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【小話】大蛇 side ???①
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「奥様……。私は悔しくってなりません! どうしてお嬢様があんな目に遭わなければならなかったのでしょうか? 不貞を働いたのはあのクズですのに……。それにあの女狐ときたらっ!!」
「マリー落ち着きなさい。あなたの気持ちは良く分かるわ。それに私も怒っているもの」
「ならば何故あの女は何のお咎めもなしに野放しにされているのでしょうか!? 旦那様はもっと抗議なさるべきです……」
「主人は必ず裁かれると言ったわ。ただ、その時が来るまでは手を出すことは出来ないと。それ以上のことは私にも言えないと」
「――旦那様にもお考えがあることは分かりました。今この時にもお嬢様がどんな目に遭っているのか気が気ではありません。それなのにあの女は好き勝手に過ごしている。すぐには気持ちの整理はつきませんが、お嬢様の無事を祈ることに専念したいと思います」
「あの娘のことですもの。異世界でもきっと逞しく過ごしているでしょう。魔法の腕もその他の生活能力に関しても普通の令嬢では足元にも及ばない程なのですから」
二人が話している内容は妹であるアンジェリカのことだった。長年の婚約者を裏切った挙句に異世界に追放するなど鬼畜の所業をしたアイツを許すことは出来ないが、既に王族籍から除名され平民に落とされている。個人的に報復したい気持ちを抑えるのは容易ではなかったが、妹を排除してまで手に入れたかった女にも捨てられ惨めな生活をしている。義弟になるからとそれなりに長い付き合いのある相手だ。愚かしい部分はあったが、勤勉であったというのにどうしたことだろうか。男爵令嬢に現を抜かしているという噂を耳にした時点で手を打っておけばこのようなことにはならなかったのではないかと思うと、私にも責任の一端があるように思えてならない。私がもう少し早くに妹の状況に気が付くことが出来ていれば……。アイツだって道を踏み外さなくても済んだのでは……。後悔とは先に立たないもので、事が起こってからアレコレと考えても遅いのだが。悔やまずにはいられない。
「父上、このままではアンジェリカがあんまりです」
妹が異世界に追放されたと聞いたその翌日、沙汰が下るまで王宮の部屋に軟禁されていた阿婆擦れが何のお咎めもなしに家に戻されたと聞かされた私は、怒りを抑えることが出来ず父に抗議した。
「お前の怒りは最もだ。私も大事な娘をこんな目に遭わせた女をすぐに解放することに憤りを感じている」
「ならば何故こんなにも早く解放されるのですか!? 侯爵令嬢であるアンジェリカを貶めて、王子を除名にまで至らしめた大罪人ではないですか」
父上は悔しそうに俯きながら拳を握りしめている。
男爵令嬢であるあの阿婆擦れのバックには我々ですら手出し出来ないような大物が隠れているのだろうか?
私も一度あの女に接触を謀られたことがあったが、ほんの少し見目が良いだけの礼儀知らずだという印象しか抱かなかった。普段から可愛くて綺麗で完璧な妹を見ているせいか、不快にしか思わなかったため相手にする気にもならなかった。だからアイツが誑かされていると聞いた時にすぐに手を打たなかったのは、そのような女に本気になるはずがないと決めつけていたからだ。
後から聞いた話によると、あの阿婆擦れは男たちの悩みや苦悩に寄り添い懐に潜り込むことに長けていたらしい。誑かされて家督を継ぐことが出来なくなった令息たちも多く、アイツ以外にも相手がたくさんいたようだ。
「お前は覚えているか、貴族家に伝えられる大蛇の伝承を」
ため息交じりにそう言った父上の突拍子もない言葉に、一瞬呆けてしまったけれど理解した。
――自分の利を優先して人の道に外れたことをすれば大蛇に絡めとられて喰われることになる。大蛇は勤勉な者や、他人を思いやる心を持つ者を喰らうことはない。他人の上に立つ貴族は確と心得よ。
『だから家族を大事にし、それを支えてくれる使用人たちにも感謝の気持ちを忘れず、領民たちのためになることを考えていくことが大切なんだ。我々がこうして生活出来るのはたくさんの人々の支えの上で成り立っているのだから』
幼い頃に何度も聞かされた教訓である。ある程度の年齢になれば大蛇に喰われるというのは揶揄だと分かった。悪いことをすれば必ず裁かれることになるから、勤勉に貴族としての社会的責任と義務を全うすること。貴族家に生まれた子供たちに親が教える大切な教訓なのだ。
そして長いこと出てはいないが、この国が属している大帝国の皇帝の悪癖はこの国の貴族たちの間にも知れ渡っている。大蛇に喰われると揶揄される部分はそこに関することなのだ。彼の方たちは長い時を生きる種族であるため、我々普通の人間の寿命のうちのほんの一時に発揮される悪癖に遭遇する機会は滅多にあることではない。
つまりはそういうことなのだろう。
「理解したか。大蛇が動くのを待つのだ」
一部の高位貴族の当主が集められた理由はそこにあるのだろう。そして然るべき時が来るまで好きにさせるようにということだった。集まった当主たちは再度後継者たちに心得を説いたことだろう。
