上 下
773 / 823
6 謎の事件と聖人候補

962 〝ラッカービー〟作戦

しおりを挟む
962

久しぶりにやってきたエストレートの街は、寒い季節に入りつつあった。

多くの人たちが冬支度に忙しくなるこの時期、街は忙しなく歩くたくさんの荷物を持った人や満載の荷馬車、冬物を売るこの季節ならではの市場など、どこも活気づいている様子だ。

私は魔法を使うことで冷気を防ぐこともできるのだが、あまり薄着でいると街中ではかえって目立つため、冬らしい厚手のコートに毛皮でできた帽子という出立ちである場所へと向かっていた。

私の借りている家からほど近いその場所は教会だ。

冷たい空気の中をお供のソーヤと歩きながら、私はドライアドのヒスイと《念話》を続けていた。

〔ヒスイ、あの人の監視もしてくれてありがとう。彼の行動は相変わらずなのかしら?〕
〔はい……いつも通りあの部屋に〕
〔それじゃ、例の〝吸魔玉〟も持ち込まれているというわけね〕
〔はい、その通りでございます〕

〝ストーム商会〟が提供している魔道具は便利なものばかりだ。その便利さを知った人たちは決して自ら手放したりはしないだろう。

(それで〝魔法力〟が吸収されても、それは気がつけないほど微量なんだもの。誰も気にはしないわよね)

だが、いまはその影響についてわかってきた。
〝吸魔玉〟の供給を止めなければ、早晩あのパレス近郊新ダンジョンは魔物でいっぱいになってしまうに違いない。
このことはまだほとんどの人が知らないことだし、下手に軍を動かしたら街の人たちを驚かせてしまうし、なにより敵に警戒されてしまう可能性が高い。

(それで潜伏先を変えられてしまったら元も子もないもの。でも、それもここまでね)

私は急ぎやらなければならないを実行に移すため、ヒスイに協力を頼むことにした。

〔これから少し〝荒事アラゴト〟をしようと思うの。手伝ってくれるかな?〕
〔おや、メイロードさまが〝荒事アラゴト〟でございますか? ふふふ……もちろん、なんでもお手伝いいたしますとも〕

ヒスイの口調はなんだか楽しげだ。

〔そうね……ではまず〝対魔教〟の教会から人を遠ざけなきゃいけないの。もちろん誰にも危険のないように、でも迅速にね〕
〔つまり、あの教会周辺の人間を一時的に排除したい……と。そうでございますね、では彼らが自主的に逃げたくなるような状況を用意すれば……〕

ヒスイは一瞬考えると明るい声でこう提案してきた。

〔ああ! いいものがございますよ。近くの森に〝ラッカービー〟の巣がございます。それを教会に移動して、少しつついてやりましょうか?〕
〔〝ラッカービー〟?〕
〔この魔物、毒性は弱いのですが、刺されるとそれはそれはひどい痒みが出るのです。このあたりの人間は〝ラッカービー〟のことをよく知っていますので、見かければすぐ逃げ出すでしょうね。おそらく駆除されたという連絡が入るまで近づかないでしょう〕
〔なるほど……それはいいかも。その案、採用するわ〕

〝ラッカービー〟の手配はヒスイがしてくれるそうだ。

ヒスイは樹木にいるものは瞬時に移動可能だそうで、その〝ラッカービー〟の巣もいつでも移動できるという。

〔〝ラッカービー〟の痒みのある針攻撃をするのは実はメスだけなのですが、人には雌雄の区別がつきませんので、それを利用してオスだけを放ちましょう。これで、人々に危険はなくなります〕

〔とても素晴らしいわ! ありがとうヒスイ〕
〔とんでもございません。では、すぐに準備いたしましょう〕

〔お願いね。教会から人がいなくなったことを確認したら、私たちは教会に潜入するわ〕
〔敵は得体が知れません。メイロードさま、どうかお気をつけて〕
〔ええ、そうね。わかってる〕

