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6 謎の事件と聖人候補
988 決めた
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988
〝巨大暴走〟発生から五日目。
絶え間なく襲い来る魔物たちとシド帝国軍の戦いは大きな変化はないまま続いている。それはいいことでもあるし、困ったことでもある。
遠距離の魔法で対処できるこの状況なら、人的被害が出ることはまずないし、軍の損耗も最小限だろう。
だが戦い方が大きく変化していないのは、魔物の強さがあまり変わっていないということでもある。
この四日間、魔術師たちによって地面が何キロにもわたって埋め尽くされるほど狩ってきた大量の魔物。にもかかわらず敵の強さは大きく変化していない……つまり戦いはまだまだ始まったばかりであり、その収束まで予想を上回る時間がかかると予想できる。
五日目ともなれば、そのことに兵士たちも気づき始めているはずだ。
(この調子じゃ、うんざりするほど長い戦いになりそうだもんね。これは軍の士気を保つのが大変そうだわ。首都を背にしてのこんな先の見えない戦いは、さすがのシド軍でも経験がないんじゃないかしら。それに戦いに出ている人たちだけじゃなく、パレスに住むすべての人たちも相当な我慢をしてるのよね。予想を超えて長く続くようなら困ったことになりそうだなぁ)
文化国家シド帝国の象徴たる帝都パレスは、この未曾有の危機に際しすでに戒厳令下にあり、完全に戦時下体制となっている。華やかな行事は自粛するよう通達され、商店の営業時間も軍隊の行動に合わせるように変えられた。
道路の使用時間や、使える区間も軍の移動が最優先となるため、庶民のための物資の輸送は後回しにせざるをえず、商業は徐々に停滞している。
〝サイデム商会〟も商売に多大な影響が出ているそうで、損害は相当大きくなりそうだと聞いた。しばらくは特に生活必需品以外の取引はパレス以外に注力するそうだ。
(私のアクセサリー店〝パレス・フロレンシア〟もキャンセルがたくさん出てるし、完全に開店休業状態なんだよね。ショコラティエ〝カカオの誘惑〟も店の前に人が並ぶような営業は自粛が必要ってことで、販売数を半分以下に減らし、さらに予約時間も厳格に決めて、当日販売は完全になしにすることになっちゃった……仕方ないよね)
パレスは重苦しい雰囲気が続いていると〝パレス・フロレンシア〟の従業員のセララからも聞いているし、ドール侯爵家のアリーシア嬢からの手紙にも書かれていた。この世界でおそらく最も余裕のある暮らしをしていたパレスの人々には、こうした締め付けが長く続くことはかなり辛いことだろう。
こうした、かなり制限が厳しくなっている街の様子も気になるところだが、それ以上に気になることもある。
それは〝巨大暴走〟発生時に突如としてダンジョン近くに現れた赤黒い球体だ。その球体は、特に何かをするわけではないが、上空に静止し、あきらかに開戦当初より大きくなってきている。
(どうにも気になるんだよね。あれは悪いものだと思う。実際には見ていないけれど……やっぱり直接見なくちゃダメだって何かが私に警告してる。きっと止められちゃうだろうけど、うーん、どうしよう。セイリュウは様子をみたいって言っていたし、私も我慢して近づかないほうがいいのかな……でも……)
そうして悶々としながらも私の手は動き、お芋のお菓子を作っていく。
この世界にも〝ポクル〟という甘さのあるサツマイモのような植物があるのだが、味についてはやはり品種改良された日本産のものにはかなわない。しかも私が育てると最高品質のサツマイモが採れる。
以前芋が取れる地域の人のために和菓子をいくつか伝授したことがあり、とてもいい地方菓子として有名になったことがあるが、やはり完璧ではなかったのだ。
(こうして何かしていると気が紛れるんだよね。〝芋ようかん〟と〝大学芋〟ができたから、今度は洋風に〝スイートポテト〟と〝モンブラン風〟のお菓子も作ってみようかな)
そんなことを考えていたのだが、私の横で〝芋ようかん〟と〝大学芋〟を前に待ての状態にいるソーヤからの圧力が強すぎるので、とりあえず味見の時間とすることにした。
「やはり〝異世界産〟の素材は一味、いーえ二味違いますね! なんというねっとりとした深い味わいございましょう‼︎ 素晴らしい、素晴らしすぎます‼︎」
今日も今日とても感嘆符だらけで褒め称えてくれながら、大量の芋菓子をものすごい勢いで食べているソーヤを見ているとすこしほっとする私がいたりもする。
「もう少しゆっくり食べようね、ソーヤ。これは複製できないから、ここにある分がなくなったらまた作らないと食べられないよ」
私の言葉にソーヤは一瞬とまったが、にっこり微笑みまた爆食し始めた。
「大丈夫でございます! 収穫したサツマイモはまだたっぷりございますし、メイロードさまに手順はしっかり教えていただきました。いくらでも作れます!」
「ああ、そうだったわね」
「それでも、こうしてメイロードさまに作っていただき、初めて口にする時の感動に勝る美味はございません。世界で一番美味しいのは、メイロードさまのお作りになったお料理が食べられるこの瞬間だけ。私は幸せ者でございます‼︎」
「ふふ、そう言ってくれて私も嬉しいわ。ありがとう、ソーヤ」
そう言いながらソーヤにほうじ茶を入れ、横で呆れているセーヤと落ち着いたおやつ時間を過ごした。
