異世界で竜になりまして

猫正宗

文字の大きさ
上 下
28 / 39
第三章 解放国家オイネ

19 あさひの日常

しおりを挟む
 カリカリと木片を削る。

「ふんふんふ~ん……」

 ちょうど手のひらに収まるくらいの、小さな木切れだったそれは、鉤爪で丁寧に削り出されたいま、立派なこけし人形に変わっていた。

「ぃよし。……やっとこさ完成ね!」

 床には作りかけで放棄したこけしが、いくつも転がっている。
 ちょっと全体バランスが悪かったり、顔なんかの造形がもうひとつの出来栄えだった失敗作である。

 仕上がりを妥協するわけにはいかない。
 だってこの人形は、特別なのだ。

 でも今度のは自分でも良く出来たと思う。
 納得の逸品と言えよう。

「じゃあさっそく並べて……」

 うんうんと満足げに頷いてから、窓辺に置いた。
 これで人形はひとつ増えて、4体になった。
 端から順に、お母さん、絵里ちゃん、わたし、それに今回加えたシメイである。

「シメイってば、今頃どうしてるかなぁ……」

 彼の顔を思い描く。
 脳裏に浮かんだのは、キリリと引き締まった表情だ。

 けど今頃、くしゃみでもしているかもしれない。
 だってこうしてわたしが毎日、片時も忘れずに思い出してるんだしね。

「うぅー。会いたいよぉ……」

 毛皮で作った枕を抱く。
 わたしはそれをぎゅっと抱きしめて、ベッドをごろごろと転げ回った。



 日付が変わって今日のわたしは、ザクザクと大樹の内部を掘り進めていた。
 やっているのは、お家の拡張である。

「階段はこんなものかなぁ」

 実はわたしは、うろのお家を2階建てにしようと考えていた。
 目的は客室の増築である。

 やっぱり部屋がひとつしかないと、誰か来たときに不便だしね。
 特にシメイが来たときなんか、……困るし。
 だって同じ部屋で寝泊まりするのは、まだ気恥ずかしいじゃない。

 階段はいい感じに出来上がった。
 次は客室本体である。
 どんな風に作ろうかなぁ……。

「うーん。せっかくだし、ロフトなんかも作っちゃおうかな?」

 頭のなかに完成予想図を浮かべた。
 いい感じの部屋になりそうな予感がする。

「……うへ。……うへへ」

 思わず妄想に耽った。
 きっとわたしは出来上がったその客室で、シメイと一緒にのんびり過ごしたりするのだ。
 並んで座って、肩を抱き寄せられたりして。

「……ぃよし。それじゃあ、続きをやりますか!」

 やる気は満々。
 彼と過ごす未来に想いを馳せながら、鉤爪で大樹を削り続けた。



 今日はうろのお家にコロナを招いた。
 一緒にお昼ご飯を食べる約束なのだ。

「へえー、凄いわね。2階作ったんだ?」

 ご飯ができるまでの待ち時間。
 彼女は出来たばかりの客室へと、上がっていた。

「うん! どうかなぁ? ここは来客用の部屋にしようかなって思ってるんだけど」
「なかなかいいんじゃない? 窓も大きくて明るいし、見晴らしもいいじゃない」

 なかなか好評のようだ。
 丹精込めて作ったからなー。
 主にシメイのために。

「あ、でもコロナも、いつか泊まっていきなよ!」
「『でも』ってなによ? き、気が向いたらね!」
「えへへ。楽しみだねぇ。じゃあご飯にしようか」

 1階におりてテーブルにつく。
 今日の食事は、山菜きのこ鍋である。
 竃を見ると、火にかけておいた石鍋が、ちょうどくつくつと沸き立ち始めていた。
 テーブルに持ってきて、鍋敷きの上に置く。

「それじゃあ、いただきまーす!」

 ふたりで一緒にご飯を食べる。
 やっぱりお鍋は、誰かと一緒に食べたほうが美味しい。

 クタクタになるまで火を通した山菜を、きのこと一緒くたに頬張った。
 きのこのコリッとした歯ざわりが、なんだか楽しい。

「んぐ、んぐ……。結構いけるわね、これ」
「でしょー! コロナもどんどん食べてね!」
「あんがと。それはそうとあんた……」

 コロナがわたしをじっと眺めている。
 一体なんだろう?

「……その服、なんとかならないの?」
「はえ?」

 彼女が見ていたのは、わたしの服装だった。
 いまのわたしは、毛皮で作った服を着ている。
 胸と腰に、成型した毛皮を巻いているのだ。
 若干……というか、ぶっちゃけかなり原始人っぽい。

「いつもの服はどうしたのよ?」
「あ~……。あれなら、こないだ破いちゃって……」

 わたしは部屋の隅を指で指し示す。
 そこには、破れた村人服が放置されていた。

「……はぁ。またなの?」

 竜化するときについ脱ぐのを忘れて、破いてしまうのである。
 実はもうすでに、こういうことが何度かあった。

「仕方ないわねぇ、アサヒは……」
「ご、ごめんなさい」
「ほら、かしなさいよ。また縫ってきてあげるから」

 彼女に破れた服を渡す。
 こうして裁縫をお願いするのは、もう何度目だろう。
 いつも迷惑かけて申し訳ない。
 ほんと持つべきものは友だちだなぁ。

「いつもありがとう。……あ、そうだ! お礼をさせくれないかな?」
「い、いいわよ。礼なんて」
「そうはいかないよ! いっつもコロナにはこうしてお世話になってるし、なにかお礼をさせてよ!」

 力強く言い切ると、彼女は挙動不審になって斜め下に目を伏せた。
 ちょっと顔が赤い。
 今度は顔をあげて、キョロキョロと視線を部屋中に彷徨わせている。
 そんな彼女の目に、窓際のこけし人形が映った。

「……ねえ。あれはなに?」
「あれは『こけし』っていうお人形さんだよ。わたしの大切なひとたちを、人形にして並べてるんだー」
「……大切な、ひと……」

 話を聞いたコロナは、ちょっと考え込んでいる。
 わたし、なにか変なこと言ったかな?

「それよりコロナ! お礼だよ、お礼! なにがいい?」
「そ、そう……? そこまでいうなら……」

 彼女はコホンと咳払いをした。
 もそもそと唇を動かして、消え入りそうな声で話しはじめる。

「……そ、それなら、あたしの人形も……、つ、作ってもらおうかしら?」
「ほえ……? そんなことでいいの?」
「い、いいの! 出来上がったらわたしの人形も、ちゃんと窓際に並べるのよ!」

 思わず首をひねる。
 そんなことが、お礼になるんだろうか?
 まったく変なコロナだ。

 でも彼女がそれで満足だというのなら、言う通りにしよう。
 わたしはそのお願いを、こころよく承った。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

みんながまるくおさまった

しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。 婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。 姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。 それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。 もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。 カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

処理中です...