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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
15連
しおりを挟む食事が終わった後もエミレスは終始浮かれた状態でいた。
入浴中も。
着替え中も。
部屋へ戻った後も。
就寝前の読書中も。
脳裏に過るのは、あの蒼い髪と紅い瞳が特徴的な彼の姿。
その興奮と感動の余韻はいつまでも冷めないでいる。
外の世界と疎遠だった彼女にとってフェイケスとの出会いはまさに、新しい絵本を与えられた子供以上の喜びと至福だった。
エミレスは飛び込むようにベッドに転がり、布団を被ることも忘れたまま眠りにつく。
そうして瞼を閉じた先に映る“友達”は、エミレスへ優しく語り掛けてくる。
『また此処でお会いしましょう。私はいつでも待っていますから』
彼の言葉が頭の中で、何度も何度も繰り返される。
また会いたい。
今度は何を話そう。
今度はお詫びに何かプレゼントしなくては。
そんな空想がいつまでもいつまでも浮かび続けてしまう。
ランプの灯りを消した後も、なかなかエミレスは寝付くことが出来ず何度も寝返りを打つ。
だが、この日の夜はいつになく至福で幸福なひとときで。
心が満たされて眠れたのは久々のことだった。
翌日、早朝。
いつもならばエミレスは日課である花壇の手入れをしている時間帯だ。
しかし、今日は違った。
足音を忍ばせながら向かう先は裏口。
そこから彼女は人目を避けるようにこっそりと屋敷を抜け出したのだ。
今度はリョウ=ノウもいない、一人での外出だった。
本当ならば屋敷の外に出ることさえ、堪らなく不安で恐怖で仕方がない。
だが、そう足が竦む度にエミレスはを友達の言葉を思い出す。
『また此処でお会いしましょう。私はいつでも待っていますから』
彼女はその約束のために勇気を振り絞って、屋敷を飛び出した。
徐々に足取りは忍び足から軽やかなものに。
弾むように、踊るように。
エミレスは街の方へと駆け出していった。
そんなエミレスの一部始終を二階バルコニーから覗いていた影が二つ。
走り去っていく彼女の背を見つめながら、双子の姉弟は正反対の表情を浮かべていた。
「あんなに外出を反対していたくせに、本当に一人で行かせて良かったんですか?」
眉を顰めているリョウ=ノウは鉄柵に縛られている縄梯子から実姉へと視線を移す。
「これでええんや」と即答するリャン=ノウは一息おいて答える。
「確かに…あの子に恐怖、怒り、悲しみは絶対に与えてはいけない。それが絶対厳守。やけど……それ以前に笑顔まで奪ったらアカン」
リャン=ノウはそう言うとおもむろに手摺へ凭れ掛かり、丘の向こうへ消えていく少女の背を見つめる。
「もしものため衛兵には後付けさせとるし心配はない。そもそも―――あの子のあんな笑顔、どれくらい久しぶりや…?」
実姉の視線は実弟へと移る。
「…あのように楽しげな様子はスティンバル国王様とご一緒に暮らしていたとき以来かと」
リョウ=ノウは彼女の隣に並び、一緒になって彼方へ消えた主人を温かく見つめる。
だが、彼の表情は一向に曇ったままで。
静かに―――しかし姉の耳に届くくらいの声で―――呟いた。
「でも…笑顔は時として下心を隠す仮面にもなるんです。僕やリャンのそれと同じように…」
意味深な、遠回しに何かを語り掛けているような呟き。
リャン=ノウはそんな彼を一瞥し、それから直ぐに視線を遠く空へと移した。
弟の言葉を聞かなかったことにするかのように、彼女は関係の無い言葉を吐いた。
「……ええ天気やな」
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