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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

25連

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「予定通りエミレスは逃げたらしいな…」
「刺激をなるべく与えないで逃がしてくれた辺り、流石リャン=ノウだよ。そこだけは褒めたいね」

 そう話すリョウ=ノウの顔には笑みが浮かんでいた。
 しかしそれはいつも彼が見せていた爽やかな、穏やかなものではなく。
 不敵で、不気味で、歪な笑み。

「でもね、フェイケス」

 リョウ=ノウは開きっぱなしの窓を閉じると、踵を返し紅い双眸の男へと振り返る。
 名前を呼ばれた男は丁度、返り血の付いた剣を拭いていたところだ。

「本番は此処から、でしょ?」

 リョウ=ノウはそう言って無邪気に笑って見せると、近くのソファに腰をかけた。

「『エミレスに君へ恋愛感情を抱かせること』…それは成功しているみたいだけど、問題はこれからそれをどれだけロマンチックに演出していくかってことなんだからさ」 

 目の前のテーブルに倒れていた花瓶を手に取り、リョウ=ノウは語る。
 無言で聞いていたフェイケスは剣を鞘へ収め、彼と向かい側のソファに座った。
 遊戯を楽しむような彼は無邪気な顔で花瓶をテーブルへと立てた。

「……破滅への終幕はこれからだよ…」

 雷が鳴る。
 白光はリョウ=ノウの笑顔を鮮明に、フェイケスへと見せつける。

「―――そういえば、一つだけ聞くけど」
「…なんだ?」
「君…彼女に本当に恋をしたとか…ないよね」

 リョウ=ノウの質問に、フェイケスは僅かに眉を顰める。

「…ふざけろ……ならば俺は今此処にはいない」

 フェイケスは真顔でそう即答するとテーブルに散らばっていた花を当て付けのように手で払い捨てた。
 無惨にも花たちは、静かに舞い落ちていく。
 リョウ=ノウは改めて笑みを強めた。

「安心したよ…君は僕のものなんだからね……」

 直後、立てていた花瓶を彼と同じように払い退けたリョウ=ノウ。
 花瓶は地面に落ち、割れ、砕かれる。
 その破壊音に構わず、リョウ=ノウはテーブルを跨いでフェイケスを抱きしめた。

「……俺も一つだけ聞いていいか?」
「特別に良いよ…?」
「片割れを失うというのは、どういう気持ちだ…?」

 一瞬だけきょとんと眼を瞬かせるリョウ=ノウ。
 質問の意図が解らないといった様子でいたが、彼は直ぐに破顔し口角を上げる。

「どんな気持ちもないね。ただ同じ生まれで同じ親で同じ顔した人が倒れてるだけ…それだけだよ」
「そうか……」

 改めて緩く優しく抱き締めるリョウ=ノウを、フェイケスはただ静かに見つめる。
 抱き締め返すことまく、愛撫をするわけでもなく。
 不意に、フェイケスは砕けた花瓶へと視線を移した。
 紅い絨毯に滲んでいく花瓶の水と、ゆっくりと交わっていく紅い鮮血。
 その上で無惨に散らばっている野花らしき花たちを見つめ、フェイケスは僅かに眉を顰める。
 そして、何事もなかったように人知れず顔を背けた。



 




 大雨が降り続き、風が吹き荒れる嵐の中。
 エミレスは必死に走っていた。
 身体中ずぶ濡れになろうと前が見えなくとも、思わず転んでしまおうとも構わず。
 走り続けた。
 だが、走りながらも迷っていた。
 脳裏ではずっと自問自答が繰り返されている。
 どうしてこんなことをしてしまったのかと。



 あのときは体中から迸る熱を抑えることが出来ず、つい衝動的に動いてしまったが――今となっては少しばかり後悔もあるのだ。
 リャン=ノウが何故あのような暴言を吐いたか、エミレスは皆目見当もついていない。
 ただ、最近のフェイケスに対する酷い浮かれようは、彼女自身も少しばかり自覚はあった。
 もしかするそうした言動のせいでリャン=ノウに何かしらの迷惑を掛けてしまっていたのかもしれない。
 それでつい衝動的に言ってしまったのかもしれない。
 そう思ってしまうと余計にエミレスは後悔の念に襲われる。

(戻って謝った方が…リャンだって心配しているかもしれない……)

 だが、彼女の足は何故だか止まろうとはしない。
 心は屋敷に向かいたいと思うものの、だが体は自然に、勝手に、反対方向へ進んでしまう。
 まるであの場所へ向かうことがすっかり身体に染み付いてしまっているかのように。
 目を閉じてでもあの場所へ行ける気さえしてしまう。

(もしかして…誰か―――彼が呼んでいる…?)

 そんな考えが浮かんでしまうと心臓が高鳴り、息苦しさが増していく。
 と、エミレスはそれを振り払うように更に強く、早く走り出す。
 何も考えないように、走り続ける。






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