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本編

ポワソンの涙①

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 厨房の前に着くと、ポプラさんは念のために厨房全体に結界を張りたいと言いだした。
 いつもそこまでしていなかったし、大丈夫じゃないかと言ってはみたけれど、結局は用心に越したことはないからと押し切られてしまう。
 さらには、俺個人に掛けてある結界までも強化するようにセインに頼んでいて、やっぱり過保護だと思った。
 今まで何にもなかったんだから大丈夫だと思うんだけどな。

 俺がこっちに来たばっかりの頃にキャサリンちゃんが襲ってきた以来、本当に何にもなくて平和そのものだし。
 まあ王子たちのせいで、違う方面では色々あったけど、そこは割愛。

 ――子供の頃のことだけど、俺が元気がないときに母ちゃんがいつも作ってくれたものがある。

 それは甘さ控えめの固めのプリンで、小さい頃からそのプリンに励まされてきた。
 コンビニのプリンの方が断然滑らかで柔らかくて美味しいし、特段そのプリンが美味しい訳じゃないんだけど、それを食べたら元気が出て、落ち込んでいた気分が明るく楽になった。
 それは母ちゃんの優しさとか気遣いとかが伝わってくるからだって今は分かるけど、小さい頃は純粋に母ちゃんの魔法だと思ってた。

 ルシアンはご飯は食べられているみたいだから、今回は栄養のことまでは考えなくても大丈夫だけど、元気がないように見えたから、母ちゃん直伝のプリンを作って届けようと思い立ったんだ。
 本当だったら俺が直接届ける方が良いんだろうけど、王女様が一緒にいるだろうし嫌な顔をされそうだから、ポワソン少年に届けてもらうことにした。

 卵と牛乳っぽい乳飲料と砂糖を混ぜてしながら耐熱容器に流し入れる。
 気泡があったら楊枝みたいなやつで丁寧に潰して、作っておいたカラメルを静かに流し入れて蒸す。
 蒸しあがったらセインにゆっくり冷やしてもらう。

 ポワソン少年に、ロイさんと一緒に食べておいでと言って、王女様の分と合わせて四つ持って行ってもらうことにした。
 俺の側にはポプラさんもセインもいるし、ロイさんとゆっくり話してくればいい。
 いつも頑張ってくれているポワソン少年も、たまには息抜きして欲しいしね。
 ポプラさんも「自分が側についているから心配せずゆっくりしてくると良い」と言ってくれて、ポワソン少年は頬を染めて嬉しそうにルシアンの王子宮に向かった。

 ポワソン少年にはルシアンへのメモも一緒に託した。
 俺がメッセージを添えたいからメモ用紙が欲しいと言ったら、せっかくだからちゃんとした便箋に書いたらどうかと提案された。
 でも、本当にちょこっと一言添えたいだけだから、メモ用紙で十分だと言って小さな紙を用意してもらった。
 長々手紙を書くのは性に合っていないし、実際「元気出せ」の一言しか書いてないんだからメモで十分だろう。
 
 俺とポプラさんは、マリオンのいる第二王子宮にプリンを持って行くことにした。
 いつもフラッとサボりに来るマリオンが、ちゃんと仕事しているのか抜き打ちでチェックしてやろうかな。

 第二王子の執務室ををノックすると、マリオンの従者さんがドアを開けてくれた。
 俺が来たことに気付いていないマリオンは、意外にも真面目に書類仕事をしていた。
 あんなに真剣な顔は初めて見るから、いつものチャラい感じしか知らない俺には新鮮で、マリオンも何だかんだいってちゃんと王族なんだなと少しだけ見直した。
 忙しそうだし従者さんにプリンを預けて帰ろうとしたら、俺に気付いたみたいで呼び止められた。
 途端にいつものチャラい感じになって、さっき見直したばっかりだけどマリオンはこうだよなと微笑ましく思った。

 マリオンと従者さんとポプラさんと俺とセインは皆でプリンを食べた。
 ポプラさんも従者さんも、マリオンや俺と一緒のテーブルに座って食べるなんて恐れ多いとか言っていたけど、俺が作ったプリンだし、皆で並んで食べたいからと無理を言って一緒に座って食べてもらった。

「ケイトが良いって言ってるんだし、俺も気にしないから座って一緒に食ったらいいじゃねえか」

 ポプラさんは立ったままで結構ですと言っていたけど、ポワソン少年の時みたいに「じゃあ俺も立って食べる」と言えば、渋々引き下がって座ってくれた。
 マリオンも座るように言ったから「第二王子殿下マリオン精霊姫様おれのお二人からそう言っていただいたのなら従うのみです」だって。

 久しぶりに食べたけど、やっぱりこの固めのプリンは素朴な優しい味がして、じんわり明るい気持ちにしてくれた。
 卵と牛乳と砂糖というシンプルな材料しか使っていないのに、こんなに手軽に美味しいものが作れるんだから、プリンのレシピを作ってくれた人には感謝しかない。
 小さい頃からの習慣みたいなものだから、思い込みの力が大きいかもしれないけど、俺は何度もこのプリンに元気を分けてもらった。
 もう会うことは出来ないけど、一生忘れない大切な母ちゃんとの思い出だ。

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