異世界で竜になりまして

猫正宗

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第三章 解放国家オイネ

19 あさひの日常

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 カリカリと木片を削る。

「ふんふんふ~ん……」

 ちょうど手のひらに収まるくらいの、小さな木切れだったそれは、鉤爪で丁寧に削り出されたいま、立派なこけし人形に変わっていた。

「ぃよし。……やっとこさ完成ね!」

 床には作りかけで放棄したこけしが、いくつも転がっている。
 ちょっと全体バランスが悪かったり、顔なんかの造形がもうひとつの出来栄えだった失敗作である。

 仕上がりを妥協するわけにはいかない。
 だってこの人形は、特別なのだ。

 でも今度のは自分でも良く出来たと思う。
 納得の逸品と言えよう。

「じゃあさっそく並べて……」

 うんうんと満足げに頷いてから、窓辺に置いた。
 これで人形はひとつ増えて、4体になった。
 端から順に、お母さん、絵里ちゃん、わたし、それに今回加えたシメイである。

「シメイってば、今頃どうしてるかなぁ……」

 彼の顔を思い描く。
 脳裏に浮かんだのは、キリリと引き締まった表情だ。

 けど今頃、くしゃみでもしているかもしれない。
 だってこうしてわたしが毎日、片時も忘れずに思い出してるんだしね。

「うぅー。会いたいよぉ……」

 毛皮で作った枕を抱く。
 わたしはそれをぎゅっと抱きしめて、ベッドをごろごろと転げ回った。



 日付が変わって今日のわたしは、ザクザクと大樹の内部を掘り進めていた。
 やっているのは、お家の拡張である。

「階段はこんなものかなぁ」

 実はわたしは、うろのお家を2階建てにしようと考えていた。
 目的は客室の増築である。

 やっぱり部屋がひとつしかないと、誰か来たときに不便だしね。
 特にシメイが来たときなんか、……困るし。
 だって同じ部屋で寝泊まりするのは、まだ気恥ずかしいじゃない。

 階段はいい感じに出来上がった。
 次は客室本体である。
 どんな風に作ろうかなぁ……。

「うーん。せっかくだし、ロフトなんかも作っちゃおうかな?」

 頭のなかに完成予想図を浮かべた。
 いい感じの部屋になりそうな予感がする。

「……うへ。……うへへ」

 思わず妄想に耽った。
 きっとわたしは出来上がったその客室で、シメイと一緒にのんびり過ごしたりするのだ。
 並んで座って、肩を抱き寄せられたりして。

「……ぃよし。それじゃあ、続きをやりますか!」

 やる気は満々。
 彼と過ごす未来に想いを馳せながら、鉤爪で大樹を削り続けた。



 今日はうろのお家にコロナを招いた。
 一緒にお昼ご飯を食べる約束なのだ。

「へえー、凄いわね。2階作ったんだ?」

 ご飯ができるまでの待ち時間。
 彼女は出来たばかりの客室へと、上がっていた。

「うん! どうかなぁ? ここは来客用の部屋にしようかなって思ってるんだけど」
「なかなかいいんじゃない? 窓も大きくて明るいし、見晴らしもいいじゃない」

 なかなか好評のようだ。
 丹精込めて作ったからなー。
 主にシメイのために。

「あ、でもコロナも、いつか泊まっていきなよ!」
「『でも』ってなによ? き、気が向いたらね!」
「えへへ。楽しみだねぇ。じゃあご飯にしようか」

 1階におりてテーブルにつく。
 今日の食事は、山菜きのこ鍋である。
 竃を見ると、火にかけておいた石鍋が、ちょうどくつくつと沸き立ち始めていた。
 テーブルに持ってきて、鍋敷きの上に置く。

「それじゃあ、いただきまーす!」

 ふたりで一緒にご飯を食べる。
 やっぱりお鍋は、誰かと一緒に食べたほうが美味しい。

 クタクタになるまで火を通した山菜を、きのこと一緒くたに頬張った。
 きのこのコリッとした歯ざわりが、なんだか楽しい。

「んぐ、んぐ……。結構いけるわね、これ」
「でしょー! コロナもどんどん食べてね!」
「あんがと。それはそうとあんた……」

 コロナがわたしをじっと眺めている。
 一体なんだろう?

「……その服、なんとかならないの?」
「はえ?」

 彼女が見ていたのは、わたしの服装だった。
 いまのわたしは、毛皮で作った服を着ている。
 胸と腰に、成型した毛皮を巻いているのだ。
 若干……というか、ぶっちゃけかなり原始人っぽい。

「いつもの服はどうしたのよ?」
「あ~……。あれなら、こないだ破いちゃって……」

 わたしは部屋の隅を指で指し示す。
 そこには、破れた村人服が放置されていた。

「……はぁ。またなの?」

 竜化するときについ脱ぐのを忘れて、破いてしまうのである。
 実はもうすでに、こういうことが何度かあった。

「仕方ないわねぇ、アサヒは……」
「ご、ごめんなさい」
「ほら、かしなさいよ。また縫ってきてあげるから」

 彼女に破れた服を渡す。
 こうして裁縫をお願いするのは、もう何度目だろう。
 いつも迷惑かけて申し訳ない。
 ほんと持つべきものは友だちだなぁ。

「いつもありがとう。……あ、そうだ! お礼をさせくれないかな?」
「い、いいわよ。礼なんて」
「そうはいかないよ! いっつもコロナにはこうしてお世話になってるし、なにかお礼をさせてよ!」

 力強く言い切ると、彼女は挙動不審になって斜め下に目を伏せた。
 ちょっと顔が赤い。
 今度は顔をあげて、キョロキョロと視線を部屋中に彷徨わせている。
 そんな彼女の目に、窓際のこけし人形が映った。

「……ねえ。あれはなに?」
「あれは『こけし』っていうお人形さんだよ。わたしの大切なひとたちを、人形にして並べてるんだー」
「……大切な、ひと……」

 話を聞いたコロナは、ちょっと考え込んでいる。
 わたし、なにか変なこと言ったかな?

「それよりコロナ! お礼だよ、お礼! なにがいい?」
「そ、そう……? そこまでいうなら……」

 彼女はコホンと咳払いをした。
 もそもそと唇を動かして、消え入りそうな声で話しはじめる。

「……そ、それなら、あたしの人形も……、つ、作ってもらおうかしら?」
「ほえ……? そんなことでいいの?」
「い、いいの! 出来上がったらわたしの人形も、ちゃんと窓際に並べるのよ!」

 思わず首をひねる。
 そんなことが、お礼になるんだろうか?
 まったく変なコロナだ。

 でも彼女がそれで満足だというのなら、言う通りにしよう。
 わたしはそのお願いを、こころよく承った。
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