79 / 325
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
7連
しおりを挟む深夜、暗闇に包まれたとある一室。
ソファへ腰を掛ける人影が一つ。
約束の来客が訪れるそのときを、その人物は片膝を大きく揺すりながら待ちわびていた。
と、窓のカーテン越しに突如現れた新たな影。
その人物はそれを見つけるなりソファから立ち上がり急ぎ窓を開けた。
「遅いよ」
苛立ち気味の口振りでそう言われつつ、バルコニーに立っていた男は室内へと招かれる。
男は部屋に入るなり中央に置かれてあるソファへと座る。
「すまない、待たせた。作戦は順調か…?」
「そう見える?」
男の質問に眉を顰めながら、その人物は真向いの席へドカリと腰掛けた。
直後に漏れ出る深いため息が彼らの言う『作戦』の進行度を物語っている。
「…どうにも一歩前に出て来てくれなくれさー。解ってたけど相当な奥手らしい…」
男は顔色を一つ変えずに正面の人物を見つめ続ける。
「こうなったらやっぱ君の手を借りた方が早そうだよ」
前髪を弄りつつそう話す人物。
時折雲間から姿を現す月光が、その者の揺れる黒髪を照らす。
「俺で成功する確率など低いと思うがな…」
「大丈夫だよ」
男にそう返答したその人物は口角を吊り上げながら言う。
「彼女は間違いなく望んでいるんだもの、運命の王子様ってのをね」
薄黒い雲が風に乗って月を隠し始める。
二人の姿はそれにより静かに、闇の中へと呑まれていった。
暗雲が広がっていた昨夜から一転し、今朝は快晴であった。
柔らかな陽光が窓から射し込む中。
エミレスはベッドから起き上がり、いつものように髪を梳かす。
それからいつもの衣装に着替えるといつものように中庭へと向かう。
人が居ないことを確認し、彼女はひっそりと花壇の手入れを始めた。
「今日も元気に咲いてる…良かった」
咲き誇る花たちに優しく語り掛け、そうして今日も日課である作業に没頭していく。
後でいつものように侍女がやって来て中断されてしまうわけだが。
それでも、彼女にとってこの手入れだけは決して止められない。
何があっても止めたくないものとなっていた。
花壇の手入れが終わる頃になると呆れ顔を浮かべた侍女が朝食を知らせにやって来る。
いつもの会話を交え、いつもの朝食を済ませるエミレス。
この後はいつもならば読書の時間が待っている。
が、しかし。
ここからはいつもとは違う。
自室に籠るなりエミレスは衣裳部屋の奥から手提げ鞄を引っ張り出した。
続けてハンカチや財布等を適当に詰め込み、急ぎバルコニーへと向かった。
バルコニーの手摺には梯子が掛けられている。
それは昨日、部屋にやって来たリョウ=ノウが用意してくれたものだった。
「ごめんなさい…リャン」
居るはずのない彼女へ謝罪をするエミレス。
次いでエミレスは梯子に手を掛け、慎重に降り始めていった。
周囲は背の高い木々に覆われており、下の階は客室であるため早々見つかる事はない。
だが、もし誰かに見つかったら。
そんな考えからエミレスの心臓はドキドキと大きく鳴りっぱなしでいる。
体力的にも上手く降りられるか心配していたが、何とか両足共に地面へと着地することに成功した。
「待ってて、リョウ…」
荒い呼吸をそのままにエミレスは急ぎ裏口へと駆けていく。
その顔に辛さは微塵もなく。
むしろ喜びから始終笑みが零れっぱなしである。
しかしそれは無理もない。
昨夜、部屋を訪れてきたリョウ=ノウが今日の買い物について計画を立ててくれたのだ。
あの口約束をちゃんと果たそうとしてくれていたのだ。
街に溢れる人々は好きではない。
だけど彼と買い物をしてみたい。
それだけでエミレスは高揚感に酔いしれた。
ただ、彼との買い物を実現するには大きな壁が立ちはだかっていた。
それが、リャン=ノウであった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で追放した男の末路
菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
RIGHT MEMORIZE 〜僕らを轢いてくソラ
neonevi
ファンタジー
運命に連れられるのはいつも望まない場所で、僕たちに解るのは引力みたいな君との今だけ。
※この作品は小説家になろうにも掲載されています
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。


日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる