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ご両親への挨拶②

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「ご両親はこのことを知っているの?」

「それは勿論だ。反対もされていないから心配はいらない」

「もしかしてご両親も近くに住んでいるの?」

 もしそうならすぐにでも挨拶に向かわなくてはならない。年頃のご子息と雇用関係であったとしても一緒に暮らしていたんだから遅いくらいかもしれないけれど。恋人関係になった今、避けては通れない道だろう。ましてや結婚の二文字が目前に迫っているのだ。挨拶は必然である。そこまで考えが至らなかった自分が情けない。この世界に来てから随分腑抜けてしまったなぁ……。殿下の婚約者という立場は常に気を張っていて、心休まる時など殆どなかった。その柵から抜け出して、身近な人にも恵まれて平和ボケもいいところだ。

「両親は地方にある領地に住んでいるよ。俺はこの通り国境を護るためにこちらにいるから、領地経営を任せている」

「ご両親はどんな方たちなの?」

「二人とも人当たりの良い性格だし、アンジェリカならすぐに仲良くなれると思うぞ?」

「そうだったら良いんだけど、受け入れてもらえるかしら……」

「母は元王女だが傲慢なこともないし、父も領民から慕われている。二人とも自然豊かな領地の方がしょうに合っているとかで、俺が成人するとともに爵位を譲ってサッサと領地に越して行くくらいアグレッシブだ。俺に関しては放任主義なのかあまり干渉してこないし、そこまで気にする必要はないよ」

「でも、婚姻の手続きをする前にご挨拶はするべきだと思うのだけど」

「そうだったね。早くアンジェリカとイチャイチャしたくて気持ちが先走ってしまった」

 イチャイチャ……。今だって隙間なく引っ付いて座っているし、私の腰にはケビンの腕が回されている。彼の言うイチャイチャが何なのかは分かるけれど、免疫のない私は彼のそういった発言の度に顔から火が出そうになる。

 ご両親にもケビンは既に報告していて、事情があって遠縁の娘ということにしているから口裏を合わせて欲しいと素直に打ち明けたとか――。そしたら孫の顔を見ることは出来ないと思っていたから、どんなお嬢さんでも大歓迎だと受け入れてくれたんだって。そのかわりに婚姻届けを提出する前に領地まで顔を見せに来るようにとのことで、急遽ご両親に挨拶に行くことになった。

「ごめん、挨拶に来いって言われていたのを忘れていたよ」

 あまりに急展開で、頭の良すぎる彼と私の思考や感覚の違いに眩暈を起こしかけたけれど、私が不安になる芽を未然に防ごうとしてくれていることや、私との結婚を楽しみにしてくれていることが伝わって、嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 ケビンのご両親の元へはケビンの転移陣を使用したのですぐに着いた。

 街で人気の焼き菓子の詰め合わせを手に立派なお屋敷の扉をノックする。出迎えてくれたのは銀髪碧眼の女性と黒髪紫眼の男性だった。王族の色を纏った女性は元王女様なだけあってとても品がある美しい女性で、ケビンにとてもよく似ていて、ケビンと同じ色を持つ男性は優しい雰囲気を醸し出していた。

「お初にお目にかかります。アンジェリカと申します。本来でしたら結婚の日取りなどを決める前にご挨拶に伺うべきところ、順番を違えてしまい申し訳ありませんでした」

「まあいらっしゃい! あなたがアンジェリカちゃんね! そんなことは気にしなくていいのよ? ケビンから話は聞いているわ。立ち話も何ですからさあ入って頂戴」

 ケビンの母親に案内されて客間までやってくると、色とりどりの花が綺麗に生けられていて、華やかなのに爽やかな香りに包まれた。

 座るように言われてケビンの隣に腰を下ろすと、すぐにメイドさんが温かい紅茶を淹れてくれて美味しそうなケーキと一緒に出してくれた。緊張して喉が渇いていたので、直ぐに用意された温かい紅茶はとても有難かった。

 ケビンから改めて紹介してもらった。身元のはっきりしない私は反対されることを懸念していたのだけれど、逆にこんな不愛想な息子が相手で良いのかと訊ねられて、私には勿体ないほど優しくて素敵な男性ですと答えた。そこから馴れ初めなどを聞かれて、ケビンの塔で住み込みの家政婦をしていたことが出会いだという話をした。

 しばらく他愛のない話をしていたけれど、ケビンの母親が唐突に話を切り出してきた。ケビンは大丈夫だと言っていたけれど、遠縁の娘ということにして欲しいということに触れられない訳がなかった。

「アンジェリカちゃんを責めるつもりはこれっぽっちもないということは分かってちょうだいね?」

 そう前置きをしてから、優しい口調で訊ねられた。

「ケビンの塔で家政婦をしている平民のお嬢さんだと聞いていたけれど、所作は洗練されているし、話し方にも品があるわね。実はどこかの高位貴族のお嬢さんなのではないかしら? 訳あって身分を偽っているのではなくって?」

