さくらんぼの木

笹木柑那

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お父さん

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 あれからお父さんは、単身赴任先からよく帰ってくるようになった。
 月に二回は週末に帰ってくるし、半年後にはずっと家にいられるようになるって言ってた。
 お父さんとお母さんは何かお話をしたみたいだけど、ぼくはタケルの体の中でぐっすり眠ってしまっていたから何を話したのかは知らない。
 お母さんは目に見えて喜んでるわけじゃなかったけど、タケルとアカネに怒るとき、前より力が抜けているように見えた。
 お父さんは自分でビールを用意するようになったし、洗濯物を脱いだ格好のままにしないで袖とか靴下とかがくるんてなってたら直してくれるようになった。
 食べ終わった食器も台所まで自分で運ぶようになったし、洗面所が剃った髭だらけになっていたらキレイに水で流してくれるようになった。
 自分でできるんだったら、もっと早くしてくれてたらよかったのに。
 帰ってこられるんだったら、前から帰ってきてくれてたらよかったのに。
 そう思ったけど、ぼくが言おうとしてることに気が付いたのか、お母さんがふるふると首を振ったから黙っていた。
 まったく、お父さんてばいつまでもお母さんに甘やかされてる。

 それからタケルが年中さんになると、ふらふらのゾンビみたいな顔をしていたお母さんも、しゃきしゃきと元気に動けるようになってきた。
 お母さんのやらなきゃいけないことはそんなに減ったわけじゃないし、お父さんが帰ってくると余計に大変なこともあったけど、顔は前よりも明るくなった。
 タケルもアカネも少しずつ大きくなって、お父さんみたいに自分のことを自分でできるようになっていったのもあると思う。
 それをお母さんが嬉しいと思っているから、どんどんみんなが明るくなって、楽しくなって、毎日が過ぎていくようになっていったんだと思う。

 ただ、ぼくはほとんどそれを見ているだけになった。
 何故だか近頃タケルの中にはほとんどいられない。
 タケルの代わりに体を動かすこともあまりなかった。
 ぼくは元々、タケルみたいに遊びたいとかお菓子を食べたいとか思うことがない。
 だからタケルの体の中にいたいと思わないせいなのかもしれない。
 ぼくはただお母さんが心配なだけで、その心配がいまはもうあまりなかったから。
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