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学校帰りの寄り道

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「試験用紙は全員に行き渡ったかぁ?」

 監督役の教師が教壇にたち、着席した俺たちを見回す。

 1学期中間試験の一発目は物理のテストだ。

「よし、大丈夫だな。
 では試験はじめっ」

 合図とともに生徒たちが一斉に動き出した。

 俺も問題が見えないように裏返していたテスト用紙をひっくり返し、名前を記入してからざっと目を通す。

(……わかる!)

 物理は俺にとっては苦手教科だ。

 だが設問はどれもこれも、アリスが用意してくれた予想問題集に載っていた。

 これなら俺にだって解ける!

「うっし。
 いっちょやってやるか……!」

 俺はペンを取り、カリカリと音を立てながら、試験問題に取り掛かった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 放課後の到来を告げるチャイムが鳴り響く。

 ホームルームが終わると、教室は今日のテストの話題で一気に騒がしくなり始めた。

「ねぇねぇ。
 今日の物理、めっちゃ難しくなかった?」

「あー、だめ……。
 死んだわぁ。
 あたし、死んだ……」

「ふっふーん!
 私は結構できたもんね!」

 歓喜や悲嘆する声の合間を縫って、教室をでる。

 すると廊下にアリスの姿が見えた。

 彼女は通学用カバンを身体の前に両手で持ち、軽く壁に背を持たれかけている。

「あ、大輔くん」

「よぅ。
 待っててくれたのか?」

 とことこと音の出そうな足取りで近寄ってきて、上目遣いに顔をあげたアリスと目があう。

「……うっ」

 愛らしさに思わずドキリとした。

 すっかり見慣れたとは言え、こいつは超の付くほどの美少女である。

 思わぬタイミングでそのことを思い出しては、こんな風に胸が高鳴ることがあるのだ。

「……?
 ど、どうしたのですか、大輔くん。
 そ、そんな風にじっと見つめられると、ちょっと恥ずかしいです……」

「わ、悪い!」

 頬を赤くしたアリスから顔を背け、こほんと咳払いをしてから話題を変える。

「そ、それよりどうしたんだ。
 アリスがこっちの教室に来るなんて珍しいじゃねぇか」

「はい。
 実は大輔くんの試験の出来が気になりまして。
 ……どうでしたか?」

 アリスがわずかながら心配気に、俺の顔を見上げてくる。

 俺はニカっと笑い、親指を立ててみせた。

「ばっちりだ!」

 アリスがほっと息を吐く。

「いやぁ、勉強の成果を遺憾なく発揮できた感じだわ。
 しっかしあれだ。
 アリスの予想問題は凄えな。
 的中率高すぎだろ、あれ!」

「……先生方が授業中『ここ、試験に出すぞ』なんて言った箇所を、漏らさずメモしているだけです。
 あとは試験範囲で大切そうな内容を精査していけば、だいたい出題内容もわかります」

「そうなのか?」

「はい」

 アリスは事もなげに言ってのけるが、実際にはそんな簡単なものじゃないだろう。

 感謝しなければいけない。

「それはそうとよ。
 帰りなにか食って行かねえか?」

 テスト期間中は午前だけの早上がりだから、ちょうどいまはお昼時なのである。

「……そうですね。
 わかりました」

「そうこなくっちゃな!
 アリスはなにが食べたい?
 なんでもいいぞ。
 勉強の礼も兼ねて、俺の奢りだ」

「えっと……。
 あまりお店を知らないので、大輔くんにお任せします。
 普段大輔くんは、どんなお店で外食してるのですか?」

「俺か?
 まぁ俺も雫の作ってくれる飯があるから、あんまり外食はしないんだが、そうだな……」

 少し考えてみる。

 俺が学校帰りに食べたことのあるものといえば、カレー、お好み焼き、牛丼、ハンバーガー、それに――

「あっ、そうだ」

 ぽんっと手を叩く。

「……ラーメン。
 ラーメン食べにいこうぜ、アリス!」

「ラーメン、ですか?
 えっと……。
 食べたことないのです」

 美少女と拉麺。

 絵面はちょっとアレだが、あんな美味いものを食べたことがないなんて、もったいない。

 かくして俺とアリスは、帰りにラーメンを食べていくことにした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ラーメン屋についた。

 ここは近隣でも人気の有名店で、醤油ベースの繊細なスープが自慢のお店だ。

 俺も一度食べにきたことがあるが、たしかに美味かった。

 とはいえ俺がもっぱら食べに行くのはもう少し歩いた先にある、いわゆる二郎系ラーメン店で、あっちは欠食児童がごとき男子学生たちに人気を博しているのだが、アリスにはまだ早かろうと思う。

「うわぁ。
 結構並んでるのですね」

「人気店だからなぁ。
 でもまぁラーメンってのは客の回転がはやいから、そんな待たねぇよ。
 んじゃ並ぶか!」

 アリスと一緒に列の最後尾についた。

 ◇

 待ち行列がはけて、俺たちの番が回ってきた。

 引き戸をガラガラっと開けて、暖簾をくぐる。

「らっしゃい!
 2名さまっすね。
 カウンターか、お好きなテーブル席……に……」

 威勢の良かった声が尻すぼみになる。

 店員のにいちゃんが、入店してきたアリスを眺めて、ぽかーんとしている。

 カウンターで麺を啜っていた社会人らしき男性も、つられて俺たちのほうをチラッと振り向き、アリスをみて固まった。

 なんというかこう、店員や男性から「え? この子がラーメン食べるの?」って戸惑いが、ひしひしと伝わってくる。

 まぁ気持ちはわからないでもない。

「大輔くん、大輔くん。
 テーブル席は4名掛けしかないようです。
 ふたりで座るのも悪いですので、カウンターにしましょう」

「おう。
 そうするか」

 カウンターに並んで座る。

「アリスはなんにする?
 この店のおすすめは醤油だぞ」

「えっと……。
 わたしはよくわかりませんので、大輔くんにお任せします」

「そっか。
 んじゃ、醤油ラーメンな。
 すんませーん!
 こっち、醤油2人前の片方は麺大盛りで!」

 ◇

 程なくしてラーメンが運ばれてきた。

「さぁ、アリス!
 食ってくれ。
 食い方はわかるか?
 箸で麺をリフトして、こっちのレンゲでスープをすするんだ」

「……リフト?
 レンゲ?」

「ああ、わかんねぇか。
 んじゃ実際に俺が食ってみるから、真似してみろ」

 箸を割り、麺をリフトしてふぅふぅと息を吹きかける。

 持ち上げた麺を豪快に啜ると、今度は熱々のスープをレンゲで掬って、口のなかに流し込んだ。

 わずかに弾力のある麺の噛み心地を奥歯で楽しみ、口内を満たす醤油スープの繊細でマイルドな旨みを味わう。

 口のなかで一緒くたに混じり合った麺とスープをごくんと飲み込むと、嚥下えんかした熱い塊が食道を通りすぎ、胃に落ちていくのがはっきりと感じられる。

 たまらない満足感。

「……くぁぁ!
 うめえ!」

 隣で俺を眺めていたアリスの喉が、ごくりと鳴った。

「……お、美味しそうに食べるのですね」

「おう!
 実際うまいからな。
 さぁ、アリスも熱いうちに食ったほうがいいぞ!」

 アリスがこくりと頷いた。

 箸をもち、小さく麺を持ち上げて、パクリと食べる。

「あちっ⁉︎」

「ははは。
 ちゃんとふぅふぅしないからだぜ?」

 小さく舌を出していたアリスが、神妙な顔で頷いてから、再びラーメンに向き合う。

 金色の髪を指ですくって耳にかけ、今度はしっかりと吐息を吹きかけてから、するっと麺を啜った。

 ついでスープをひと匙掬ってから、下唇にレンゲを添える。

 彼女の喉が小さく動いた。

「……どうだ?」

 反応を少し待つ。

「…………美味しい」

 アリスは珍しく大きく目を見開いていた。

「……こんな美味しいものがあるなんて。
 わたし、知りませんでした」

 見れば彼女は、小動物のようにぷるぷると、身体を感動に打ち震わせている。

「だろ?
 さぁ、存分に堪能してくれ」

 アリスは再び頷いてから、またラーメンに向き直った。

 小さく口を開いて、夢中で麺を啜っている。

 その様子をみて、俺は満足気に微笑んだ。

 ……そうだな。

 この調子なら、いつかアリスと二郎系ラーメンを食べにいく日がやってくるかもしれない。

 そんな妄想を楽しみながら、俺もラーメンに向き直った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 試験最終日。

 すべての教科のテストを終えて、出来映えに満足しつつ着席したまま伸びをしていると、教師に呼び出された。

「北川。
 すぐに職員室に行きなさい。
 担任の先生まで、大至急だ」

「……は?
 なんすか?
 このところ指導されるような事は、なんにもしてないつもりっすけど」

「……そうじゃない。
 いいから早くきなさい」

 教師はいつもの蔑んだよう顔ではなく、むしろ痛まし気な顔で俺を見ている。

 気遣ってさえくれているようだ。

 いっちゃなんだが問題児の俺が、教師からこんな扱いを受けるのは初めてのことである。

 俺は不思議に思って首を傾げながら、職員室へと赴いた。

 ◇

 職員室の引き戸をひいて入室し、担任の席に向かう。

 俺の顔をみた担任は開口一番こう言った。

「北川か。
 タクシーは手配してある。
 すぐに病院に向かいなさい!」

「……はぁ?
 病院ってなんの話を――」

「いいか?
 落ち着いて聞きなさい」

 担任が真剣な表情で告げてくる。

「北川、お前のご家族が倒れられた。
 すぐに病院に向かうんだ!」
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