 ズバリと言い当てられてしまい、どう答えるのが正解なのかが分からない私はケビンに視線を送ることしか出来なかった。するとケビンは急に私の髪の色を元の銀髪に戻してしまった。

 目の前の元王女様と同じ王族の色を持った私を見てご両親は驚いていた。私もいきなりのことに固まってしまい思考が追い付かない。

「父上、母上、今から俺たちが言うことは、信じ難いことかもしれないが全て真実だから信じて欲しい。それから決して他言しないようにお願いしたい」

 ケビンがそう言うと、私の髪の色に驚いていたお二人は頷いてくださった。そして私が異世界からこの世界に転移させられ、立ち入り禁止の森にいたところを保護してもらったことを話すとご両親は難しい顔をしていた。

 いきなりこんな話をされて信じろと言われても難しいだろうなと不安になったけれど、ケビンが私の手を握って勇気をくれたので話を続けることにした。

 初めは街への道を教えてもらって自分で住むところと仕事を探すつもりだったけれど、この世界では私の髪の色が王族特有の色だということを聞いた。身の安全のために魔法で茶色い髪に変えたけれど、この世界の知識のない私を心配してくれたケビンが、彼の身の回りのお世話の仕事を提案してくれて、住み込みで働かせてもらうことになったと正直に話した。

 一通り話し終えるとケビンの母親は立ち上がり私のことをそっと優しく抱きしめてくれた。

「アンジェリカちゃん辛かったわね……。わたくしのことは本当の母と思ってちょうだいね?」

 柔らかく優しい温もりと心地良い香りに包まれて、安心して思わず涙が溢れてしまった。

「信じていただけるのですか?」

 嗚咽を堪えて震える声で訊ねると、そっと背中を撫でてくださった。

 そしてずっと無言を貫いていた父親は、私の纏う魔力の色がこの世界の人間の物ではないことに気付いていたということを話してくれた。

 ケビンの父親もまた優秀な魔術師で、魔力の色を視る力はこの家系に由来するものだと教えてくれた。

「わたくしのことは『お母様』と呼んでちょうだいね?」

 可愛らしく首をかしげながらお母様はそう言って微笑んでくださった。そして父親からも『お父様』と呼ぶように言ってもらえた。

「アンジェリカちゃんは元の世界で王子妃教育を受けていたから身のこなしが優雅だったのね。でも、そんなおバカ王子と結婚しなくて済んで良かったじゃない? わたくしもそのおかげでこんなに可愛くて素敵な娘が出来たんだもの、おバカさんに感謝しなくてはいけないわね」

 そんなことを飄々と言うお母様が可笑しくて、さっきまで零れ落ちそうになっていた涙は引っ込み思わず笑ってしまった。

「ほらアンジェリカちゃんは笑った方がずっと素敵よ! アンジェリカちゃんの元の世界のご家族には申し訳ないけれど、わたくしこんな可愛らしい娘が欲しかったのよ。うちの不愛想な息子のところに来てくれてありがとう」

「不愛想とか失礼だろ。母さんいい加減アンジェリカを離してくれ」

 ずっと抱きしめられていた私から引き剥がすようにお母様の腕を掴み、元の席に戻るように言った。

「やぁねぇ~。母親にまでヤキモチ焼いちゃって。本当にこれはわたくしの息子かしら?」

 揶揄うようにそう言ったお母様にケビンは不機嫌な顔をしていたから、放任主義と彼は言っていたけれど、家族仲が良好なのが見て取れた。

 そこからは何一つ隠すことなく色々な話をした。

 お母様から国王陛下には髪の色だけは伏せて異世界から来たことを正直に告げるようにと言われた。そうすれば他国の遠縁の貴族の娘と言う話にも口裏を合わせてもらえるからと――。

 髪色を伏せるのは、銀髪ということがバレて万が一王子の婚約者にされてしまっても困るからねと仰った。

「まああの子の息子ちゃんはまだ十歳だけど、用心するに越したことはないでしょう? 髪色が茶色でもこんなに可愛らしいアンジェリカちゃんなんだもの。銀色の髪色を持ち出して横恋慕でもされたらたまったものじゃないわ」

 銀髪がバレないに越したことはないから、今まで通り茶髪のままで過ごすことを勧められた。もし子供に銀髪が現れてもお母様の隔世遺伝ということで何の疑問も持たれないと思うからそこは安心出来るらしくホッとした。そうなると婚姻や縁談に王家が絡んでくることにはなるみたいだけど……。

 でも私はケビンの艶やかな黒髪が大好きだから、子供には黒髪で生まれて欲しいと思っている。そればかりは授かりものなので生まれてくるまで分からないことだし、今から考えることではないのだけどね。
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