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帝国将軍 vs 守護天使

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帝国兵はアレキサンド将軍を守るべく迅速に動いた。
グウェンドリエルの前に立ち塞がる。

「閣下! ここは我らに任せてお下がりください!」
「まぁまぁ、お前らそう慌てんなって。よく考えてみろ。焦るほどのことでもないだろう。だってお嬢ちゃんがひとり、のこのこと迷い込んできただけなんだぜ?」

アレキサンド将軍は己を守ろうと立ちはだかった帝国兵を押し退ける。
グウェンドリエルの前に立った。
そして言う。

「えっと、お前さん、グウェンドリエルって呼んでもいいのか?」
「ええ、構いませんわ」
「じゃあグウェンドリエル。そんな怖い顔してないで、ちょっと茶でも飲んでけよ。な?」
「え? お茶ですの?」
「ああそうだ。ここまで歩いてきたんだろ? 喉、乾いてるんじゃないか?」
「それは、まあ……」

グウェンドリエルは親しげな態度に毒気を抜かれた。
将軍は配下に命じて茶を持ってこさせる。
すぐに熱く沸いた茶が、急須ごと届けられた。

アレキサンド将軍は茶を湯呑みに注いでから、グウェンドリエルに直接手渡そうとする。

「ほらよ。熱いから気をつけてな」
「……はぁ。それじゃあ遠慮なく頂きますわ。というか貴方、変わった人間ですわねぇ」
「ははは、よく言われるよ」

グウェンドリエルは差し出された湯呑みを受け取ろうと手を伸ばした。
だがそのとき――



アレキサンド将軍が湯呑みを手放した。

「おっと、手が滑った」
「え?」

湯呑みが地面に落ちていく。
グウェンドリエルは自然と、落下していく湯呑みに視線を誘導された。
すぐ目の前にいるアレキサンド将軍から目を離して。
将軍はもうすでに剣の間合いにいる。

「――ふんっ!」

アレキサンド将軍が背負っていた剣を素早く引き抜いた。
だがグウェンドリエルは湯呑みを追って下を向いたままだ。
千載一遇の好機。

「もらった!」

アレキサンド将軍は斬り掛かった。
そこには一片の躊躇もない。
グウェンドリエルの側頭部に向けて、袈裟懸けに刃を振り下ろす。
しかし――

「――っ⁉︎ な、なんだぁ⁉︎」

アレキサンド将軍が目を見張る。
振るった刃は、グウェンドリエルを捉えなかった。
自然と外れてしまった。

これは事象が剪定された結果だ。
けれども将軍にはそのようなこと、理解できよう筈もない。
ただ言い知れぬ不安だけを感じている。
名状し難い恐怖がじわじわと彼に這い寄り、足元を伝って全身を蝕んでいく。

くすくすと笑う声がした。
グウェンドリエルが薄く笑ったのだ。
聖眼が爛々と輝いている。

「あらあら、お気をつけ遊ばせ? 手を滑らせちゃうなんて、将軍はおっちょこちょいなのですわねぇ」

落ちた湯呑みを拾い、将軍に返す。

「お茶、こぼれてしまいましたわ。よければ淹れ直して下さる?」
「ちぃ! 化け物が!」

アレキサンド将軍は即座に飛び退いた。
そして混乱する。
確かに殺ったと思った。
避けようもない完璧なタイミングで、なおかつうつむいたグウェンドリエルの死角となる斜め上段から剣を振り下ろしたのだ。

何故外れた。
いや外したのは自分だ。
グウェンドリエルは動いていない。
とはいえ絶対に外さない間合いだった。
それこそ百万回繰り返して、一度外してしまうかどうか。
そんな必殺の間合いだった筈だ。

「くそっ!」

思わず毒づく。
アレキサンド将軍には最初から分かっていた。
目の前にいるこの女。
外見は可憐で美しい貴族令嬢だが、中身は正真正銘の化け物だ。
対峙するだけで肌がビリビリと粟立つような恐怖を覚える。

真っ当に戦っても勝てるビジョンがまったく思い浮かばない。
逃げても捕まるだろう。
だから将軍は、グウェンドリエルの油断を誘った。
道化の振りをして茶など振る舞い、起死回生の一撃に賭けたのだ。

アレキサンド将軍は急須に手を伸ばした。

「ほらよ! 茶ならくれてやるから、好きなだけ飲むがいいぜ!」

取手を握り、グウェンドリエルに向かって投げつける。
急須から煮えた湯が撒き散らされた。
触れれば火傷は免れない。

同時にアレキサンド将軍は、再びグウェンドリエルの間合いに飛び込む。
地を這うように身体を低く伏せ、左右の腰にいた双剣を引き抜く。
煮えた湯を躱した後、必然的に体勢を崩すだろうグウェンドリエルに間髪いれず斬り掛かるつもりだ。

けれどもグウェンドリエルは湯を避けなかった。
だが浴びた訳ではない。
グウェンドリエルはただ突っ立っているだけ。
なのに偶然にも、撒き散らされた湯はただの一滴もグウェンドリエルの身体を濡らさなかったのだ。

「――はぁ⁉︎ ふざけんな! こんな馬鹿なことがあるか!」

アレキサンド将軍はたまらず叫んだ。
思うようにいかない。
こんな偶然あるはずがない。
何かをされている。
しかし何をされているか、検討もつかない。

アレキサンド将軍は斬り掛かることを躊躇した。
だがすでに間合いまで飛び込んでいる。
今更攻撃を中断することなど出来ない。
将軍は即座に意識を切り替え、自身の持つ最大の奥義を持って乾坤一擲けんこんいってきの勝負を仕掛けることを決意する。

「うおおおお! 絶剣乱舞!」

絶剣乱舞。
それは双剣を得意武器とするアレキサンド将軍が、長年をかけて編み出した奥義だ。
最初に武力で身体機能を上昇させる。
特に瞬発力に重きをおいて超強化。
然るのちに神速で縦横無尽に斬り掛かる。
息もつかせぬ十六連撃。
威力重視の大振り攻撃とこれを餌にしての死角をついた不可視の斬撃。
虚実入り乱れた十六もの剣閃が、グウェンドリエルに襲い掛かる。

「おおおおおおおおおおおおおっ!」

アレキサンド将軍が雄叫びを上げた。
ここで決める!
鬼気迫る表情で、繰り返し双剣を振るう。
対してグウェンドリエルはすまし顔だ。
ただ聖眼を碧く輝かせ、そこに突っ立っているだけである。

将軍の手が止まった。
研ぎ澄まされた十六連撃、そのすべてを繰り出し終えたのである。
だがグウェンドリエルにはひとつの刃も届かなかった。
絶剣乱舞はアレキサンド将軍の奥義。
いまだかつてこの技を無傷で凌ぎ切った相手はいない。
絶剣乱舞を繰り出せば、たとえ決着はせずとも相手に何かしらのダメージを与えてきた。
それが無傷。
ただの一撃すら、かすりもしなかった。



「……は、ははは……。本当に何なんだよ、お前さん……」

もう笑うしかない。
グウェンドリエルが応える。

「だから言っておりますでしょう? 私はグウェンドリエル。いと高き天に座する我が主人ルシフェル様にお仕えする七熾天使のひとりですわ」
「……天使ってアレかい? ミカエルとかラファエルとかガブリエルとかサンダルフォン……。神代の大戦、終末戦争ハルマゲドンだっけ?」
「あら、よくご存知ですのね。その通りですわ」

グウェンドリエルは説明を続ける。

「この私グウェンドリエルは、貴方がいま名を挙げた天使のひとり、ガブリエルの転生体ですのよ? ガブリエルはかつての大戦で愚かにもルシフェル様に歯向かい、当然ながら敗れた後に、ルシフェル様のお手でその御霊みたまを私に作り直されたのです」
「ふぅん……。まぁ、どうでもいいさ」

アレキサンド将軍が双剣を手放した。
地に落ちた剣が硬質な音を立てる。

「……よく分かったぜ。俺の命運はもう尽きてたんだな。お前さんと出会った時点で、俺ぁもう終わってたって訳だ」
「その通りですわね。物分かりの良い殿方は嫌いではありませんことよ?」
「くくく、簡単に言ってくれやがるぜ」

将軍はひとしきり自嘲気味に笑った。

「グウェンドリエル、お前さんの勝ちだ。いや、勝ちとか負けとかじゃないな。勝負にすらならなかった。なんせお前さんは、ただの一度も攻撃すらしてない」

アレキサンド将軍が両手をあげる。

「……降参だ。どこへなりとも連れて行け」

しおらしい態度である。
だがアレキサンド将軍はまだ奥の手を隠していた。
肘に仕込んだ炸裂弾。
それは万歳のポーズで手首を捻ることにより、発射される。
グウェンドリエルの聖眼が光を灯した。

「ふぅん、何か隠してますわね? いいですわよ。やってごらんなさいな。まぁ無駄とは思いますけども」
「ちぃ!」

見抜かれていた。
将軍は即座に手首を捻り、炸裂弾を発射しようと試みる。
しかし――

「な⁉︎」

グウェンドリエルが予言した通り、奥の手は動作不良を起こして発射すらされなかった。
整備は欠かしていなかったのに。

「ねえ? もう満足しましたかしら?」
「く、くくく……。ふはは! いやぁ、負けだ負け! こりゃあどうにもならんぜ!」

アレキサンド将軍がまた両手を上げた。
しかし先程とは異なり、今回のそれは本当に降参の合図だった。
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