異世界で竜になりまして

猫正宗

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第ニ章 竜と竜騎士

14 同棲生活の幕開け

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 白竜へと変じたわたしは、高所から彼を見下ろす。

「竜……だと!? それも……ワ、ワイバーンではない!?」

 驚いていた彼は、はっと気づくと表情を引き締めた。

「くっ!? 一体どこから現れた!? まさか、……転移か!? ハービストン、来い!」

 しかし彼のワイバーンは呼びかけに応じない。
 ただ不思議そうに首を捻っている。

「……ギュア?」
「どうしたハービストン! こっちに来い!」

 尚も呼びかけるも、やはり反応はない。
 むしろワイバーンは、わたしに向かって「ギャアギャア」とご飯の魚をせっついてきた。

 彼らのやり取りをぼーっと眺めていたわたしは、その鳴き声に意識を呼び戻される。

「ギィア! ギィアァ!」
「ぐるぉ……(あ、ちょっと急かさないで……)」

 と、とにかくご飯あげなくちゃ……。

 あれ?
 なんか優先順位間違えてる?
 ま、まあ、いいか。

 鉤爪の先っちょで、魚籠から魚を取り出してハービストンに与える。

「ギュオ! ギュア!」
「ぐるぁー(わかってるわよー)」

 腰を落として構えたままの彼は、わたしたちのことを、不可解なもののように見つめていた。



 すこしの時間が過ぎた。
 すでに彼は、落ち着きを取り戻していた。

「……思い出したぞ。……お前は、俺が気を失う直前にみた白竜か」

 彼はひとりで勝手に、納得し始めてくれた。
 ひとまず逃げられたり、立ち向かってこられたりはしないみたい。
 ほっと胸を撫で下ろす。

「……まぼろし……では、……なかったの……だな」

 呟くと同時に、彼の膝がガクッと折れた。
 その場に片膝をつく。

「ぐ、ぐるぁ?(だ、大丈夫ですか?)」

 彼は右の手のひらで、額を押さえている。
 目眩でも起こしたのだろうか。

 でもそれも無理はない。
 だってこのひとは、何日も意識を失っていて、ようやくさっき気が付いたばかりなんだから。

「ぎゅるぁ!(さぁ、ベッドに戻ってください!)」

 摘み上げようと指を伸ばす。
 けれども鉤爪の先が届く前に、彼はパタリと倒れてしまった。

「ぐ、ぐりぃ!?(ちょ、ちょっと!?)」

 大丈夫だろうか。
 ツンツンしてみるも、反応はない。
 どうやら気絶してしまったようだ。

 それを確認してから、竜化をといた。

「……あ!? きゃあ!?」

 わたしは素っ裸だった。

「だ、だめ! 服! で、でも彼のほうが先に……」

 キョロキョロと辺りを見回す。
 誰もいないのはわかっているけど、全裸の気恥ずかしさから、思わずそうしてしまう。

 とにかくわたしは急いで彼を担ぎあげて、ベッドに寝かせてから、草と蔓の服を着た。



 翌朝。
 ふたたび目覚めた彼の様子を、お家の窓から伺う。

 白竜の姿でなかを覗き込んでくるわたしに、彼が気付いた。
 ビクッと肩を震わせている。
 どうやら驚かせてしまったらしい。
 ちょっと申し訳ない。

「……ぐる、るわぁ(……そこに、お料理用意してますから)」

 鉤爪でテーブルを、ちょいちょいと指差す。
 作っておいたのは、お魚のスープだ。
 病み上がりだし味は薄めにしてある。
 残念ながら川魚だから、あまりいい出汁は取れなかったけど……。

