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第一章 こどものくにへの招待状

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 六年二組の教室で、仲のいいメンバーに『こどものくに』って知ってる? って聞いたら、まず実莉衣がはしゃいだ声を上げた。

「知ってる! 『こどものくに』って、職業体験とかができるテーマパークでしょ?」

 実莉衣はいつも頭のてっぺんでおだんごにしていて、服もおしゃれで、明るい女の子だ。さっぱりしていて付き合いやすいから、女子にも男子にも人気がある。

「って言っても、どうせ子どもだましだろ? 衣装着て、オモチャでそれっぽいことさせて、親が喜んで写真撮るだけで、小学六年生の俺たちが行って楽しめるような所とも思えないけどな」

 ちょっと眉毛を寄せてクールに言ったのは唯人。女子たちは唯人をカッコイイときゃあきゃあ言うけど、本人はそんなのはわずらわしいと思ってるみたいだ。
  ただマンガが好きなだけの普通の男子なんだけど、確かに慌てたりすることもあんまりなくて、いつもクールなところはオレもカッコイイと思ってる。
 裕太はいつもずり落ちそうになってる眼鏡を押し上げながら、わくわくとした顔で言った。

「確かに本物とは違うだろうけどさ、ニュースで見た限りではけっこうリアルに作ってあったよ。幼児向けじゃなくて、小学生から中学生向けなんだって」

 裕太は好奇心おうせいで、気になることは何でも調べる。だからいろんなことを知っていて、勉強もできるし、人がいいからいつもみんなに何かと頼られている。

「あ、私も見た。本当にお料理とか、できるみたいで……、本格的なのが、売りだって、言ってた」

 穂乃果も興味があったらしい。話し方は相変わらずぽつぽつとしていたけど、伏せがちなその目はめずらしくきらきらしていた。
 穂乃果とオレとは家が隣同士で、幼稚園も一緒だったから小さい頃から知っている。
 よくオレの母親に『ほんと~に同い年だとは思えない! しっかりめんどう見てもらいなさい!』って言われるくらい落ち着いてる。だけど、ちょっとおどおどしたところがあって、オレとしては心配なのは穂乃果のほうだと思ってるんだけどな。

 前は仲のいい友達もなかなかできなくてオレと一緒に登下校もしてたけど、今はタイプが全然違う実莉衣と何故か仲良くなって、いつも一緒にいる。
 実莉衣はいつも楽しそうなことにつっこんでいってしまうから、それを止めてくれる穂乃果がそばにいるのがちょうどいいのかもしれない。
 そんな二人とは小学生になってから今年初めて同じクラスになった。
 唯人、裕太、それから今トイレに行ってる晴樹は去年も同じクラスで仲がよかったから、いつのまにか自然とこの六人で遊ぶようになったんだ。
 チケットがちょうど六枚あって、すごくラッキーだった。

「それがさ、その招待券をもらったと思ったんだけど。よく読んだら、『こどものくに』の中に『こどもだけのくに』っていう――」

 オレが話し始めようとしたところに、ちょうど別の声がかかった。

「お? なんだお前らも『こどものくに』に行くのか?」

 横から声をかけてきたのは、シュウだ。

「俺もヒロトと一緒に今度の土曜日に行くぜ。お前たちもポストにチラシが入ってたんだろ?」

 言いながら、シュウがそのチラシを見せてくれた。
 下の方には枠で囲まれたクーポンみたいなものに『こどものくに招待券』と書かれていた。中央にはでかでかと写真があって、テーマパーク内の様子がわかる。
 女の子がパティシエの格好でお菓子を作っていたり、パソコンルームみたいなところで男の子がマウスを握っていたり。
 そう。それがオレも知ってる『こどものくに』だ。
 だけどオレがもらったのは違う。『こどものくに』の中に『こどもだけのくに』を作ったって書いてあったんだ。

 とは言っても、もしかしたら『こどものくに』のことをこどもだけのためのくに、っていう意味で書いてただけかもしれない。
 キャッチコピーとか?
 CMとかポスターとかって、なんかそういう『うまいこという』っていう感じに言葉遊びとかするし。
 みんなにも聞いてみたかったけど、シュウに聞かれたら仲間に入れろって言われるのは目に見えている。
 だけどオレがもらった招待状に入ってた招待券は六枚しかないから、無理だ。
 この話は学校ではできない。みんなには、その日集合した時に話そう。

