異世界で竜になりまして

猫正宗

文字の大きさ
上 下
17 / 39
第ニ章 竜と竜騎士

13 たまにはイタズラも楽しい

しおりを挟む
「ふぅ……。これで完了っと」

 脇腹に残る生々しい傷跡に、薬を塗って包帯を巻く。

 どちらもコロナがくれたものだ。
 なんだかまた必ず会いにこいと言っていたし、今度お礼がてら、川魚でも持って行ってあげよう。

「これで、治るといいんだけど……」

 荒かった呼吸こそ落ち着いてきたものの、依然として熱は高いままだ。
 ワイバーンも開け放った窓から、心配そうに彼をみている。

「……しっかし、いい男だなぁ」

 ベッドの縁にぽすんと腰を掛けて、繁々と男のひとを眺める。

 力強く整った眉。
 真っ直ぐに通った鼻筋に、キュッと結ばれた唇。
 きっと瞳だって、開けば意思の強さを感じさせてくれるに違いない。

 もろにわたしの、好みのタイプだ。
 経理のお局様が夢中だった、田中……た、たっくんだっけ?
 そんななんとかいう優男とは、雲泥の差である。

 額に掛かった彼の短い青髪を、すっと指で払う。

「……どんな声をしてるんだろう」

 想像を膨らませる。
 きっとこの唇が紡ぎ出す音は、魅惑的なバリトンボイスだぞ。
 響きが、胸にまで届いてきそうなやつ。

 そんな勝手な想像をして楽しむ。

「はぁ。お話してみたいなぁ……」

 でもそれは無理だ。
 わたしの容姿は黒髪黒瞳。
 このひとだって見たら驚いて、わたしのことを魔女だって罵るかもしれない。

「でも、熱が収まって、目を覚ましたあとはどうしよう……」

 考えてみても、良い対応の仕方は思い浮かばない。
 わたしはそのことを、一旦棚上げすることにした。



 ブレスを吐いて温めたお湯で、今日も彼の体を拭う。
 手拭いをギュッと絞って、丹念に。

 ようやく熱も引いてきた気がする。
 眉間に皺を寄せていた眉も、心なしか穏やかだ。

「ふんふんふーん。……さ、脇を拭きましょうねー」

 筋肉質な腕をぐっと持ち上げて、脇から脇腹を拭いていく。
 反対サイドに回って、こっち側も丁寧に。

「おっとー! 指が滑っちゃったー!」

 ツンっと胸をついてみる。
 彼が反応してピクッと動いた。
 なんか難しげに眉を歪めている。
 ちょっと可愛い。

「おおっと、また指が滑っちゃったー!」

 楽しくてつい調子に乗ってしまう。
 わたしがツンツンする度に、彼はこそばゆそうに顔をしかめた。



 静かにドラゴンイヤーを澄ませて、川魚を捕る。
 もう20匹近くも捕まえただろうか。

 鮎にニジマスにヤマメにイワナ。
 全部後ろに(?)がつくけれども、どれも美味しい魚である。

「さ、こんなものかしらねー」

 たくさん捕っているのには、理由がある。
 ワイバーンのあの子が、とっても大食らいなのだ。

 魚籠(さかなかご)にとれた獲物をいれた。
 お家に帰ると、ワイバーンが「ギャアギャア」と鳴いてわたしを迎える。
 賢いこの子は、わたしがたったいま、ご飯を持って帰ってきたことを理解しているのだ。

「はいはい、ただいまー。そんなに騒がなくても、ご飯はちゃんとあげますからねー」

 籠からイワナを一匹、取り出して与える。
 それを丸のみしたワイバーンは、次から次へとご飯を催促してくる。

「ふふ。そんな慌てないの」

 苦笑しながら魚を与えていると、うろの家の扉が、ガタッと鳴った。

「はぅわぁ!?」

 な、なんだ!?
 とっさにワイバーンの背中に隠れる。
 それと同時に扉が完全に開かれた。

「……ハービストン。良かった。お前も無事か……」

 彼だ!?
 お家から彼が出てきた!

 想像したものよりも少し低い声。
 でもよく響いて通りが良い。
 ぶっちゃけてしまうと、なんか男性的なエロさを感じる声だ。

 眼差しだって、思った通り凛としている。
 でも捉えようによっては、少し気難しく見えるかも……。

「ここはどこなんだ……」

 彼は辺りを見回している。
 まだ目が覚めたばかりなんだろう。
 ぼうっとした感じが伝わってくる。

「森のなか……。だが、ひとが住んでいるようだな。……俺は、誰かに助けられたのか?」

 考え込む仕草を見せていた彼が、こちらを向いた。
 まぁ『こちら』と言ってもわたしではなく、このワイバーンを見ているんだろうけど。

「……なぁハービストン。一体どうなっているんだろうな?」
「ギュア!」

 そうか。
 この子の名前はハービストンって言うのか。

 悠長に構えていると、彼がこちらに向けて歩きだした。
 力が入らないのか。
 少し頼りなさげな足取りである。

(や、やばい! こここ、こっちこないで……!)

 彼が近づいてくる。
 心臓がドキドキしてきた。
 でもこの鼓動は、わたしがイケメン慣れしていないとか、そんなのが理由じゃない。

(見られちゃう! 黒髪と黒瞳を、見られちゃう!)

 不安が脳裏を掠めた。
 彼に魔女と罵られる、一瞬先のそんな未来。

(いや、いや、いや! そんなのいやよ!)

 ワイバーンに隠れながら、激しくかぶりを振る。
 それと同時にわたしの体が、白く、大きく膨れ上がっていく。

 気付けばわたしは竜化してしまっていた。
 眼下に見下ろした彼は、驚きの表情でわたしを見上げていた。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

転生悪役王女は平民希望です!

くしゃみ。
恋愛
――あ。わたし王女じゃない。 そう気付いたのは三歳の時初めて鏡で自分の顔を見た時だった。 少女漫画の世界。 そしてわたしは取り違いで王女になってしまい、いつか本当の王女が城に帰ってきたときに最終的に処刑されてしまうことを知っているので平民に戻ろうと決意した。…したのに何故かいろんな人が止めてくるんですけど? 平民になりたいので邪魔しないでください! 2018.11.10 ホットランキングで1位でした。ありがとうございます。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...