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6 謎の事件と聖人候補

974 イベント準備

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974

イベント当日の朝、マリス邸の庭から見上げたイスの空は雲ひとつない快晴だった。

近日中、しかもできる限り早い日程で開催すると決まった〝ドーナッツ大発表会〟は、サイデム商会の催事部が取り仕切ることとなった。そこから十日間は下準備があらゆる無理を押し通す形で勧められたそうで、資材から人員まで完璧に整えられたという。

〝サイデム商会〟の主催で〝メイロード・マリス〟が参加するイベントであるということを伝えると、どこも協力を申し出てくれたと、催事部の方が素晴らしい笑顔で教えてくれたので……まぁ、そうなのだろう。

(笑顔でゴリ押したんだろうなぁ……みなさん、いつも急にいろいろお願いしてごめんなさい!)

そこから数日かけてのイベント会場設営作業に入ったイスの中央広場には、今朝早くから多くの人々が詰めかけているらしい。

このイベント用の舞台などを作っている間、情報漏洩を含む意味もあって全体を幕で覆い、中が見えないようにしながら深夜まで工事をしていたのだそうだ。
会場となった中央広場はイスで一番目立つ場所といってもいいので、その様子だけで街の人の目を引くには充分だった。しかもご丁寧なことに目隠しのための幕には、〝メイロード・ソース〟のラベルにも使われている私の横顔のシルエットが大きく描かれていたそうだ。

(あれじゃ、私がらみのイベントだってことはまるわかりだよね。まぁ、そのおかげでなんにも宣伝しなくてもイスの街ですぐに話題になったみたいだから、効果抜群だったわけだけど……)

突然いろいろなことが起こる私にはありがちなことだが、今回も当日までとても慌ただしい日々だった。本当に時間がなかった。

まず今回は私の詩ができないことには歌が完成しないため、あの会議の直後から私は缶詰状態で〝ドーナッツのうた〟の歌詞をさせられることになり、なんとか書き上げたと思ったら、衣装部に呼び出されてセーヤと一緒にステージ衣装の仮縫いとヘアセットの相談、それがやっと終わったと思ったらミゼルに呼び出され、できあがった〝ドーナッツのうた〟の歌唱指導。その合間にはソーヤと一緒に《生産の陣》で大量のドーナッツ作りもしなければならない。

(だって、発表の日まで絶対にレシピの流出厳禁って言うんだもの。それなのに大量に用意が必要って、無茶もいいところよ! まぁ、マルコやロッコを呼んで作らせろってことだとは思うけど、指定されたとんでもない数のドーナッツをこの短期間で作るのは、あまりにもハード。気の毒すぎてとても頼めなかったんだもの)

ただ当日には、いまではすっかりアイドル・パティシエのマルコとロッコにもお仕事はしてもらうけどね。

ソーヤはものすごく張り切っているので、ドーナッツの生産はとっても順調で、用意された大量の箱に《生産の陣》で作られたドーナッツを詰め続けるという過酷なはずの作業を超高速で嬉々としてやってくれた。むしろ《無限回廊の扉》の中に大量のドーナッツが積み上がっていく様子にソーヤは満足げだった。

ちなみにあの日から、ソーヤのおやつは毎日数十個のドーナッツだ。

(本当に気に入ったのね)

サイデムおじさまは芸人ギルド代表のケイト・マシアさんにも協力をお願いして、楽師に踊り子まで手配した。急な依頼にも関わらず一流どころが勢揃いだと聞いている。

「ほほほ、メイロードさまのお名前を出しましたら、われもわれもと手が上がって大変でしたわ」

マシアさんはそう言っていつものように嫣然と微笑んでいたそうだが、きっとみなさんありえないようなスケジュール調整をしてくれたに違いない。そんな忙しい方々が演奏してくれるいうのは、本当にありがたいことだが、私の〝失敗できない〟という気持ちも強くなってきた。

〔ハイ! メイロードさま‼︎  ボーッとしている時間はございませんよ! それでは、もう一度最初から!〕

私はセイリュウのいる山の聖域で時間が許す限り歌の特訓をした。

疲れ知らずの熱血指導がデフォルトである魔法の竪琴楽師ミゼルが行う〝人間なら血反吐を吐く〟ような、ものすごい長時間ぶっ続けのスパルタ歌唱指導だが、私は慣れているし、この喉は決して枯れることがない。全力で歌い続けているうち途中から足が痺れてきたので座っての歌に切り替えたが、それでも声にはまったく影響がないのだから、女神様の加護は強力すぎる。

(なんだか〝人間ヤメてる〟っぽくて、とても人には言えないけどね)

その後も衣装合わせ、楽団とのリハーサル、ドーナッツ〝生産〟また熱血指導……っと、めまぐるしすぎる日々が過ぎ、私はいま青空を見つめている。

(結局あの日会議のから、どうしよう……とか悩むスキもなかったわ)

そう、悩んだり考えたりする間もなくやらなければならないことを必死にこなしていたら、今日になってしまった。なってしまったのだから仕方ない。

「あーあ、もうやるしかないか!」

私は笑いながらそう口にして、ソーヤ・セーヤと一緒に会場へ向かったのだった。
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