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映画鑑賞

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 テレビは西澄の部屋にあった。

 50インチほどの結構大きなテレビだ。

 俺がいままで通されていたのは、どうやら応接間だったらしい。

「これが西澄の部屋かぁ」

 女子の部屋なんて初めてだから、つい見回してしまう。

 出窓の隅で白猫マリアが丸くなっていた。

 この部屋も飾り気は少なかったが、ベッドや勉強机があったり、なにより本棚やテレビが置いてある分、ほかの部屋よりは生活感というか、ぬくもりを感じられた。

「へぇ……。
 お前、結構たくさん本を持ってるんだなぁ。
 これ全部読んだのか?」

 一冊引き抜いてパラパラとめくってみる。

 細かな活字の羅列に、目が回りそうだ。

「……はい。
 読書や映画鑑賞くらいしか、することがありませんし」

「そっか。
 じゃあ今度、おすすめの本とか映画があったら教えてくれよ」

 本を棚に戻した。

 西澄が無言でこくりと頷く。

 俺たちは部屋の中央の小さなローテーブルに、並んで座った。

 テーブルには、俺が土産に買ってきたケーキの箱が置いてある。

 箱を開いて苺やモンブラン、チョコ、抹茶と色とりどりの小さなケーキを取り出し、並べていく。

「さ、西澄。
 好きなのを食べてくれよ」

 彼女がまた黙って頷くのを見届けてから、俺はBDブルーレイディスクプレイヤーに借りてきた映画のディスクを挿入して、テレビをつけた。

 ◇

 部屋の照明を少し落として、テレビを眺める。

 借りてきた映画はコメディー調の洋物ゾンビ映画だ。

 画面のなかではアメリカ人の高校生たちが、襲い来るゾンビの群れと戦っている。

「なぁ、西澄」

「……なんですか?」

「最近のゾンビって、ダッシュで走るんだな」

「みたいですね」

「なんか怖ぇな」

 短く言葉を交わしながら、映画の続きをみる。

「おわっ⁉︎」

  ゾンビの胸がぽろんと飛び出した。

 いきなりのお色気サービスシーンである。

「…………」

 西澄は無言だ。

 どうやらこの映画のレイティングのR15にはお色気要素も含まれているらしく、まれに性的なシーンが挟まるたびに、微妙に居た堪れない気持ちになる。

「い、いや。
 別にこれ、狙ってこういうやつを借りてきた訳じゃねぇからな」

 聞かれてもいないのに、つい言い訳が口をついた。

「わかってます」

 彼女は慌てた様子もなく、ジッとテレビ画面を見つめている。

 どうやら俺はひとりで焦っていたらしい。

 頬をぽりぽりと指でかいてから、俺も映画鑑賞に集中することにした。

 ◇

 映画は終盤に差し掛かっていた。

 画面のなかでは高校生たちがホームセンターで入手した武器を手に、ゾンビたちの群れに飛び込んでいる。

 バッタバッタとゾンビたちをなぎ倒し、窮地に陥ったヒロインを助け出すシーンだ。

「おお……。
 やるじゃねぇか、こいつら。
 くぅぅ、惜しい!
 いまのは、あと一歩だったのに!」

 盛り上がるシーンの連続に、食い入るように画面を見つめていると、ふと隣から視線を感じた。

 なんだろう。

 振り向くと、ジッと俺を眺めていた西澄と目があった。

「……あっ」

 彼女は小さく呟いてから、慌ててテレビに向き直る。

 珍しくいま、ちょっと焦っていた。

「なぁ、西澄」

「……なんですか?」

「いま、お前。
 俺のこと、見てなかった?」

「…………見てません」

「ふぅん。
 なら別にいいんだけどよ」

 俺は前を向いて、もう一度映画に集中したフリをする。

 しばらくすると、また隣から視線を感じた。

 今度は振り返らずに、横目で西澄を観察する。

 なんだか彼女は軽く挙動不審気味になってそわそわしながら、時折チラッと俺の横顔を眺めては、また前を向いたりしていた。

 なにやってんだろう、こいつ。

 どうにも隣の西澄のことが気になる。

 そうこうしているうちに、いつの間にか映画は、エンドロールを迎えていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ケーキも食べ終え、猫のマリアとも遊んだ。

 もう今日は潮時だろう。

「じゃあ、そろそろ俺は退散するわ。
 あまり長居しても迷惑だろうしな」

「……はい」

 西澄に玄関ホールまで見送られる。

 ふいに彼女が口を開いた。

「北川さん。
 どうして、うちに来てくれるんですか?」

 直球の質問だ。

「ん?
 ああ、いや。
 なんつーか、猫の様子もみたいしよ」

「……それは口実ですよね。
 だって北川さん、今日きたときインターホン越しに『猫の様子を見にきたんじゃない。お前の様子を見にきた』って言ってました」

「……そうだっけか?」

 西澄がこくりと頷いてから、真っ直ぐに俺を見つめてくる。

 どうにもこれは、誤魔化していいような雰囲気ではない。

 俺は正直に話すことにした。

「あー、なんだ。
 俺はお前のことが気になって仕方ねぇんだよ。
 なんでかわからんけどな。
 とにかく、お前がもう一回笑ってるところを見てみてぇんだ」

「わたしが、笑っているところ?」

「そうだ。
 お前、夕焼けの校舎裏で、あの猫をじゃらしながら笑ったじゃねぇか」

 まだ窓辺で丸くなったままのマリアを親指で指さすと、西澄が首を傾げた。

 どうやら覚えていないようだ。

「……すみません。
 よく、わかりません」

「はぁ……。
 べつに構いやしねぇよ。
 あ、そうだ。
 俺からもひとつ聞きたいんだが……。
 今日みたいに無理やり押し掛けられたら、迷惑か?」

 西澄が細い指をあごに添えた。

 今日の出来事を反芻しながら、じっくりと考えているようだ。

「……迷惑、ではありません。
 北川さんからは、嫌な感じがしませんし、むしろ楽しかったです」

 彼女の答えに、ホッと胸を撫で下ろす。

 どうやら嫌われてはいないようだ。

「ありがとよ。
 あ、それならよ。
 明日ぁ日曜日だし、また来ていいか?
 明日こそちゃんと、面白い映画を借りてくるからさ」

「今日のゾンビ映画も楽しかったです。
 でも、そうですね……。
 わたしは家族愛や友情なんかを描いた優しい映画が好きです。
 だから、そういう映画を借りて来てくれると、嬉しいです」

 内心びっくりした。

 これは西澄から俺への初めてのお願いだ。

 思わず嬉しくなって、笑顔になってしまう。

「おう!
 任せとけ!
 じゃあ、飛び切り面白いやつを借りて来てやっからよ!」

 西澄がまたこくりと頷いた。

 俺を眺める彼女の瞳は、いつもに比べて少しだけ優しく思えた。
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