39 / 296
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~
37話
しおりを挟むカラメル街道―――旧スラム街道にはまるで一つの町かと見間違う程に数多の店や民家が無許可で建ち並んでいた。
それらを一掃する目的ならば、その建物全てを一斉に燃やしてしまった方が手っ取り早く、目的も旧スラム街道の粛清と思い込ませられたはずだ。
だがディレイツ―――ジャスミンは現在も人が住む家、店、廃屋問わず、特定の場所ばかりを襲撃し燃やしていた。
まるでその建物だけにあった記憶と記録、全てを燃やし消してしまうかの如く。
「ふふん、よく覚えていたね。さすがアドレーヌに惚れてただけはあるさね」
ジャスミンは変わらず、口角をつり上げ笑う。
その声に顔をしかめさせ、アーサガは銃を更にジャスミンへ押し付けた。
「良いから答えろ…」
「じゃあ、あんたは何故兵器の撤去をしている? ハンターをしているんだい?」
「それが……アドレーヌが望んでいたことだからだ!」
世界が生まれ変わったあの日。
世界が眩い光に包まれたあの日。
全ての兵器が鉄屑となり、腐敗した大地に緑が蘇ったあの日。
あの瞬間にアーサガは悟った。
それが誰の力のもので、誰の願いだったのかを。
世界が生まれ変わったあの日。
それはかつてアドレーヌと交わした淡い約束――自分が行うべき使命をアーサガが理解した日でもあった。
すると、ジャスミンはまた高らかと笑って見せた。
徐々に白煙が晴れていくせいか、より一層と彼女の笑い声が彼の脳内に轟く。
「じゃああたしと同じさ! あたしもね、アドレーヌのためにしているのさ!」
「何を言ってるんだ。思い出の場所を破壊することがアドレーヌのためなものか!?」
指先に力が込められていくと同時に、自然と銃口が震えてしまう。
怒りに任せ今すぐ引き金を引きたい衝動と、それでは意味がないと留まる理性が彼の中で葛藤していた。
それを知ってか知らずか、彼女は余裕を見せ両手を挙げたまま再度大きな声で笑う。
「あんたが思い出ね…本当に面白い日だよ、今日は。まあ残念だが此処はあの子にとって思い出の場所じゃないんだよ…一刻も早く消すべき忌まわしい過ちの場所なのさ!」
次の瞬間。ジャスミンはアーサガの一瞬の隙をつき、彼の足下目掛け足払いをしかける。
が、咄嗟に気付いたアーサガは彼女の足がぶつかる寸での所で飛び退き、二人は再度対峙する態勢となった。
しかし地面に置いたジャスミンの銃は今、アーサガの手の中にある。
彼女の方が不利な状況は変わらない。
と、ジャスミンは再度両手を挙げてみせ、「さっきの体勢がちょっと疲れただけさね…」と言い、ステージへ腰掛けた。
その間もアーサガは神経を尖らせ、銃口をジャスミンの方に向けている。
「過ちの場所ってのはどういう意味だ…」
「そのまんまの意味さ…あたしはね、あの子―――アドレーヌを神にしてやりたいのさ」
アーサガはより一層と眉を顰める。
自然と引き金に触れる指先にも力が入ってしまう。
アドレーヌは今も水晶のような結晶体の石柱に取り込まれたまま、眠り続けている。
『眠る』という表現が果たして正しいのか。
そもそも彼女は一体いつ目覚めるのか、目覚める事が出来ないのか。
それを知る者は誰も居ないが、ただ一つ確かなことは、アドレーヌはこの国を救った英雄として永遠に語られ続けるに違いないという事実だ。
「彼女が英雄としてなら未来永劫語られ続けるだろうよ。だが神だと? そんなものに人がなれるわけがねえ。そんなものにしてどうする気だ?」
不利な状況であるにもかかわらず、彼女は余裕の表情を見せたまま、煙草を取り出し口に咥える。
「あんたは知らないんだよ。人は神に救いを求めちまう生き物さ。そして、神を求めた者にとって、神の言うことは絶対となる…」
「あんたがそんな熱心な宗教家だとは思わなかったな」
「あたしは神なんか信じちゃいないよ。けど誰だって一度は何かに縋りたくなるんだよ。目に見える女神ならば尚更だろうね」
マッチを取り出すジャスミンを鋭く睨みつけるアーサガ。
すると彼女は「最後の一服くらい見逃しとくれ」と言い、煙草を吸い始めた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。
音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。
その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。
16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。
後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる