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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

66話

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「国王引退後はどうするんだ? 国王補佐でもするのか?」
「ううん。彼は僕や姉さんに似てなくてしっかり者だから…暫くはこの国も安泰だろうね」

 フルトは寄りかかっていた壁から背中を離し、ゆっくりと歩き始めた。
 そして、アドレーヌの眠る水晶体の正面、その断頭に立つと両手を広げた。

「僕はね、新しい王国の開拓と繁栄の方に尽力したいんだ。今の城って湖上の要塞を再利用しているから何もなくてね…だからあの周辺に町を作って栄えさせたいんだ」
「お前の作った町ってなると、なんか騒がしくなりそうだな」
「賑やか、って言って欲しいところだけどね」

 そう言って苦笑をするフルトは、その視線をアーサガからアドレーヌへと移す。
 静かに眠り続ける姉を見つめ、彼は続けて話す。

「…だけど、姉さんが眠る此処らは静かにさせるつもり。花を植えてあげて…姉さんもそれを望んでいると思うからさ」

 良かったら一緒にどう?
 コーヒーを勧めるような感覚で尋ねるフルトへ、アーサガは即座に頭を振った。
 彼は少しだけ眉を下げ「残念」とだけ言った。




「町が発展したときには呼べよ。祝杯くらいはあげてやる」
「いつになるか分からないけど…必ず呼ぶよ」

 そう言ったフルトはナスカの方へ視線を移し、おもむろに歩み寄っていった。 
 が、しかし。
 すっかり苦手意識が芽生えてしまったナスカは近付く彼に驚き、青白い顔をして逃げる。
 困った顔を見せながらもフルトは諦める様子を見せず、長椅子の後ろで隠れているナスカの数歩手前で立ち止まった。
 何をするのかとアーサガが目を凝らしていると、フルトは深く息を吸い、突如歌を謡い始めた。
 遠い記憶に未だ残る、懐かしい歌詞と音楽。
 アーサガは人知れず目を輝かせた。





真っ暗で黒い空
月は遠く手を伸ばしても届かない
灯りは他になくて
手繋ぐ隣の君さえ見えなくて
彼方に鳴いた声が響くだけで
私の心は眠れない

長く歩いた旅の先に
丘を越えた夜空の先に
ようやく見えた満天の星たち
待ち焦れた景色に手を伸ばす
けど星は儚く零れ落ちる
誰かの願いも叶えずに

いつかは明ける夜を見上げて
手繋ぐことも忘れ君と待つ
彼方からゆっくり溢れる白い空
願うように祈るように
優しく子守唄を歌おう
私はやっと眠れそう

黒にも白にも染まる空
そこで輝く陽も月も眩しくて
私では触れそうにない
私では見られそうにない
だから私は歌いたい
「おやすみ」と願って
「おはよう」と祈りたい

だから私は歌いそして眠る
またやって来るあの空を待って





 と、それまで脅えていたはずのナスカが目を輝かせながらフルトの方を見ていた。
 好奇心を抱いた彼女は、珍しく自ら彼の方へと歩み寄っていった。

「…きれいなおうた」
「歌ってみる?」
「うん…」

 頬を赤くしつつナスカははにかみ、頷いた。
 それから静寂としていたはずの建物内には、二色の声が響き渡り始める。
 一つは低いながらも整った優しい声。
 一つはおぼつかない小さなか細い声。
 アーサガは深く瞳を閉じ、その歌を聞き入っていた。






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