利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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6 謎の事件と聖人候補

985 あふれる魔物

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985

〝パレス近郊新ダンジョン〟の入り口が崩壊し、ついに魔物が溢れ始めたことを知らせる《伝令》が参謀本部にもたらされたのは、グッケンス博士がパレスへ赴いた次の日だった。

貴族……特にパレスに常時顔を出し、しっかり中央で社交をしている普通の貴族たちには、今回の〝巨大暴走〟帝都襲来という異常事態が明らかになってから、〝参戦依頼〟が国から通達された。

もちろん領主自らや係累へも参戦依頼はあったのだが、領主は領地を守るという責任を盾に多くが参戦せず、魔術師レベルの能力がある次男以下の者やお抱えの〝魔術師〟が参戦すればいい方で、多くは金で雇った魔術師を参戦させているそうだ。

おそらくこの騒動が終わったあと、この事態から逃げた彼らの行動に対しては国と社交界で相応のツケを払うことになるだろうが、一度も社交界に姿を見せない田舎領主の私には、そもそも参戦の依頼すら来ていない。

(まぁ、眼中にないってことかな。戦力外って思われて当然か。田舎貴族が優秀な〝魔術師〟をたくさん抱えているなんてこともないしね)

当然、そんな誰も知らない田舎者の私の元へは、この重要な《伝令》が来るはずもない、というわけ。

(イスでは有名人の私も、帝都じゃ無名だからね。そう気をつけていたし、当然よね)

だが、いまイスの自宅にいても、パレスのそしてダンジョンの情報も、私は状況は瞬時に知ることができていた。

なぜなら、私の家には博士が出かけたときから、ドライアドのヒスイが来てくれていたからだ。
ドライアドは植物のとても強い力を持つ精霊で、植物ネットワークのような地脈を通じてどんな場所の情報でも瞬時に知ることができる特殊な能力を持っている。
私があまりにパレスをそして博士を心配していたため、私と《契約》しているヒスイはそれを見かねて、遠く離れたパレスの情報の中継役を申し出てくれたのだ。

〔私の力がお役に立つはずです。ぜひやらせてください、メイロードさま〕
〔ありがとうヒスイ、とても助かるわ〕

というわけで、遠く離れたパレスの様子を地脈からの情報でリアルタイムに私は聞けることになった。

〝巨大暴走〟が始まったからといって、いきなりやられてしまうなどということはないと博士も言っていたし、軍備はしっかりしていると思う。〝大暴走〟は何度も経験している国だし、対処法はわかっているのだ。

そう思ってはいても、私はなんとなく落ち着かないので、部屋の掃除をしたり、野菜をたくさん下拵えしたり、いろいろなおかずの作り置きをしながら、ヒスイの情報にずっと耳を傾けていた。

〔これは確かにとんでもない暴走です! 

ダンジョン入口に取付けられていた岩扉を破壊して最初に溢れ出した魔物は、数万を超えるもの……ですが、個々の戦闘力は低い魔物ばかりですね。まだ表層にいるあまり強くない連中のようです〕

どうやら魔物は中で混じることなく、階層ごとに押し出されるように表に出てきているようだ。だとすれば途中までの階層についてはすでに一度調査をしたあのときの情報が役に立つだろう。魔物についてもかなり正確な内容がある。対策はたてやすいはずだ。

〔ただ、これだけの数ですから、地鳴りも起こっています。押し寄せてくるその圧力は凄まじいですね〕

〔そう……戦いはもう始まっているのかしら?〕

〔はい、どうやら最初は〝魔術師〟の火力で焼き尽くす戦法のようです。
魔物の拡散を防ぐために用意された左右の壁が効果を発揮して、うまく進路を誘導できています。

ああ、かなりの数の〝魔術師〟がうまく連携していますね。

魔物たちを集めて魔法で一掃という戦術は、今回のような状況ではいい作戦です。兵士に負担をかけない形の戦いができています。逃れた少数の魔物もしっかり兵士が仕留めているようですよ〕

数がとんでもないとはいえ、一匹ずつのポテンシャルが低い表層付近の魔物だ。ここは事前準備とたくさんの〝魔術師〟たちの連携で押し返している、ということのようだ。

〔この調子なら、しばらくは余裕のある戦いが……おや?〕

〔どうしたの、ヒスイ?〕

〔兵士に空を指差すものがいます。どうやら何かが空に現れたようでございます〕

〔赤黒い、小さな星のような……なんと不気味な……〕

〔赤黒い星?〕

それは突然現れたらしい。特に何が起こるでもなくただあるだけで、なんなのかも不明だが、戦場に現れたということに不気味さは感じられる。

〔セイリュウとも情報を共有して、状況を把握していきましょう。相手の背後を考えると、せめて情報だけは、相手に遅れを取らないようにしなくちゃね〕

そして私はセイリュウに状況を伝える。

〔ありがとう、メイロード。早速、その赤い星を調べてくるよ〕
〔お願いね、でも気をつけて〕

こうして帝都パレスを守るための対〝巨大暴走〟との戦いの一日目は始まった。
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