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第二章 魔王討伐の旅に出る

十三.魔法陣

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 翌日は道中魔獣が現れることもなく、予定通りに瘴気の発生場所手前の岩場までスムーズに進むことが出来た。

 馬を岩の陰に繋ぐと水を与えて、王子が戦闘中の音で馬が驚かないようにと防音もしっかりとした結界を馬の周りに張ってくれた。

 岩場から出るとあまり音を立てないように気配を抑えながら少し進む。陣形はいつも通りの前衛ディランと王子、後衛にエリックと俺で田辺さんを挟む形だ。

『ポピー、ウィン、グラッド頼むぞ』

 心の中で妖精たちに呼びかける。程なくして三人の妖精が俺の周りに姿を見せる。前日の打ち合わせ通り、呼びだして直ぐにポピーは俺の短剣に雷を纏わせてくれた。

 街での聞き込みによると瘴気の発生している場所は、地面は砂地で砂丘の様な所らしい。足場が悪いと言うことで、砂地に足を取られないように気を付けなければならない。馬車道を逸れるとすぐに砂地が現れて、ちょっとした砂漠の様だ。魔獣が俺たちに気が付いたみたいで、少しずつこちらに向かって突進してくる。

 王子とディランの戦闘の音で他の魔獣たちも気付いたらしく、魔獣の数が増えていく。ラクダみたいにつぶらな瞳の魔獣は、見た目だけだったら本当に優し気なのに、鋭い牙が生えた口を大きく開けて噛みつこうとする。合間に唾を飛ばしてくるんだけど、それが酸になっているみたいで、躱して落ちた先の地面がジュウジュウと音を立てて煙を上げている。

『可愛いのにこわっ……』

 砂地でも歩きやすい構造になっているラクダ魔獣は、砂もお構いなしで駆け寄ってくる。前衛の二人は大型の熊っぽい魔獣と戦っている。熊っぽい魔獣は爪も鋭く牙も大きく尖っていて、見るからに強そうだ。その熊の魔獣が数頭いて、前衛の二人が食い止めてくれているので、後衛のエリックはこちらに向かってくるラクダ魔獣に弓を射って攻撃をする。小型の魔獣も数種類いるけれど、王子の魔法でこちらに来る前に殆どの個体は倒されている。田辺さんは瘴気の発生源を割り出すために集中しなければならないから、俺とエリックの側から離れないように注意が必要だ。戦闘に夢中なって田辺さんを置いて行ってしまえば元も子もないのだ。田辺さんの周りには王子による強力な結界が張られているけれど、攻撃に何度耐えられるかはその魔獣の強さによるということだし、近寄らせないに越したことはない。

「ウィン、つむじ風!」

「つむじかぜ、びゅお~ん」

 俺がそう指示を出すと、ウィンは風魔法で砂を巻き上げる。ラクダ魔獣たちの視界を奪って、そこにグラッドの攻撃を合わせる。

「グラッド、蟻地獄!」

「ありじご~く、ズッシャーン」

 グラッドは指示通りに砂地に蟻地獄を発生させる。真ん中に魔獣を食べる様な生き物はいないけど、すり鉢状になった地面に飲み込まれていく魔獣たちにポピーの攻撃!

「ポピー雷!」

「いかづち、ぴっしゃ~ん」

 もがいてどんどん深みに嵌っていく魔獣たちに向かって雷が容赦なく落とされる。妖精魔法の制約で命を奪うまでには至らないから、焦げて痺れてはいるけど生きている。ここでグラッドに蟻地獄を解除してもらう。そうすると砂は元の状態に戻るから、痺れて動くことの出来ない魔獣たちは砂に生き埋めになる。自分でもエグイなって思うけど、敵もどんどん強くなっている。俺は魔法を使えないから、こうやって知恵を振り絞って妖精たちと作戦を立てることで戦うしかない。

 ウィンのつむじ風を解除すると、俺たちの周りにいた魔獣は姿を消していた。みんなこの下に埋まっている――。埋まっている魔獣の中には普段は温厚な魔獣もいることだろう。瘴気のせいで気性が荒くなってしまっただけなのに、倒さなければならないのは辛いし、何度経験しても慣れない。心の中で『ゴメン』と呟いて、田辺さんを伴って先に進む――。

 王子とディランはまだ熊魔獣と戦っているから援護する。

「グラッド、泥沼化!」

「泥沼、べっちゃ~ん」

 熊魔獣の足元の地面が沼の様にぬかるんで足をとられている隙に、ディランと王子の剣で切りつけると簡単に倒すことが出来た。

「ショウゴ! 助かった!」

「このまま先に進みますが、瘴気の発生源は特定出来そうですか?」

「うん。少しだけ左に逸れるけど、このまま進んでくれればうちが案内出来る」

 田辺さんは瘴気の発生源を特定出来たようで、真っ直ぐな瞳で前を見据える。熊魔獣たちを倒したけれど、他の魔獣もどんどんこちらに向かって来ている。王子がさっきまで気配がなかった魔獣たちもいると言う。そして恐らくだけど、何者かによって召喚されているのではないかということだった。

「召喚って――」

「恐らく、どこかに召喚用の魔法陣があると思われます。その魔法陣を破壊するまでは、次から次へと魔獣が湧いてくることでしょう」

 魔族らしい気配は今のところないみたいで、目撃された時に魔法陣を仕込んでいたのではないかということだった。

 小型の魔獣も大群でやってくれば厄介だ。動きも素早いため、攻撃が当たり辛いからだ。しかしエリックの魔力を籠めた特殊な矢は、射ると複数に分裂するパターンもあるらしく、まるで矢の雨が降っているようで問題なく倒していく。ファンタジー感が凄い!

