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第一章 町の外れのおんぼろラボ

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 目の前を飛来していったのは人の手首だった。いや、正確に言えば『人の手首の形をした何か』だ。その正体がはっきりとわかったわけじゃない。
 それは今まさに目の前を走り抜けて行ったスリの後頭部を見事に直撃。気絶させると、役目を終えたかのようにその足元にゴロリと転がった。

 オレは呆然と立ちすくんだまま転がるそれを凝視した。
 やっぱり手首だ。そうとしか見えない。
 しかも何かの余韻のようにわきわきと指がわずかに動いたのだ!
 それが動かなくなってから、金縛りが解けたように投げた人物の方に顔を向ける。
 それは、ふんすと鼻息荒く腰に手を当て、仁王立ちしたメイド服姿の女の子だった。

     □

 その日オレは、憂鬱な気持ちでランドセルを背負い、帰り道をとぼとぼと歩いていた。
 ここまで何もかも順調にやってきたっていうのに、また今年もこの時期がやってきてしまった。
 午後の日差しは『暖かい』から『暑い』に変わっていて、歩いているだけで汗ばむから、余計に気持ちが落ち込んでいく。

 オレの大嫌いな夏がやってくる。
 これから来る日々をどうやり過ごそうかと考えてみても、小学六年生にもなるともう打てる手は打ち尽くしているし、避けることもできない。
 そうして何度目かわからないため息を吐き出した時、近くからおばあさんの悲鳴が聞こえた。

「スリよ! 誰か捕まえて!」

 振り返れば男がバッグを脇に抱えて走ってくるところで、慌てて通せんぼしようとしたものの、間に合わずに脇をすり抜けられてしまった。
 その後ろから、一陣の風が吹きすぎるように、ものすごい勢いで追いかけてくる女の子がいた。
 黒髪を下の方でちょこんと二つしばりにしていて、見た目はかわいい感じ。歳もオレと同じくらいに見えた。

「待ちなさい!」

 彼女は追いつかないと見るや、その場でざっと足を前後に広げ構えると、大きく振りかぶった。

「ロケットパァーンチ!」

 そんな掛け声と共に飛んで行ったのが、手首だったのだ。
 文字通りのお手柄ではあるけど、誰も称賛の声をあげない。たぶんオレと同じで、飛んで来たものがあまりに意外すぎて、声も出せないんだ。
 自動で発射したんじゃない。手で投げつけたのだ。
 オレは彼女の手首があった服の袖や、落ちた手首を恐々と確認したけれど、どこにも血なんてついていない。

 ――ってことは。

 彼女はロボット?
 本当に? この時代に、もうこんなに人間みたいなロボットが存在するのか?

 呆然と見つめる中、彼女は痛がる様子もないばかりか、残っている右手を腰にあて、「ふん、オトトイいらっしゃいませ!」とよくわからない啖呵を切って。荒い鼻息を一つ吐いた。
 彼女はスリが完全に動かなくなったのを確認すると、咄嗟に足元に放ってしまっていた買い物袋を拾い上げた。
 その袋からは、りんごがこぼれおちそうになっている。
 みんなの目線が再び彼女の手元に注がれた。
 たぶん、みんな同じ気持ちだったと思う。

 ――何でそのりんごの方を投げなかったんだろう。

 やはりヒーローというものは自分の体を犠牲にしてこそなのだろうか。顔とか手首とか。

「どなたかお手すきの方。スリさんが目を覚ましてしまう前に、縄か何かで縛っておいてください。盗まれたバッグも、忘れずに回収してくださいね」

 女の子はスリの足元に転がった手首をもう一方の手で拾い上げると、そのまますたすた歩いて行ってしまった。
 それを見守っていた人たちは我に返り、縄をとりに行く人やスリを捕まえておこうとする人、それぞれに動きだした。
 だけどオレは振り返りもせずに歩いていくメイド服の女の子をただただ見つめていた。
 ロボットなんて、いまやありふれている。お店の受付や食事の配膳なんかもやっているし、人間みたいな顔をしたアンドロイドだってテレビで見たことがある。

 だけど、女の子は見た目も滑らかな動きも、人間にしか見えなかった。こんなに人間と区別がつかないほどのロボットは見たことがない。
 彼女が本当にロボットなんだとしたら、誰がそんなすごいものを作ったんだろう。
 そう思った時、ひらめいた。
 もしこんなロボットが作れる人がいるなら、オレのこの憂鬱な問題もなんとかしてくれるかもしれない。
 そう思った瞬間、オレは走り出していた。
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