そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

29話

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「ガキが舐めた態度しやがってよぉ…何なら俺が闇に生きるルールってのを教えてやろうかぁ?」

 そのため、しつこく絡んでくる酔っ払い男を少年少女は慣れた様子で無視していた。
 男にとってそれが気にくわなかったのだろう。
 顔を顰めた男は、少女へ拳を振りかざそうとした。
 そのときだった。
 男の連れが慌てて駆け寄ってきて、酔っ払い男の首根っこを掴んだ。

「バ、バカがっ! 知らねぇのかこのガキを…このガキは女将の娘だぞ!」
「なっ…!?」

 女将の娘。
 その言葉を聞いた途端、男は顔を青ざめさせ、それ以降何も言わずそそくさと仲間と共に消えていった。
 少年はそんな男達を目線で送ったものの、少女の方はと言えば、元から気にも留めていないようだった。
 と、言うのも。彼女は今まさにステージへと現れた一人の女性に釘付けとなっていたからだ。

「ほら見て! 始まるよ!」

 少女は無邪気にはしゃぎ、少年の服袖を引っ張る。
 少年はというと、全く無表情に見せて、内心は心を震わせていた。
 その女性が特に魅力的なわけではない。
 どこにでもいる17、8歳の普通の女性であった。
 まだあどけなさも見え隠れするその女性は、ステージ中央のマイクの前に立つと、ゆっくりと口を開いた。





   真っ暗で黒い空
   月は遠く手を伸ばしても届かない
   灯りは他になくて
   手繋ぐ隣の君さえ見えなくて
   彼方に鳴いた声が響くだけで
   私の心は眠れない

   長く歩いた旅の先に
   丘を越えた夜空の先に
   ようやく見えた満天の星たち
   待ち焦れた景色に手を伸ばす
   けど星は儚く零れ落ちる
   誰かの願いも叶えずに

   いつかは明ける夜を見上げて
   手繋ぐことも忘れ君と待つ
   彼方からゆっくり溢れる白い空
   願うように祈るように
   優しく子守唄を歌おう
   私はやっと眠れそう

   黒にも白にも染まる空
   そこで輝く陽も月も眩しくて
   私では触れそうにない
   私では見られそうにない
   だから私は歌いたい
  「おやすみ」と願って
  「おはよう」と祈りたい

   だから私は歌いそして眠る
   またやって来るあの空を待って





 彼女の歌声はその場にいた全ての人を黙らせ、静まらせた。
 透き通るその声は聞いたことのない、清らかな声で。
 例えるならば水のせせらぎのような美しい声。
 闇に生きる者達が皆、彼女の歌に聞き入っていた。
 そして、少年もその内の一人だった。
 彼は開いた口を閉じるのも忘れ、目を見開いて彼女の歌を聴いていた。
 初めて聞いた歌だというのに、何故か忘れていた温かさを思い出させるのだ。
 込み上げてくる温かい何かが、目頭を熱くさせるような。
 幼いながらに彼はそんな感動を抱き、歌を聴いていた。
 そして彼女の唇が閉ざされたと同時に、拍手喝采が巻き起こったのは言うまでもなかった。






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