 俺も妖精たちに指示を出し、戦闘不能状態の魔獣に短剣で止めを刺す。今までのスポットに比べて魔獣の数も多ければ強さのレベルも違って、短剣だけでは一撃で倒すことは難しい。妖精の魔法がなければ倒すことは出来ないのが申し訳ないと思ったりもした――。でも妖精王の加護を受けて契約した妖精の魔法を使うことは、俺にしか出来ないことだし、妖精は指示がなければ攻撃魔法を繰り出すことは出来ないのだから、自信を持てとみんなに言ってもらって少しだけ自信が持てるようになった。

『北川にしか出来ないことだし、指示を出すなんて司令塔みたいでかっこいいじゃん。軍隊とかの将軍だって指示出してるけど、戦いに出てないから役立たずかって言えば違うし、めっちゃそれって凄い重要な役目だよね? それに北川はちゃんと剣握って戦ってるじゃん! もっと自信持ちなよ』

 俺はみんなの前で弱音を吐いたりはしてなかったんだけど、様子がおかしかったのかな――。一日滞在を延ばした宿で、田辺さんにそう言われてハッとした。俺は妖精軍団の司令塔。俺が散々やり込んだ某モンスターゲームだって、モンスター同士を戦わせていたけど、指示を出していたトレーナーは何もしていないかって言ったらそんなことはない。敵のモンスターと相性の良い属性のモンスターを選んで、的確な指示を出したり時には回復アイテムを投入したりしていた。ゲームと一緒にしたら良くないかもだけど、これが俺の戦い方だと思うと少し心が軽くなった。

 何とか魔獣たちを倒しながら先を進んで行くと、田辺さんが瘴気の発生源が近いと言った。砂丘の奥には小さなオアシスがあって、そこにある小さな岩場から湧水が湧いてささやかな泉が出来ている。その湧水の色が澱んでドス黒く、異臭を発している。どうやらここが発生源の様だ。田辺さんは浄化するために祈りの態勢に入る。俺とエリックはそんな田辺さんの周りに魔獣が寄らないように護りを固める。

「わたしが少し浄化したところ、泉の底部分に魔法陣の気配がありました!」

 何者かによって魔獣召喚の魔法陣が施されていたようで、そこから現れた魔獣たちは瘴気に当てられて狂暴化する無限ループの出来上がりだ。魔法陣を破壊するためには、泉に魔法をぶつけなくてはならず、最悪泉が消失してしまうという――。このオアシスが砂丘唯一の水場であるのは想像に難くない。この泉が消失すれば、ここで暮らす魔獣や動物たちは水を得ることが出来ず、いずれ死んでしまうことになるだろう。ここの生態系が壊れてしまうのは避けたいところだ。

「ポピー、ウィン、グラッド、このままだと泉がなくなっちゃう……。何かいい手はないかな?」

 田辺さんは浄化のために祈りに集中しているから、意見を求めることは出来ず俺は妖精たちに訊ねる。

「う~ん。おれっちとウィンの魔法を組み合わせれば何とかなるかも?」

 グラッドがそう言うと、ウィンも頷いている。

「本当か!? どうすればいいのか教えてくれ!」

「ちょうたんにおねがいしゃれるの、なんだかエッヘンてちたくなりゅ」

 相変わらずウィンは癒し系だけど、今は戦闘中でそれどころじゃない。こうやって話している間もポピーが電流攻撃をしてくれた魔獣に俺は短剣で止めを刺している。

「おれっちが泉の底の土だか砂を岩盤状態に固めるから、ウィンの風魔法で持ち上げて、そこに金髪兄ちゃんが魔法をぶつければ良い」

 ――なるほど。すぐに王子にグラッドの提案を伝える。

「そんなことが可能なのですね。試してみる価値はありそうですね」

 未だに魔法陣からは魔獣が召喚され続けている。瘴気が浄化されても、ここに居るはずもない強い魔獣は元の気性も荒いものも多く、ここに暮らす動物であったり魔獣にとっても脅威であるし、通行人のみんなが困るのも変わらない。

 魔法陣は何が何でも破壊しなければならない。

「グラッド、ポピー頼む!」

「「了解りょうちゃい」」

 魔法陣が浮かぶ岩盤が宙に浮かぶと、そこに王子は魔法を、ポピーは雷をぶつける。岩盤は激しく粉塵をまき散らしなが砕け散った。王子たちが魔法陣を破壊したのとほぼ同時に田辺さんの浄化魔法も発動する――。

 一気に澄んだ空気が溢れ、澱んでいた湧水が透き通るような透明に変わった。ドス黒く変色して異臭を発していた泉も清浄な水に変わって澄み渡っている。

 俺たちは討伐した魔獣から素材を回収して、この先にある街まで移動する。次の街までは距離があるため、数日間野営をしなければならない。

 結局魔族らしき人型の魔物を見ることはなく、魔法陣は破壊してしまったため詳しく調べることも出来なかった。現場を一通り確認すると、岩場に繋いでいた馬を回収して次の目的地に向けて出発した。

『――妖精王の加護を受けているのか』

 無事に浄化が済み、魔法陣を破壊することが出来た俺たちは気が緩んでいたのかもしれない。故に馬を走らせた俺たちの遥か上空から、何者かが見下ろしていることに気付くことはなかった。
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