83 / 313
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
11連
しおりを挟むまるで壁のように立ち塞がっていた人の山であったが、その男性に背を押された途端。
気付けばエミレスはあっという間に人混みから抜け出すことが出来ていた。
「さて…ここまでくればもう一安心ですね」
市場を離れたエミレスは、近くにあった公園へと辿り着いた。
新緑豊かな木々に囲まれた其処では、他の人々も休息場として安らいでいた。
旅人らしき者の姿、親子水入らずの様子。
中には恋人と思われる二人が仲睦まじく手を繋いでおり、エミレスは思わず視線を逸らす。
しかし、こんなにも多くの人が集まっているのに、リョウ=ノウの姿は見つけられなかった。
「あ、あの…」
と、エミレスは振り返るなり深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
礼を言ってお別れして、早くリョウ=ノウを探さなくてはとエミレス思った。
無礼になってはいけないからせめて名前だけは自身の力で聞いて。
謝礼など後のことはリョウ=ノウに任せようと、エミレスは考えていた。
が。顔を上げた直後、彼女のそんな考えは吹き飛んでしまう。
「あ…」
「どういたしまして」
どこにでもいるような穏やかな好青年の彼は、見たことのない蒼色の髪を揺らしていた。
エミレスは思わず目を見開き、その拍子に男性と目が合ってしまう。
その瞳もまた特徴的で、燃える炎のような赤い瞳をしていた。
エミレスは以前、このアドレーヌ王国には主に三種の人種から成っているだと、習ったことがあった。
クレストリカ系人は金色髪に碧色の瞳。
ムト系人は黒色髪に黒い瞳。
そしてジステル系人の鳶色髪に茶色の瞳。
かつての三国の特徴でもあったためその名称が付いているものの、それはもう昔の話。
一国として統一されてから二百年余り。三種の特色による隔たりは今や皆無となり、かつての人種名で呼ぶことはほとんど無くなった。
しかし、例外もあった。
それが少数民族と呼ばれる者たちだった。
彼らは三国時代の頃より独自の文化を築き、特異な外見を持ち、それを誇りとして暮らしていた。
この地域は特に多種多様な少数民族が暮らしているため、このノーテルの街ではそう珍しい光景ではなかった。
だが、日頃から屋敷で箱入り生活をしていたエミレスにとって、彼は初めての出会いだったのだ。
「あの…髪の色、珍しいですか?」
「あ、いえ…その……」
男性は苦笑しながらエミレスの顔を覗き込む。
エミレスは慌てて視線を逸らし、俯いた。
何をせずとも自然と頬が赤くなっていく。
男性は声に出さないように笑みを零すと、おもむろに何処かへ消えてしまった。
突然去ってしまった男性に、エミレスは急ぎ顔を上げ、周囲を見回す。
「あ…え……」
どうして良いのかわからなかったが、彼を見失ってはいけない。
エミレスは咄嗟にそう思った。
しかし慌てる彼女の予想に反して、男性は近くの露店に寄っていた。
「あそこで待っていても良かったのに」
そう言って苦笑を洩らす男性。
彼は硝子瓶に注がれたジュースを手渡した。
「あ、ありがとう…ございます」
エミレスは顔を俯かせたまま、それを受け取る。
硝子瓶のジュースは朱色がかったオレンジ色をしており、彼女にとって見たことのない色だった。
「とりあえず…近くの芝生に座りましょうか」
エミレスは颯爽と歩いていってしまう彼を、必死に追いかける。
見失わないよう、その特徴的な蒼色の髪を目で追い続けながら。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる