上 下
60 / 308
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

58話

しおりを挟む








 その夜。
 アーサガとナスカはハイリの部屋で一晩明かすことにした。
 彼としては早々に出て行きたかったが、ナスカが泣き疲れて眠ってしまった為ハイリがそう配慮したのだ。

「気にしなくて良いですよ。ブムカイ隊長もそう予想していたのか、既に許可も取ってくれていたようです」

 そう言って両手を合わせ、笑みを浮かべるハイリ。
 アーサガはベッドで就寝中であるナスカを見守りながら、ため息をつく。

「……ブムカイアイツのやる事なす事なんでも鵜呑みにしない方が良いぞ。アイツは筋金入りの“余計な”お節介焼きだからな」

 顔をしかめ、アーサガはハイリの方を見つめる。
 彼女は、ブムカイがどんな目論見で自身が宛がわれたのか、気付いてはいないようであった。
 まだまだ母親恋しい年頃の幼女と、生真面目ながら母性溢れる女性軍人。
 今にして思えば、合わないわけがなかった。

「あ、相部屋の方についてなら御心配なく! 今日は別室で寝てもらってますから」

 当の本人は上司の思惑なぞ知る由もなく。
 いつの間にかこれだけ互いの距離が縮まっていることも気にせず。
 添え付けのキッチンで何やら動いていた。
 アーサガは頬杖を突きながら、再度深いため息をつく。

(―――だが平手打ちを喰らうなんて久々だったな…それこそ、リンダを怒らせて打たれたとき以来か…)

 そんな懐かしい記憶を思い出し、静かに笑う。
 彼もまた、いつの間にかハイリの雰囲気に安堵していることに、気付いてはいなかった。

 
 


 父親から離れまいとぴったりとくっついたままで寝ていたナスカであったが、それも熟睡に代わると無意識にアーサガの腕を放していた。
 そうしてようやく解放されたアーサガ。
 彼はベッドからゆっくり離れ、近くにあった椅子へと腰を掛けた。

「身体が岩になるんじゃねえかと思った」

 ポツリとそんな愚痴を零すアーサガへ、クスりと微笑むハイリ。

「岩になってでも見守ることが子育てってことなんですよ、多分」
「多分かよ」

 ハイリはポットに入れてあったコーヒーをカップに注ぐと、それをアーサガへと渡す。
 それから彼女はアーサガと入れ替わるように彼が座っていたベッドの端に腰を掛けた。

「少し冷めてるかもしれませんが」

 ハイリの言葉を耳にしながら、アーサガはそれを一口飲む。
 確かにそのコーヒーは生ぬるく、水っぽく、それでいて口内に残ってしまう程の甘味が嫌と言う程広がっていく。

「―――せめてコーヒーの煎れ方くらいは学んでおけ」

 そんな彼の感想に、ハイリはムスッとした顔でアーサガのカップを奪い取った。
 文句こそ言われたものの、奪い取ったカップ内は空になっていた。
 ハイリは思わず口元を緩ませる。




「…そ、それにしても。ナスカちゃんようやく笑顔になったみたいですね」

 と、表情の緩みに気付いたハイリは慌ててそれを隠すべく顔を背け、就寝中のナスカへ話題をすり替える。
 彼女の絶妙な変化に気付かなかったアーサガは、ハイリの言葉を受けて愛娘の寝顔へと視線を向けた。
 幸せそのものといった笑顔を浮かべながら眠るナスカ。
 こうした寝顔をしっかりと見たのはいつ振りだろうか。
 
「…」

 アーサガは無言のまま、俯いた。







しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

策が咲く〜死刑囚の王女と騎士の生存戦略〜

鋸鎚のこ
ファンタジー
亡国の王女シロンは、死刑囚鉱山へと送り込まれるが、そこで出会ったのは隣国の英雄騎士デュフェルだった。二人は運命的な出会いを果たし、力を合わせて大胆な脱獄劇を成功させる。 だが、自由を手に入れたその先に待っていたのは、策略渦巻く戦場と王宮の陰謀。「生き抜くためなら手段を選ばない」智略の天才・シロンと、「一騎当千の強さで戦局を変える」勇猛な武将・デュフェル。異なる資質を持つ二人が協力し、国家の未来を左右する大逆転を仕掛ける。 これは、互いに背中を預けながら、戦乱の世を生き抜く王女と騎士の生存戦略譚である。 ※この作品はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※本編完結・番外編を不定期投稿のため、完結とさせていただきます。

決して戻らない記憶

菜花
ファンタジー
恋人だった二人が事故によって引き離され、その間に起こった出来事によって片方は愛情が消えうせてしまう。カクヨム様でも公開しています。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...