そしてついにその時が――。妹が追放されてから一年以上の時が経過していたが、あの阿婆擦れが裁かれる時がきたのだ。野放しにされている間に侍らせていた貴族たちは、教訓を理解せず、貴族としての心得を大切にしなかった。大蛇に喰われるのは阿婆擦れだが、その周りの奴らも家族からも見限られそれぞれに罰を受けることだろう。
「マリー落ち着きなさい。あなたの気持ちは良く分かるわ。それに私も怒っているもの」
「ならば何故あの女は何のお咎めもなしに野放しにされているのでしょうか!? 旦那様はもっと抗議なさるべきです……」
「主人は必ず裁かれると言ったわ。ただ、その時が来るまでは手を出すことは出来ないと。それ以上のことは私にも言えないと」
「――旦那様にもお考えがあることは分かりました。今この時にもお嬢様がどんな目に遭っているのか気が気ではありません。それなのにあの女は好き勝手に過ごしている。すぐには気持ちの整理はつきませんが、お嬢様の無事を祈ることに専念したいと思います」
「あの娘のことですもの。異世界でもきっと逞しく過ごしているでしょう。魔法の腕もその他の生活能力に関しても普通の令嬢では足元にも及ばない程なのですから」
二人が話している内容は妹であるアンジェリカのことだった。長年の婚約者を裏切った挙句に異世界に追放するなど鬼畜の所業をしたアイツを許すことは出来ないが、既に王族籍から除名され平民に落とされている。個人的に報復したい気持ちを抑えるのは容易ではなかったが、妹を排除してまで手に入れたかった女にも捨てられ惨めな生活をしている。義弟になるからとそれなりに長い付き合いのある相手だ。愚かしい部分はあったが、勤勉であったというのにどうしたことだろうか。男爵令嬢に現を抜かしているという噂を耳にした時点で手を打っておけばこのようなことにはならなかったのではないかと思うと、私にも責任の一端があるように思えてならない。私がもう少し早くに妹の状況に気が付くことが出来ていれば……。アイツだって道を踏み外さなくても済んだのでは……。後悔とは先に立たないもので、事が起こってからアレコレと考えても遅いのだが。悔やまずにはいられない。
「父上、このままではアンジェリカがあんまりです」
妹が異世界に追放されたと聞いたその翌日、沙汰が下るまで王宮の部屋に軟禁されていた阿婆擦れが何のお咎めもなしに家に戻されたと聞かされた私は、怒りを抑えることが出来ず父に抗議した。
「お前の怒りは最もだ。私も大事な娘をこんな目に遭わせた女をすぐに解放することに憤りを感じている」
「ならば何故こんなにも早く解放されるのですか!? 侯爵令嬢であるアンジェリカを貶めて、王子を除名にまで至らしめた大罪人ではないですか」
父上は悔しそうに俯きながら拳を握りしめている。
男爵令嬢であるあの阿婆擦れのバックには我々ですら手出し出来ないような大物が隠れているのだろうか?
私も一度あの女に接触を謀られたことがあったが、ほんの少し見目が良いだけの礼儀知らずだという印象しか抱かなかった。普段から可愛くて綺麗で完璧な妹を見ているせいか、不快にしか思わなかったため相手にする気にもならなかった。だからアイツが誑かされていると聞いた時にすぐに手を打たなかったのは、そのような女に本気になるはずがないと決めつけていたからだ。
後から聞いた話によると、あの阿婆擦れは男たちの悩みや苦悩に寄り添い懐に潜り込むことに長けていたらしい。誑かされて家督を継ぐことが出来なくなった令息たちも多く、アイツ以外にも相手がたくさんいたようだ。
「お前は覚えているか、貴族家に伝えられる大蛇の伝承を」
ため息交じりにそう言った父上の突拍子もない言葉に、一瞬呆けてしまったけれど理解した。
――自分の利を優先して人の道に外れたことをすれば大蛇に絡めとられて喰われることになる。大蛇は勤勉な者や、他人を思いやる心を持つ者を喰らうことはない。他人の上に立つ貴族は確と心得よ。
『だから家族を大事にし、それを支えてくれる使用人たちにも感謝の気持ちを忘れず、領民たちのためになることを考えていくことが大切なんだ。我々がこうして生活出来るのはたくさんの人々の支えの上で成り立っているのだから』
幼い頃に何度も聞かされた教訓である。ある程度の年齢になれば大蛇に喰われるというのは揶揄だと分かった。悪いことをすれば必ず裁かれることになるから、勤勉に貴族としての社会的責任と義務を全うすること。貴族家に生まれた子供たちに親が教える大切な教訓なのだ。
そして長いこと出てはいないが、この国が属している大帝国の皇帝の悪癖はこの国の貴族たちの間にも知れ渡っている。大蛇に喰われると揶揄される部分はそこに関することなのだ。彼の方たちは長い時を生きる種族であるため、我々普通の人間の寿命のうちのほんの一時に発揮される悪癖に遭遇する機会は滅多にあることではない。
つまりはそういうことなのだろう。
「理解したか。大蛇が動くのを待つのだ」
一部の高位貴族の当主が集められた理由はそこにあるのだろう。そして然るべき時が来るまで好きにさせるようにということだった。集まった当主たちは再度後継者たちに心得を説いたことだろう。
そしてついにその時が――。妹が追放されてから一年以上の時が経過していたが、あの阿婆擦れが裁かれる時がきたのだ。野放しにされている間に侍らせていた貴族たちは、教訓を理解せず、貴族としての心得を大切にしなかった。大蛇に喰われるのは阿婆擦れだが、その周りの奴らも家族からも見限られそれぞれに罰を受けることだろう。
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