「まあ、向こうで会ったら昼ごはんくらいは一緒に食べようぜ!」

 シュウはおしゃれで明るい実莉衣が好きらしく、今日もその目はさりげなくちらっと実莉衣を見ていた。

「オーケーオーケー! お昼はみんなで食べよっ」

 オーケーを二回繰り返して言うのがクセの実莉衣が明るく言えば、唯人も軽くうなずく。

「よし、じゃあ整理しよう。おれたちはいつもの六人で駅前の時計台に集合。時間は九時。お昼は現地で食べる予定で、もしも会えたらシュウたちも合流する。それから持ち物は――」

 なんでもまとめて話すのが習慣で『じゃあ、整理しよう』が口ぐせな裕太がつらつらと続けていると、教室のドアがガラガラと開いた。

「あ~~、地獄だったああ~」

 お腹を押さえるようにしてよろよろと入ってきたのは、晴樹。

「遅いよ。トイレだけで中休み終わっちゃったじゃんか」
「スバルうう、聞いてくれよ。朝冷たい牛乳をきゅきゅきゅっと一気飲みしたもんだからさあ。ずっとお腹がぐるぐるいってて大変だったんだよおお」
「げ! ちょっと、ハルキ! いちいちそんなこと報告しなくていいからっ」
「あー、ごめんごめん、女子がいることうっかりしてたわー」

 まったくもう! と口をとがらせた実莉衣に、晴樹は「たはは」と笑った。全然悪いと思ってなさそうだ。
 晴樹は明るくていい奴なんだけど、たまに空気が読めないところがある。男子だけでいるときは楽しくていいんだけど、こうして女子には時々ひかれてる、損な奴。
 とは言っても、実莉衣も慣れてるからか、本気で怒ってるわけでもなさそうだ。
 みんな集まったところで予定を聞いたら、なんとか全員集まれそうだった。
 実莉衣はピアノがあったけど他の日にふりかえてくれることになったし、もともと晴樹は裕太と遊ぶことにしてたらしい。

 こどもだけのくにっていうからどんなところだろうってワクワクしてたけど、やっぱりみんなが言ってるただの『こどものくに』のことなんだろう。
 だって、だれも『こどもだけのくに』だなんて知らないみたいだし。
 オレが『こどもだけのくに』って言っても、みんな『こどものくに』だと思って喋ってる。
 ってことは、やっぱりただの職業体験かあ。
 それでも六人で遊べるのは久しぶりのことだから、土曜日が楽しみだ。

 明日は金曜日。
 今日のうちにみんな家の人の許可をもらってくることになった。
 オレも今日こそはお母さんの許しをもらわないとな。 
 昨日ケンカしたことも忘れたオレは、帰るなりお母さんに封筒ごと渡して見せた。
 最初は「何これ?」って封筒を裏返したりして見てたけど、中をあけたらだんだん眉毛と眉毛の間に皺がよって厳しい顔になって、それからなんだかスマホで調べ始めた。

「行き方とか、入場料とか調べておくから、スバルは今日はもう寝なさい」

 そう言うのはいつものこと。
 場所をよく知らずに行って迷うのは無駄、クーポンがあるのに知らずに使わないのは無駄。
 そう言ってお母さんは何でもすぐにスマホやパソコンで調べる。
 それも仕事のクセらしい。
 見ているだけで疲れそうで、オレはそんな仕事ならしたくないなっていつも思う。
 だけどオレがもらったのは招待状だ。地図も書いてあるし、入場料だってタダのはず。それならお母さんの気が済むまで調べさえすれば、後はオーケーが出るだろう。

 そう思って帰ったら、渡してあった招待状が封筒ごとと、それと千円札が二枚、リビングのテーブルの上に置かれていた。
 つまりは、オーケーだってことだ。
 いつも出掛ける時はお昼ご飯や何かを買うために、おこづかいとして二千円くれるから。
 三年生の時に作った貯金箱の中に入れてある千円も念のためあわせて持って行こう。
 土曜日が楽しみでしかたない。



 そう思っていたけど。
 オレはそこから始まった日々が楽しかったかと聞かれたら、言葉に迷うかもしれない。
 あの日々は、そんな一言で表せるようなものじゃなかったから。
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