異世界で竜になりまして

猫正宗

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第ニ章 竜と竜騎士

17 別れはいつかやってくる

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 最近、シメイのことばかり考えている。

 お風呂に入るときも、ひとりで魚獲りをするときも、ずっとだ。
 もちろん、夢にだって出てくる。

 ほかにも森へ散策に行く彼を見送っては、少しも経ってないうちから「早く帰ってこないかなぁ」なんて寂しくなってしまうし、この間なんて、シメイが眠ったことを確認してから竜化をといて、ベッド脇で彼の寝顔をひと晩中眺めたりしてしまった。

 一事が万事、こんな調子なのである。

 ……もしかしたらわたしは、少しストーカーの気質があるのかも知れない。

 今日もわたしは彼を眺めて、ついぼんやりとしてしまう。
 彼は騎竜ハービストンの世話をしている。

「……ん? どうした白竜よ」
「ぐるぇ?(はぇ?)」
「ずっと俺のことを、見ていただろう。なにかあるのではないか?」
「ぐり!? が、がりゅるる!(あ!? な、なんでもないの!)」

 思わず顔を背けた。

「……おかしなやつだな」

 彼はわたしを振り返り、不思議そうに首を傾げている。
 だんだんと頬に血が集まってきた。

(……ぅ。……ぅう)

 元が白いから、赤面すると目立つはず。
 バレてしまわないように、体ごと後ろを向いた。

 うー、もう。
 恥ずかしいなぁ……。



 これは参った。
 このままでは、彼の顔を真っ直ぐに見ることすらままならない。
 わたしはコロナに相談してみることにした。

「これってさ、……こここ、こ、恋じゃないかと、おも、お、思うのよね!」

 自分で言っておいてなんだけど、とても恥ずかしい。
 だってわたしは、もう26歳だ。
 いっちゃえば、そろそろアラサーの領域である。
 そんなわたしが、乙女みたいに恋だのなんだの言い出すなんて!

 ああ……。
 顔から火が出ちゃいそう……。

「いいから落ち着け! くねくねするな!」
「あぃたあ!?」

 脳天にチョップを落とされる。
 どうやらわたしはまた、ひとりでテンパっていたらしい。

 別に痛くはないんだけど、気分的に頭をさすりながら、改めてコロナに話してみた。

「……ふーん。じゃあ多分、恋なんじゃないの?」
「じゃあって、なによ。もっと真剣に考えてくれてもいいじゃない!」
「知らないわよそんなことは! あたしなんて同世代の男に知り合いすらいないわよ! ぼっちの村娘なめんな!」

 コロナが真面目に取り合ってくれない。
 酷い話だ。

「……ぅう。……どうしよう」

 いじけていると彼女がため息をついた。

「……あんたさ。騎士さまに正体を明かしたほうが、いいんじゃないの?」
「で、出来ないわよ、そんなこと!?」

 秘密を打ち明けるには、親しくなり過ぎた。
 もしシメイに魔女だって蔑まれたら、きっといまのわたしは立ち直れない。

「騎士さまだって、いつまでもここにいられる訳じゃないんでしょ?」
「そ、それは……」
「別れはくるわよ? そのときあんたは、隠し事をしたままでいいの?」

 押し黙ってしまう。
 コロナのいうことは正論だ。
 恋だの愛だの以前に、わたしは自分が何者かすら、彼に明かしてはいないのだ。

(……けど怖い)

 黒髪黒瞳以前に、わたしは容姿も十人並みだ。
 きっと彼とは釣り合わない。
 それこそ見た目の話なら、目の前にいるコロナのほうが、彼とお似合いなくらい。

「……でも、……だって」

 彼女はまた小さくため息をついて、立ち上がった。
 もうそんな時間か。
 そろそろ村に、送っていかないと。

「騎士さまも随分回復したんでしょ? もうあまり時間はないと思うわよ?」
「………………うん」

 彼女を送り届ける道中、いつになくわたしの口数は少なかった。



 その日、シメイが剣を振っていた。
 跳ねた汗が日の光を反射する。

「……はっ! ……ふん!」

 素人目にもその太刀筋は美しい。
 流れるように弧を描いて、訓練用の丸太を断ち切っていく。

 凄いなぁ……。
 というか、丸太って剣で斬れるものだったんだぁ。

 おそらくリハビリなんだろう。
 もう彼は、力強く動き回れるまでに復調していた。

「……白竜か」
「ぐるぅ。ぎゃりりる?(ごめんなさい。訓練の邪魔しちゃいましたか?)」

 彼はハービストンの背から手拭いをとり、額の汗を拭う。
 様になった振る舞いだ。
 思わずドキッと胸が高鳴った。

「……ちょうどいい。話しておきたいことがある」

 なんだろう?
 頭をシメイの目線まで下げて、耳を傾ける。
 彼はいつものようにわたしの顔を撫でながら、ゆっくりと話し出した。

「……世話になった。明日、ここを出る」
「ぎゅらぁ!?(そんな!?)」

 いくらなんでも急過ぎる!
 別れはくるとしても、まだ先だと思っていた。

「ぐ、ぐるぅ!?(ど、どうして!?)」
「元々騎竜さえ飛べれば帰れたのだ。……ハービストンはとっくに回復している。……ここは居心地が良すぎて、長居が過ぎた」

 わたしは何度も鳴いて説得をした。
 けれども、シメイの決意は変わらない。
 彼が真っ直ぐにわたしの顔を見据えた。

「俺は明日、王国にもどる」

 最後に一言そういって、彼は押し黙った。
 わたしはそれ以上もう、なにも言えなくなって、口を噤んだ。
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