そして、私は近いうちにパレスへ赴くことを決めた。
「行くわ、パレスに!」
〝巨大暴走〟発生から五日目。
絶え間なく襲い来る魔物たちとシド帝国軍の戦いは大きな変化はないまま続いている。それはいいことでもあるし、困ったことでもある。
遠距離の魔法で対処できるこの状況なら、人的被害が出ることはまずないし、軍の損耗も最小限だろう。
だが戦い方が大きく変化していないのは、魔物の強さがあまり変わっていないということでもある。
この四日間、魔術師たちによって地面が何キロにもわたって埋め尽くされるほど狩ってきた大量の魔物。にもかかわらず敵の強さは大きく変化していない……つまり戦いはまだまだ始まったばかりであり、その収束まで予想を上回る時間がかかると予想できる。
五日目ともなれば、そのことに兵士たちも気づき始めているはずだ。
(この調子じゃ、うんざりするほど長い戦いになりそうだもんね。これは軍の士気を保つのが大変そうだわ。首都を背にしてのこんな先の見えない戦いは、さすがのシド軍でも経験がないんじゃないかしら。それに戦いに出ている人たちだけじゃなく、パレスに住むすべての人たちも相当な我慢をしてるのよね。予想を超えて長く続くようなら困ったことになりそうだなぁ)
文化国家シド帝国の象徴たる帝都パレスは、この未曾有の危機に際しすでに戒厳令下にあり、完全に戦時下体制となっている。華やかな行事は自粛するよう通達され、商店の営業時間も軍隊の行動に合わせるように変えられた。
道路の使用時間や、使える区間も軍の移動が最優先となるため、庶民のための物資の輸送は後回しにせざるをえず、商業は徐々に停滞している。
〝サイデム商会〟も商売に多大な影響が出ているそうで、損害は相当大きくなりそうだと聞いた。しばらくは特に生活必需品以外の取引はパレス以外に注力するそうだ。
(私のアクセサリー店〝パレス・フロレンシア〟もキャンセルがたくさん出てるし、完全に開店休業状態なんだよね。ショコラティエ〝カカオの誘惑〟も店の前に人が並ぶような営業は自粛が必要ってことで、販売数を半分以下に減らし、さらに予約時間も厳格に決めて、当日販売は完全になしにすることになっちゃった……仕方ないよね)
パレスは重苦しい雰囲気が続いていると〝パレス・フロレンシア〟の従業員のセララからも聞いているし、ドール侯爵家のアリーシア嬢からの手紙にも書かれていた。この世界でおそらく最も余裕のある暮らしをしていたパレスの人々には、こうした締め付けが長く続くことはかなり辛いことだろう。
こうした、かなり制限が厳しくなっている街の様子も気になるところだが、それ以上に気になることもある。
それは〝巨大暴走〟発生時に突如としてダンジョン近くに現れた赤黒い球体だ。その球体は、特に何かをするわけではないが、上空に静止し、あきらかに開戦当初より大きくなってきている。
(どうにも気になるんだよね。あれは悪いものだと思う。実際には見ていないけれど……やっぱり直接見なくちゃダメだって何かが私に警告してる。きっと止められちゃうだろうけど、うーん、どうしよう。セイリュウは様子をみたいって言っていたし、私も我慢して近づかないほうがいいのかな……でも……)
そうして悶々としながらも私の手は動き、お芋のお菓子を作っていく。
この世界にも〝ポクル〟という甘さのあるサツマイモのような植物があるのだが、味についてはやはり品種改良された日本産のものにはかなわない。しかも私が育てると最高品質のサツマイモが採れる。
以前芋が取れる地域の人のために和菓子をいくつか伝授したことがあり、とてもいい地方菓子として有名になったことがあるが、やはり完璧ではなかったのだ。
(こうして何かしていると気が紛れるんだよね。〝芋ようかん〟と〝大学芋〟ができたから、今度は洋風に〝スイートポテト〟と〝モンブラン風〟のお菓子も作ってみようかな)
そんなことを考えていたのだが、私の横で〝芋ようかん〟と〝大学芋〟を前に待ての状態にいるソーヤからの圧力が強すぎるので、とりあえず味見の時間とすることにした。
「やはり〝異世界産〟の素材は一味、いーえ二味違いますね! なんというねっとりとした深い味わいございましょう‼︎ 素晴らしい、素晴らしすぎます‼︎」
今日も今日とても感嘆符だらけで褒め称えてくれながら、大量の芋菓子をものすごい勢いで食べているソーヤを見ているとすこしほっとする私がいたりもする。
「もう少しゆっくり食べようね、ソーヤ。これは複製できないから、ここにある分がなくなったらまた作らないと食べられないよ」
私の言葉にソーヤは一瞬とまったが、にっこり微笑みまた爆食し始めた。
「大丈夫でございます! 収穫したサツマイモはまだたっぷりございますし、メイロードさまに手順はしっかり教えていただきました。いくらでも作れます!」
「ああ、そうだったわね」
「それでも、こうしてメイロードさまに作っていただき、初めて口にする時の感動に勝る美味はございません。世界で一番美味しいのは、メイロードさまのお作りになったお料理が食べられるこの瞬間だけ。私は幸せ者でございます‼︎」
「ふふ、そう言ってくれて私も嬉しいわ。ありがとう、ソーヤ」
そう言いながらソーヤにほうじ茶を入れ、横で呆れているセーヤと落ち着いたおやつ時間を過ごした。
そして、私は近いうちにパレスへ赴くことを決めた。
「行くわ、パレスに!」
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