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5.同級生
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私が眉をしかめて問うと、正確に疑問を察したのだろう。彼は一つ頷いて答えた。
「あんたと同じ八木高校の二年だよ。あんたは五組だろ? 俺は三組」
「なんで私のこと知ってるの」
自慢ではないが私は目立つ生徒ではなかった。彼とは生前に話した記憶もないし、部活や委員会でも見かけた覚えはない。誰かに一方的に存在を認識されるほどの特徴なんて、私は持ち合わせてはいない。
私がさらに眉根を寄せていると、彼は少し黙った後に、また口を開いた。
「あんた、この家で三日前に空き巣に刺されて死んだんだろ。救急車呼んだの、俺だよ」
その一言ですべてが納得できた。
しかしその意味を捉えた瞬間、呼吸が止まったような気がした。肺はもうないのに、私の意識は十七年繰り返した呼吸をまだ覚えている。
「あんたが……?」
「あの日もこうして、ちょうど通りかかったんだ。遅刻して、ここをだらだら歩いてたらこの家からおっさんが走り出て来て。何となくやばい感じがしたから、玄関から勝手に入った。そしたらあんたが刺されてたから通報した」
そんなことは全く知らなかった。刺されてからの意識がなかったし、この体になって初めの記憶は病院に運ばれてからだったから。
「そうだったの。ありがとう」
私はもごもごと、口ごもる口もないのにようやっと答えた。
「いや。俺は何もできなかった。結局あんたも助からなかったしな。親御さんも間に合わなかったみたいだし……」
私は首を振り、もう一度ありがとうと言った。
誰にも看取られずに寂しく逝ったのだと思っていた。私の無念を、誰かが見ていてくれた。それだけで救われるような気がした。
「まあ、だからってわけでもないんだけど、乗りかかった舟というか通りかかったよしみでというか。さっきみたいに体とられるのは嫌だけど、できる範囲でなら何か力になれないかなと思ってさ。このまま放っておくってのも後味悪いし。俺なりの供養だよ」
これまでの会話で、悪い人間ではないことはわかっている。
だからこそ、悩む。彼は殺人の現場を目の当たりにし、今まさに幽霊を目撃したのだ。
そんなものはおくびにも出さないが、ショックを受けていないはずがない。そのことを考えると今更ながら彼に申し訳ないような気がしてくるし、恩を仇で返すようなことはしたくない。これ以上迷惑をかけたくない。
しかし正直なところ、彼の申し出はありがたくもある。今日まで三日間、他に話せる人もおらず、ただここで漂っているだけだった。つまらない無駄話でさえ今の私には奇跡のような出来事であり、唯一話のできる存在がこうとまで言ってくれているのに、みすみす逃すのも苦しい選択だ。と言っても、私は彼にしてもらうばかりで返せるものは何もないのだ。生前から私は慎ましく生きていたので、面の皮がそんなに厚くない。
しかしそうやって逡巡できたのも一瞬の間だった。「行くぞ」と言って彼がさっさと歩きだしてしまったのだ。
「え、ちょっと」
「逆にさー、何かさせてくれないと、落ち着かないんだよね。いつまでもあんたが成仏できないんじゃないかとか、後で恨まれるんじゃないかとか考えちゃうしさー。でもなんかしとけば、俺は出来るだけのことをやった! って思えるし、あんたがうらめしやって出てきてもそう言えるじゃん。だからちょっくら付き合えよ」
そう言って彼は一度くるりと振りかえると「ほれ、行くぞ」と言ってまた歩き出した。
私は思わず彼に憑いて、いや、付いて行った。またここに一人取り残されるのは嫌だったから。
けれど、すたすた歩く彼を追いかける私の体は、心なしか軽かった。
「あんたと同じ八木高校の二年だよ。あんたは五組だろ? 俺は三組」
「なんで私のこと知ってるの」
自慢ではないが私は目立つ生徒ではなかった。彼とは生前に話した記憶もないし、部活や委員会でも見かけた覚えはない。誰かに一方的に存在を認識されるほどの特徴なんて、私は持ち合わせてはいない。
私がさらに眉根を寄せていると、彼は少し黙った後に、また口を開いた。
「あんた、この家で三日前に空き巣に刺されて死んだんだろ。救急車呼んだの、俺だよ」
その一言ですべてが納得できた。
しかしその意味を捉えた瞬間、呼吸が止まったような気がした。肺はもうないのに、私の意識は十七年繰り返した呼吸をまだ覚えている。
「あんたが……?」
「あの日もこうして、ちょうど通りかかったんだ。遅刻して、ここをだらだら歩いてたらこの家からおっさんが走り出て来て。何となくやばい感じがしたから、玄関から勝手に入った。そしたらあんたが刺されてたから通報した」
そんなことは全く知らなかった。刺されてからの意識がなかったし、この体になって初めの記憶は病院に運ばれてからだったから。
「そうだったの。ありがとう」
私はもごもごと、口ごもる口もないのにようやっと答えた。
「いや。俺は何もできなかった。結局あんたも助からなかったしな。親御さんも間に合わなかったみたいだし……」
私は首を振り、もう一度ありがとうと言った。
誰にも看取られずに寂しく逝ったのだと思っていた。私の無念を、誰かが見ていてくれた。それだけで救われるような気がした。
「まあ、だからってわけでもないんだけど、乗りかかった舟というか通りかかったよしみでというか。さっきみたいに体とられるのは嫌だけど、できる範囲でなら何か力になれないかなと思ってさ。このまま放っておくってのも後味悪いし。俺なりの供養だよ」
これまでの会話で、悪い人間ではないことはわかっている。
だからこそ、悩む。彼は殺人の現場を目の当たりにし、今まさに幽霊を目撃したのだ。
そんなものはおくびにも出さないが、ショックを受けていないはずがない。そのことを考えると今更ながら彼に申し訳ないような気がしてくるし、恩を仇で返すようなことはしたくない。これ以上迷惑をかけたくない。
しかし正直なところ、彼の申し出はありがたくもある。今日まで三日間、他に話せる人もおらず、ただここで漂っているだけだった。つまらない無駄話でさえ今の私には奇跡のような出来事であり、唯一話のできる存在がこうとまで言ってくれているのに、みすみす逃すのも苦しい選択だ。と言っても、私は彼にしてもらうばかりで返せるものは何もないのだ。生前から私は慎ましく生きていたので、面の皮がそんなに厚くない。
しかしそうやって逡巡できたのも一瞬の間だった。「行くぞ」と言って彼がさっさと歩きだしてしまったのだ。
「え、ちょっと」
「逆にさー、何かさせてくれないと、落ち着かないんだよね。いつまでもあんたが成仏できないんじゃないかとか、後で恨まれるんじゃないかとか考えちゃうしさー。でもなんかしとけば、俺は出来るだけのことをやった! って思えるし、あんたがうらめしやって出てきてもそう言えるじゃん。だからちょっくら付き合えよ」
そう言って彼は一度くるりと振りかえると「ほれ、行くぞ」と言ってまた歩き出した。
私は思わず彼に憑いて、いや、付いて行った。またここに一人取り残されるのは嫌だったから。
けれど、すたすた歩く彼を追いかける私の体は、心なしか軽かった。
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