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6 謎の事件と聖人候補
968 商人の在り方
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968
これまでにタガローサの腹黒いところは、それはもういろいろとみてきている。
それは商売人としての才能とはまったく別種のもので、ルールを無視することが当たり前のやり口だった。自分が得するためならば人が困ろうと、もっといえば死んでしまっても一切の痛痒を感じない。お金や権力は自分が儲けるための道具でしかなく、そのために人の善意さえ利用し、相手がどんなに傷ついていてもまったく心が動かない。
(そんな人が長く〝帝国の代理人〟として、この国の商人の頂点にいたなんて、考えてみたらすごく恐ろしいことよね。タガローサがその権威を使ってどれほどの悪事をしてきたのかと思うと背筋が凍るわ。
ああ、本当にサイデムおじさまがいてくれてよかった!)
私はサイデムおじさまの姿を思い浮かべ、微笑む。
もちろんサイデムおじさまも善だけの人ではない。
商売相手との腹の探り合い、騙し騙されが日常、おじさまがいるのはそんな世界だ。そこで成功を収めてきたサガン・サイデムが人の良いいわゆる〝善良〟な人であるはずがない。
だが、おじさまはタガローサのように〝悪事〟を自分の利益のために行ったりしない。それはおじさまにはそんなことをしなくても自分は商人としてやっていけるという自信があるからだ。
(おじさまがちょっと俺様気質なのは、きっとそのせいなのよね。とはいっても無理は言うけど無茶は言わない人だから、部下は大変だけどちゃんと伸びるし、商売相手にもしっかり利益になるように考えてるし……まぁ、これは才能だよねぇ)
若いころは冒険者として世界をめぐり多くの人たちと関わり、その生活を見てきたおじさまは、基本的に人が好きなのだ。その中でまだ生活に足りないものがたくさんあると感じて、商人になると決めた。
(冒険者としてだって、十分お金持ちにはなれたはずだし、その道もあったのにね。
その頃の仲間であったアーサー・マリスは、すごく強かったのにあっさりサイデムおじさまと一緒に商人になっちゃったし、その頃の仲間ともいまだにいい関係を続けているんだから、やっぱり人望がある人なんだと思うな)
「商人ってのはさ、目立たなくていいのさ。みんなが安心して食っていける、そんな生活の下支えをするためにある……まぁ、もちろん儲けさせてもらうがな!」
お酒を飲んだとき、そんなことをおじさまは言っていた。
たくさんの人たちを支えるためには、たくさんのお金がいる。だからしっかり儲けていくし、還元もする。自分はそれを誰よりもうまくできる。それが、サガン・サイデムの自信。
それが庶民から商売を興したおじさまの〝矜持〟といってもいいかもしれない。
だが、タガローサは真逆だ。
彼が興味を持っているのは自分のもとに入る利益と貴族たちの、もっといえば皇帝からの評価だけだ。
その象徴である〝帝国の代理人〟という御用商人としての地位も、自らの利益のためにしか使わない。
さらにあの商人が狡猾なところは、悪事を行うとき自分が表に立つことがないということだ。
部下をそして望まない人までもお金や脅し、ときには魔法契約で縛り、矢面に立たせてきた。そうして、決して自分は犯罪に直接関わらないことで、長くその地位を保ってきたのだ。
(それもおじさまが現れたことで失うことになったけどね)
そんなタガローサもいまではすべてを失いかけている。かつての〝帝国の代理人〟もいまでは幽閉されているのだ。
そして今回の事件への関与が、明らかになった。
今回はラケルタ・バージェからの証言もある。
だが、あの狡猾な男のことだ。おそらくコトはそう簡単に進まないのではないか、そんな予感がしていた。
セイリュウやグッケンス博士もそう考えているのだろう。
とはいえ、これ以上私にできることはないし、あとは捜査が進み〝巨大暴走〟への対応準備が速やかにできるのを祈るしかない。
(そのときには博士の弟子として協力するつもりだけど、それまでは普通に暮らしていきましょう)
セーヤに髪の手入れをしてもらいながら、最近疎かになっている日常業務を思い出し、明日は頑張って仕事を片付けようと思った私なのだった。
そして、グッケンス博士とセイリュウの心配は当たってしまった。
大挙して軍部の人たちが踏み込んだタガローサの巨大な屋敷には、蟄居しているはずのタガローサの姿はどこにもなかった。うまく魔法を使って姿を真似た身代わりの影武者が、その存在がないことを誤魔化していたのだ。
その男には中毒性のあるかなり悪い魔法薬が使われていたそうで、自分がタガローサだと信じ込んでおり、すでに半分狂気の世界に入り込んでいたという。
「これ以上は、お前さんには聞かせられんよ」
博士が私にそう言って眉を顰めていたところをみると、その男も屋敷もかなりひどい状態だったのだろう。
タガローサはかなり以前にその屋敷から逃げ出していたとみられ、家にある貴重品もそのほとんどが運び出されていたという。
(やっぱり……そんな予感はしてたのよね。屋敷の前には見張りもいたはずなのに、うまく逃げたものだわ。しかも金目のものをご丁寧にしっかり持ち出すあたり、相変わらず強欲ねぇ)
〝巨大暴走〟への対応にタガローサの指名手配と、きっと大忙しだろうドール参謀をはじめとする軍部の方々の心労に同情しながらも、私は楽しく今日の夕食作りに精を出すのだった。
これまでにタガローサの腹黒いところは、それはもういろいろとみてきている。
それは商売人としての才能とはまったく別種のもので、ルールを無視することが当たり前のやり口だった。自分が得するためならば人が困ろうと、もっといえば死んでしまっても一切の痛痒を感じない。お金や権力は自分が儲けるための道具でしかなく、そのために人の善意さえ利用し、相手がどんなに傷ついていてもまったく心が動かない。
(そんな人が長く〝帝国の代理人〟として、この国の商人の頂点にいたなんて、考えてみたらすごく恐ろしいことよね。タガローサがその権威を使ってどれほどの悪事をしてきたのかと思うと背筋が凍るわ。
ああ、本当にサイデムおじさまがいてくれてよかった!)
私はサイデムおじさまの姿を思い浮かべ、微笑む。
もちろんサイデムおじさまも善だけの人ではない。
商売相手との腹の探り合い、騙し騙されが日常、おじさまがいるのはそんな世界だ。そこで成功を収めてきたサガン・サイデムが人の良いいわゆる〝善良〟な人であるはずがない。
だが、おじさまはタガローサのように〝悪事〟を自分の利益のために行ったりしない。それはおじさまにはそんなことをしなくても自分は商人としてやっていけるという自信があるからだ。
(おじさまがちょっと俺様気質なのは、きっとそのせいなのよね。とはいっても無理は言うけど無茶は言わない人だから、部下は大変だけどちゃんと伸びるし、商売相手にもしっかり利益になるように考えてるし……まぁ、これは才能だよねぇ)
若いころは冒険者として世界をめぐり多くの人たちと関わり、その生活を見てきたおじさまは、基本的に人が好きなのだ。その中でまだ生活に足りないものがたくさんあると感じて、商人になると決めた。
(冒険者としてだって、十分お金持ちにはなれたはずだし、その道もあったのにね。
その頃の仲間であったアーサー・マリスは、すごく強かったのにあっさりサイデムおじさまと一緒に商人になっちゃったし、その頃の仲間ともいまだにいい関係を続けているんだから、やっぱり人望がある人なんだと思うな)
「商人ってのはさ、目立たなくていいのさ。みんなが安心して食っていける、そんな生活の下支えをするためにある……まぁ、もちろん儲けさせてもらうがな!」
お酒を飲んだとき、そんなことをおじさまは言っていた。
たくさんの人たちを支えるためには、たくさんのお金がいる。だからしっかり儲けていくし、還元もする。自分はそれを誰よりもうまくできる。それが、サガン・サイデムの自信。
それが庶民から商売を興したおじさまの〝矜持〟といってもいいかもしれない。
だが、タガローサは真逆だ。
彼が興味を持っているのは自分のもとに入る利益と貴族たちの、もっといえば皇帝からの評価だけだ。
その象徴である〝帝国の代理人〟という御用商人としての地位も、自らの利益のためにしか使わない。
さらにあの商人が狡猾なところは、悪事を行うとき自分が表に立つことがないということだ。
部下をそして望まない人までもお金や脅し、ときには魔法契約で縛り、矢面に立たせてきた。そうして、決して自分は犯罪に直接関わらないことで、長くその地位を保ってきたのだ。
(それもおじさまが現れたことで失うことになったけどね)
そんなタガローサもいまではすべてを失いかけている。かつての〝帝国の代理人〟もいまでは幽閉されているのだ。
そして今回の事件への関与が、明らかになった。
今回はラケルタ・バージェからの証言もある。
だが、あの狡猾な男のことだ。おそらくコトはそう簡単に進まないのではないか、そんな予感がしていた。
セイリュウやグッケンス博士もそう考えているのだろう。
とはいえ、これ以上私にできることはないし、あとは捜査が進み〝巨大暴走〟への対応準備が速やかにできるのを祈るしかない。
(そのときには博士の弟子として協力するつもりだけど、それまでは普通に暮らしていきましょう)
セーヤに髪の手入れをしてもらいながら、最近疎かになっている日常業務を思い出し、明日は頑張って仕事を片付けようと思った私なのだった。
そして、グッケンス博士とセイリュウの心配は当たってしまった。
大挙して軍部の人たちが踏み込んだタガローサの巨大な屋敷には、蟄居しているはずのタガローサの姿はどこにもなかった。うまく魔法を使って姿を真似た身代わりの影武者が、その存在がないことを誤魔化していたのだ。
その男には中毒性のあるかなり悪い魔法薬が使われていたそうで、自分がタガローサだと信じ込んでおり、すでに半分狂気の世界に入り込んでいたという。
「これ以上は、お前さんには聞かせられんよ」
博士が私にそう言って眉を顰めていたところをみると、その男も屋敷もかなりひどい状態だったのだろう。
タガローサはかなり以前にその屋敷から逃げ出していたとみられ、家にある貴重品もそのほとんどが運び出されていたという。
(やっぱり……そんな予感はしてたのよね。屋敷の前には見張りもいたはずなのに、うまく逃げたものだわ。しかも金目のものをご丁寧にしっかり持ち出すあたり、相変わらず強欲ねぇ)
〝巨大暴走〟への対応にタガローサの指名手配と、きっと大忙しだろうドール参謀をはじめとする軍部の方々の心労に同情しながらも、私は楽しく今日の夕食作りに精を出すのだった。
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