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本編

塔の中の精霊姫(後)②

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「パン粥とレモネードは姫が作って下さったのですか?」

 少しだけ頬に赤みが差し、さっきより元気になったルシアンが訊ねる。

「そうだよ。というか、俺と会えないからって、ご飯を食べないのは無しだろ!? そんなんで王子が死んだら、皆が困るだろ!」

「姫に会えないなら、私には生きている意味がありませんから……」

 俺が怒ってそう言うと、ルシアンは僅かに笑って重たいことを言ってきた。
 俺に会えないなら生きている意味がないとか……。
 重すぎるだろっ……。

 もしかして、これが噂のヤンデレってやつか!?
 まあ、でもそこまでではないか!
 仮にヤンデレだったら、俺が塔に籠る前に監禁してきそうだし。
 他の人間に会うことも許さないだろう。

 ということで、ヤンデレではない!
 自分に言い聞かせるようにそんなことを考えている間に、ルシアンは眠ってしまったらしい。

 やっぱり少し食べただけじゃ回復までには至らないよな。
 食べてすぐに効果が出る訳じゃないし、食べたら寝るのが回復の基本だろう。

 今が昼だから、夕方まではそのまま寝かせることにした。

 その間に野菜をたっぷり使ったミネストローネを作った。
 野菜がトロットロになるまでもち麦と一緒に煮込んだミネストローネは俺の得意料理の一つだ。
 腹にも溜まるし、消化も良くて栄養価も高い。
 病人に出すには胃腸に優しい味付けにする必要があるから、塩分を控えめにして素材を生かした味にしてある。

 ロイさんに聞いた話では、食事を摂らないだけじゃなくて、睡眠も出来ていなかったんだって……。

 マジで死ぬぞ?

 そんな状態なのに魔力で体動かして、俺に会いに来てたとか……。
 だから、ここまでぐっすり眠るところを久しぶりに見たと言ってロイさんが泣いている……。

 ――何か俺が悪いことしたみたいじゃないか。

 何度か声を掛けて揺するけど、ルシアンはなかなか起きない。

「ルシアン、ご飯食べたらまた寝て良いから一回起きろ!」

 そう言うと、綺麗なエメラルドグリーンの瞳をパッチリ開けて、俺の顔を凝視している。

「夢でしょうか? 今、姫が私のことをルシアンと呼んでくださったように聞こえましたが……」

 まだ辛いだろうというのに、弱々しい声でそんなことを聞いてきた。

「ルシアン、そんなのはどうでも良いから、取り合えずスープを飲め!」

 今度は最初から俺がスプーンで食べさせてやった。

 ロイさんがルシアンに「このミネストローネも姫様が作って下さったのですよ」って言うから、嬉しそうに目の色変えて食べ出して、お代わりまでした。
 食欲が出て来たのなら安心だ。
 しばらく消化の良いものを食べて、しっかり眠れば回復するだろう。

 ルシアンは食べ終わると、少しだけ二人で話がしたいと言うから、俺の許可無く触れないことを条件に、ポワソン少年とロイさんには部屋を出てもらった。

 もし何かしてきたら即効でセインを呼ぶと伝えて、ベッドの脇の椅子に座った。

「姫……お会いしたかったです……」

 喉の奥から絞り出すようにルシアンが言う。

 少し可哀想って思ってしまったけど、ここで流されてはダメだ。
 心を鬼にして、俺はとりあえずルシアンに説教をした。

 俺に会えないくらいでこんな状態になってどうするんだと。
 将来、国王になるルシアンが倒れたらこの国はどうなるんだと。

 するとルシアンは、もしこのまま俺に会えないのなら、死んだ方がマシだと思ったら、食事も喉を通らないし、不安で眠ることも出来なくなってしまったと言った。

「我が儘は承知で、お願いがあるのですが……」

「何だよ、言ってみろよ?」

「どうか、手を握らせて頂けないでしょうか?」

 説教はまだ終わっていないけど、あまりにも真剣な顔して言うものだから、手ぐらいならと自分の手をルシアンの手に重ねた。

 両手でしっかり手を握り込んだルシアンは、うっとりとした声で「温かい」と呟いた。

 病人に言うのは違うって思うけど、精神的に落ち着いている今を逃せば、次はいつチャンスがあるか分からない。
 だから、俺はずっと言いたかった不満を言うことにした。

 いきなり異世界に召喚された上に、全く知らない男の伴侶になれと言われて、それを受け入れきれず戸惑っている間に、今まで経験したことのない性的接触をされて、精神的に限界だったということを伝えた。

 黙って聞いていたルシアンは、俺の気持ちを分かろうとせずに自分の気持ちを押し付けて申し訳なかったと謝ってくれた。

 ずっと小さい頃から憧れていた精霊姫様を前にして舞い上がってしまい、自分でも驚くほどに執着してしまったらしい。
 ルシアンは「もう姫のいなかった頃には戻れない」と言っていた。

 それは執着と言うよりも、依存なんじゃないかと思う。
 俺にはルシアンのそんな気持ちは理解出来ないけれど、それほどまでにルシアンにとって精霊姫の存在は大きかったのだろう。

 ――でもそれは俺じゃなくても、精霊姫だったら誰でも良いんじゃないのか?

 頭に過ったそんな疑問は、ルシアンの気持ちに応えるつもりのない俺に訊ねる権利はないだろう。
 俺はそんな考えを振り払って、今は目の前のコイツの体調回復のことだけを考えることにした。

 こんなに弱っているからか鬼になりきれなくて、俺に何もしないことを条件に、今日だけ一緒のベッドで眠ることを許可した。
 ルシアンの部屋に戻れば、眠れなくて余計に悪化しそうな気がしたからだ。

 その晩は手だけ繋いで眠りに就いた。

 翌朝目が覚めると横にルシアンの姿はなく、テーブルの前のソファーに座ってお茶を飲んでいた。

「ルシアン、もう起き上がって大丈夫なのか?」

 眠い目を擦りながら訊ねれば、昨日の昼夕の二食と、俺と一緒に眠ったことで魔力が安定したらしく、だいぶ回復したそうだ。

 ルシアンが言うには精霊姫には伴侶を癒す力があって、触れあうと力が湧いてくるらしい……。

 まだこの塔を出るつもりはないけど、また倒れられても困るから、許可無く触れないことを条件に、一日一回会って話をすることにした。

 それから、ちゃんとご飯を食べて寝ることも約束させた。

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