「……これは……。スープか……?」

 テーブルの料理に、彼が気付いた。
 それで今更ながら、お腹が空いていることに気付いたらしい。
 じっとスープを眺めている。

「どりぃ。ぐらぁ(どうぞ食べてください。冷めちゃってますけど)」

 彼がわたしをみた。
 目線や仕草で、なんとなく会話できている気分になってくる。
 なんか不思議な感じ。

「……食べても、……よいのか?」

 コクコクと何度も頷く。
 すると彼はベッドから起き出してきて、スープを啜り始めた。

「…………うまい」

 彼はそう呟いたきり、あとは無言でスープを飲み干した。



 数日が経過した。

 彼の体調も、順調に回復してきている。
 ワイバーンと揃って食欲も旺盛だ。

 わたしは彼のために、魚を捕まえてくる。
 そうすると彼は、もともと持っていたナイフで、器用にそれを調理して食べる。

 なんでも戦場料理は、騎士の嗜みなのだそうだ。
 作った料理を、わたしにも食べさせてくれた。
 味付けは塩が効いて豪快だったけど、なかなか美味しかった。

 お風呂も沸かした。
 岩のバスタブをそのまんま持ち上げて、沢までひとっ飛び。
 戻ってきてブレスで温めてから、彼に入浴を勧める。

 すると彼は、ひと言礼を言ってお風呂に入る。
 その間にわたしは、木ノ実なんかを探しにいくのだ。

 彼に悪いし、入浴を覗いたりはしない。
 木ノ実を集めて戻ってきたときに、彼がまだお風呂から上がっていなければ、チラッと横目で視界に収めるだけである。
 だからいつも木ノ実集めは、スピードが肝心なのだ。



 そんな日が続いた、ある日のこと。

「……ぐるぃ?(……どうしたの?)」

 わたしは彼が、騎士の鎧を身に纏っていることに気付いた。

「……世話になったな」
「……ぎゅるぅ!? ぐ、ぐるぁ!?(……え!? で、出て行くつもり!?)」

 どうしてそんな急に!?
 まだ体調だって、完全には戻っていないのに!

「王国に……、戻ろうと思う」
「ぐ、ぐらぁ! ぐるぇ!?(だ、だめですよ! 第一、どうやって帰るつもりなの!?」

 ハービストンだって、まだ回復しきっていない。
 とてもじゃないけど、彼を乗せて空を飛べるような状態じゃない。

「ぎゅるり……!(ちゃんと回復するまで……!)」
「聞いてくれ、白竜よ」

 彼がわたしを見上げた。
 とつとつと語り始める。

「……ここには元々、人間が住んでいたのであろう? それも俺が意識を取り戻す、ほんの少し前までだ」

 彼の言葉に耳を傾ける。
 たしかに言う通りだ。
 ここには『わたし』という、人間がずっと住んでいる。

「きっとその家の主が、俺の傷を手当てし、あの食事を用意してくれたのだろう?」

 コクコクと頷く。

「だから俺はその者に礼を言おうと、ずっと待っていた。……けれども、待てども待てども、家の主は現れない」

 いや、ずっといるんですけどね。
 いまもほら、貴方の目の前に。

「……恐らくかの者は、俺の前に姿を現せられぬ理由があるのだ。それゆえに俺がいる間は、家に戻って来られない」
「……ぐるぇ?(……はぇ?)」

 だ、だからずっといるんだけど。
 なんか勘違いしちゃってるような……。

「俺は、恩人の負担になるわけにはいかぬ。……故に今日、ここを去ることに決めた。そこを退いてくれ、白竜よ」
「ぎゅりぅ! ぎらぁ!(待って! それ、勘違いだからぁ!)」

 なんとか彼を宥める。
 すると彼は不承不承(ふしょうぶしょう)ながら、あと一晩だけ、泊まっていくことにしてくれた。

 わたしは全力で考えを巡らせる。
 ど、どうしよう……。
 このままでは、彼が出て行ってしまう。

(そ、そんなの、いやよ!)

 被りを振ると、ピコンと閃いた。
 要は人間がいればいいのよね、……人間が。

 こういうことを頼めそうな子に、ひとり心当たりがある。

 思い立ったら、即実行。
 わたしは翼をはためかせて、村に向かってすっ飛んでいった
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