怒りの篭った表情と声。
ラライは彼のその顔を見るなり、不敵な笑みを見せつける。
と、彼はスティンバルが声を上げるよりも先に、素早く柱をよじ登る。
「面倒くせーから助言はここまでだ。悔しかったらしっかり言葉の意味を考えろよ」
そう言ってラライは開きっぱなしである窓から外へと勢いよく飛び出て行った。
ここは二階であるのだが、密偵である彼ならば平気なのだろうと、スティンバルは心配こそしなかった。
が、代わりに湧き上がる感情を抑えきれず、ラライの行方を追おうとする。
通路の先、渡り廊下へと辿り着いたところで彼はようやく外を見下ろせる窓を見つける。
が、時既に遅く。
月も欠けた暗闇の中、彼の姿を見つけることは出来なかった。
「本当に…不躾なことを軽く言ってくれる青二才だ―――この傷がどれほど重いことか、解りもせずに…」
スティンバルはそう呟きながら左目に手を添えた。
左側の額から左頬に掛けてまで出来ている傷跡。
その傷は左目を再起不能にさせてしまったほどのものだった。
決して軽んじて口にして良い傷ではない。
それは怪我に対しても、その経緯に対してもだった。
そんな傷口に触れられたスティンバルは、暗闇の向こうへと消えたラライを暫く睨みつけていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる