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6 謎の事件と聖人候補
965 聖なるいかづち
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965
ソーヤが部屋にあった小さな儀式用の鏡をぞんざいにバージェの前に突き出す。
「まだこの世界の鏡は貴重だから日常的に見る習慣はないでしょうけど、こうしてしっかり見たらわかるでしょう? あなた明らかに以前より酷い状態よ。まぁ、それも仕方ないことでしょうけどね」
バージェが基本的にこの〝教区長室〟に閉じこもるように生活していたことはいろいろな人からの聞き取り調査でわかっていた。おそらく彼の役割は〝吸魔玉〟の管理と、集められたそれが確実に転送されるよう見張るというもので、タガローサから命令されてのことだろう。だがそれは毒を吸い続けるのと同じで、極めて危険な役目なのだ。
この場所はあまりに瘴気が強い。とはいえ、それは人に見えるものではなく、またバージェはこの場所の秘密を守るため、部屋に人を入れることも極力避けていたため、その影響を受けることになったのは、結局のところバージェだけという皮肉な結果になっていた。
タガローサはこのことを知っているのだろうか。バージェがこうして〝教区長室〟につめている事実を考えると、その危険性について何も教えていない気がする。
(あの商人は自らを信じ働いてくれる数少ない部下に、こんな危険極まりない仕事をさせるのね)
私は少しこの男に哀れを感じながら、鏡に映る自らの青白く目の落ち窪んだ顔を見つめて驚きに言葉を失っているバージェを見た。
「この瘴気はね。目には見えないだろうけれど、長く浴びれば確実に躰を蝕んでいくの。あなたにこの仕事を命じた人はそれを知らないのかしらね」
「そ、そんな……」
バージェの声は震え始めている。
「この教会の人たちも、あなたの体調を心配して何度も声をかけていたはずよ。それでも、こんな状態になるまで気がつかなかったのね」
忠義を尽くした結果がこれというのは気の毒ではあるが、彼は大きな犯罪に加担してきた。それについて彼に聞きたいことや証言してほしいことがたくさんある。そのためにも、彼の任務が完全に潰え、すべては失敗に終わったと思ってもらうことは重要かもしれない。
〔メイロードさま、ここで起こることをこの男のしっかり見せてやりましょう〕
〔そうね、ソーヤ。しっかりここが崩壊する様子を見てもらうことにしましょう〕
私はひとつ深呼吸して、床に座り込むバージェに笑顔で向き直ると少し楽しそうな口調で説明を始めた。
「知ってる? 《雷魔法》って《風魔法》に分類されてるんだけど、特殊な魔法に詳しい人によると《聖魔法》でもあるんですって。特に強く聖性を帯びていると《雷魔法》は変化するの」
そんな雷属性と聖属性を併せ持つ《 聖なるいかずち》は破邪の魔法。雷による攻撃に加え、魔力に起因するあらゆる事象を浄化することが可能となる。しかも魔法力が高ければ、その威力はいくらでも大きくできるとセイリュウが教えてくれた。
「メイロードの《雷魔法》が落ちた場所には《浄化》の魔法も同時に発動するんだからすごいよね! 悪しきすべてを破壊し浄化する……まるで神の使徒じゃない?」
霊山での練習のとき、そう言ってセイリュウは笑っていたけれど、そのときには何に役立つのかわからなかった魔法だ。でも、いまは確かにそれが力になる。
「私の魔法って、魔族の仕掛けた魔法には効果抜群だと思わない?」
そんな説明をしながら、私は〝マジックバッグ〟から宝石のような大小の魔石化済みの〝雷のタネ石〟を取り出した。私の余剰《魔法力》を注入されたそれらは、どれも見た目は完全な《雷の魔石》だ。
「こんなに大量の、しかもこんな巨大な《雷の魔石》をいったいどうやって集めたんだ⁉︎」
さすがは商人に仕えていたバージェ。この魔石の価値と希少性はすぐに理解したようだ。
「では、これを暖炉へ投げ込むわよ、ソーヤお願いね!」
「お任せください、メイロードさま」
たくさんの大きな魔石をソーヤが瞬時に暖炉の穴に向かって投げ込み、私はそれと同時に祈りを込めながら魔法を発動した。
「《 聖なるいかずち》」
白い光をまとった雷鳴とともに《 聖なるいかずち》が放たれると、それが魔石化した〝タネ石〟に伝染していく。満充電状態の〝タネ石〟は、蓄えられた力を放出しながら次々に誘爆していき、雷の威力は加速度的に増していく。
部屋中が眩しい光に満たされる中、《 聖なるいかずち》は、巨大な光の柱となって穴の中から出現し、天まで貫く勢いで周囲を光に包んだ。
実際、暖炉の上の屋根は一瞬で吹き飛んでしまっている。
おそらく、穴の下に向かってはもっと威力のある光の柱が向かっているはずだ。
〔メイロードさま ヒスイです〕
あまりの光の強さにびっくりしていると《念話》が届いた。
〔ああヒスイ、どう地中の状態は?〕
〔素晴らしいですね。この教会全体が、いま聖なる気に包まれています。地中にあった邪悪な塊もすべて消え失せました。もうこの地にあれが戻ることはできないでしょう〕
〔そう、それはよかったわ。ここにあった〝魔力〟も転送する〝仕掛け〟も消えたのね〕
〔はい、聖なる光と共に……〕
私の仕事は済んだようだった。
気づくとラケルタ・バージェは失神していた。
「この者はかなり魔の瘴気に侵されておりましたから、急激な〝聖の気〟を浴びることに耐えられなかったのでしょう。ですが、そのおかげで顔色はだいぶ良くなっておりますよ。きっと尋問にも耐えられることでしょう」
「その辺りは、軍部の方々におまかせかな」
床に転がっているバージェの顔は、なんだか少しおだやかに見えた。
ソーヤが部屋にあった小さな儀式用の鏡をぞんざいにバージェの前に突き出す。
「まだこの世界の鏡は貴重だから日常的に見る習慣はないでしょうけど、こうしてしっかり見たらわかるでしょう? あなた明らかに以前より酷い状態よ。まぁ、それも仕方ないことでしょうけどね」
バージェが基本的にこの〝教区長室〟に閉じこもるように生活していたことはいろいろな人からの聞き取り調査でわかっていた。おそらく彼の役割は〝吸魔玉〟の管理と、集められたそれが確実に転送されるよう見張るというもので、タガローサから命令されてのことだろう。だがそれは毒を吸い続けるのと同じで、極めて危険な役目なのだ。
この場所はあまりに瘴気が強い。とはいえ、それは人に見えるものではなく、またバージェはこの場所の秘密を守るため、部屋に人を入れることも極力避けていたため、その影響を受けることになったのは、結局のところバージェだけという皮肉な結果になっていた。
タガローサはこのことを知っているのだろうか。バージェがこうして〝教区長室〟につめている事実を考えると、その危険性について何も教えていない気がする。
(あの商人は自らを信じ働いてくれる数少ない部下に、こんな危険極まりない仕事をさせるのね)
私は少しこの男に哀れを感じながら、鏡に映る自らの青白く目の落ち窪んだ顔を見つめて驚きに言葉を失っているバージェを見た。
「この瘴気はね。目には見えないだろうけれど、長く浴びれば確実に躰を蝕んでいくの。あなたにこの仕事を命じた人はそれを知らないのかしらね」
「そ、そんな……」
バージェの声は震え始めている。
「この教会の人たちも、あなたの体調を心配して何度も声をかけていたはずよ。それでも、こんな状態になるまで気がつかなかったのね」
忠義を尽くした結果がこれというのは気の毒ではあるが、彼は大きな犯罪に加担してきた。それについて彼に聞きたいことや証言してほしいことがたくさんある。そのためにも、彼の任務が完全に潰え、すべては失敗に終わったと思ってもらうことは重要かもしれない。
〔メイロードさま、ここで起こることをこの男のしっかり見せてやりましょう〕
〔そうね、ソーヤ。しっかりここが崩壊する様子を見てもらうことにしましょう〕
私はひとつ深呼吸して、床に座り込むバージェに笑顔で向き直ると少し楽しそうな口調で説明を始めた。
「知ってる? 《雷魔法》って《風魔法》に分類されてるんだけど、特殊な魔法に詳しい人によると《聖魔法》でもあるんですって。特に強く聖性を帯びていると《雷魔法》は変化するの」
そんな雷属性と聖属性を併せ持つ《 聖なるいかずち》は破邪の魔法。雷による攻撃に加え、魔力に起因するあらゆる事象を浄化することが可能となる。しかも魔法力が高ければ、その威力はいくらでも大きくできるとセイリュウが教えてくれた。
「メイロードの《雷魔法》が落ちた場所には《浄化》の魔法も同時に発動するんだからすごいよね! 悪しきすべてを破壊し浄化する……まるで神の使徒じゃない?」
霊山での練習のとき、そう言ってセイリュウは笑っていたけれど、そのときには何に役立つのかわからなかった魔法だ。でも、いまは確かにそれが力になる。
「私の魔法って、魔族の仕掛けた魔法には効果抜群だと思わない?」
そんな説明をしながら、私は〝マジックバッグ〟から宝石のような大小の魔石化済みの〝雷のタネ石〟を取り出した。私の余剰《魔法力》を注入されたそれらは、どれも見た目は完全な《雷の魔石》だ。
「こんなに大量の、しかもこんな巨大な《雷の魔石》をいったいどうやって集めたんだ⁉︎」
さすがは商人に仕えていたバージェ。この魔石の価値と希少性はすぐに理解したようだ。
「では、これを暖炉へ投げ込むわよ、ソーヤお願いね!」
「お任せください、メイロードさま」
たくさんの大きな魔石をソーヤが瞬時に暖炉の穴に向かって投げ込み、私はそれと同時に祈りを込めながら魔法を発動した。
「《 聖なるいかずち》」
白い光をまとった雷鳴とともに《 聖なるいかずち》が放たれると、それが魔石化した〝タネ石〟に伝染していく。満充電状態の〝タネ石〟は、蓄えられた力を放出しながら次々に誘爆していき、雷の威力は加速度的に増していく。
部屋中が眩しい光に満たされる中、《 聖なるいかずち》は、巨大な光の柱となって穴の中から出現し、天まで貫く勢いで周囲を光に包んだ。
実際、暖炉の上の屋根は一瞬で吹き飛んでしまっている。
おそらく、穴の下に向かってはもっと威力のある光の柱が向かっているはずだ。
〔メイロードさま ヒスイです〕
あまりの光の強さにびっくりしていると《念話》が届いた。
〔ああヒスイ、どう地中の状態は?〕
〔素晴らしいですね。この教会全体が、いま聖なる気に包まれています。地中にあった邪悪な塊もすべて消え失せました。もうこの地にあれが戻ることはできないでしょう〕
〔そう、それはよかったわ。ここにあった〝魔力〟も転送する〝仕掛け〟も消えたのね〕
〔はい、聖なる光と共に……〕
私の仕事は済んだようだった。
気づくとラケルタ・バージェは失神していた。
「この者はかなり魔の瘴気に侵されておりましたから、急激な〝聖の気〟を浴びることに耐えられなかったのでしょう。ですが、そのおかげで顔色はだいぶ良くなっておりますよ。きっと尋問にも耐えられることでしょう」
「その辺りは、軍部の方々におまかせかな」
床に転がっているバージェの顔は、なんだか少しおだやかに見えた。
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