〝退魔教〟の教会前は、今日も炊き出しや生活物資の提供を受けるため多くの人が集まっていた。教会のシスターのサシャさんを始め、顔見知りになった協会のスタッフの皆さんがいつものように甲斐甲斐しく働いている。

彼らには一切の悪意はなく、信仰に従い規律を守り、苦しむ人々を助けようと懸命に仕事をしているのだ。

私はそんなサシャさんや教会を利用して、多くの人たちを危険に巻き込もうとしていながら〝教区長〟を名乗り、怪しげな計画に加担しているラケルタ・バージェに怒りを感じずにはいられなかった。

「彼には早々にこの街から退場してもらいましょう」

私の言葉にソーヤがうなずく。

「はい。あんな野郎に聖職者のローブを着る資格はありません。とっとと引っ捕まえて、尋問いたしましょう! なにを知っているかわかりませんが、とことん吐かせてやります」

「それは、まぁほどほどにね……」

こちらもなんだか楽しそうにみえるソーヤ。
そんな私の視線に、ソーヤは気付いたようだ。

「あ、別に戦いたいとか、やっつけたいとか、そういうのではございませんからね。私もヒスイも、こうしてメイロードさまのお役に立てるのが、本当に誇らしくうれしいのです。ですから、なんでもご命じください。それを私たちは、いつもお待ちしているのですから」

満面の笑顔のソーヤ。

(そうだね。いつも私を一生懸命助けようとしてくれてる……ありがとう、大好きだよ、みんな!)

なんだか胸がいっぱいになって、泣きそうになった私はそれを隠すように大きな声を出した。

「それじゃ、作戦開始だね!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

わたしだけノット・ファンタジー! いろいろヒドイ異世界生活。

月芝
ファンタジー
「てめぇらに、最低のファンタジーをお見舞いしてやるから、覚悟しな」 異世界ノットガルドを魔王の脅威から救うためにと送り込まれた若者たち。 その数八十名。 のはずが、フタを開けてみれば三千人ってどういうこと? 女神からの恩恵であるギフトと、世界の壁を越えた際に発現するスキル。 二つの異能を武器に全員が勇者として戦うことに。 しかし実際に行ってみたら、なにやら雲行きが……。 混迷する異世界の地に、諸事情につき一番最後に降り立った天野凛音。 残り物のギフトとしょぼいスキルが合わさる時、最凶ヒロインが爆誕する! うっかりヤバい女を迎え入れてしまったノットガルドに、明日はあるのか。 「とりあえず殺る。そして漁る。だってモノに罪はないもの」 それが天野凛音のポリシー。 ないない尽くしの渇いた大地。 わりとヘビーな戦いの荒野をザクザク突き進む。 ハチャメチャ、むちゃくちゃ、ヒロイックファンタジー。 ここに開幕。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

追放しなくて結構ですよ。自ら出ていきますので。

華原 ヒカル
ファンタジー
子爵家の令嬢であるクロエは、仕える身である伯爵家の令嬢、マリーに頭が上がらない日々が続いていた。加えて、母が亡くなって以来、父からの暴言や暴力もエスカレートするばかり。 「ゴミ、屑」と罵られることが当たり前となっていた。 そんな、クロエに社交界の場で、禁忌を犯したマリー。 そして、クロエは完全に吹っ切れた。 「私は、屑でゴミですから、居なくなったところで問題ありませんよね?」 これで自由になれる。やりたいことが実は沢山ありましたの。だから、私、とっても幸せです。 「仕事ですか?ご自慢の精神論で頑張って下さいませ」

ソロキャンパー俺、今日もS級ダンジョンでのんびり配信。〜地上がパニックになってることを、俺だけが知らない〜

相上和音
ファンタジー
ダンジョン。 そこは常に死と隣り合わせの過酷な世界。 強力な魔物が跋扈し、地形、植物、環境、その全てが侵入者を排除しようと襲いかかってくる。 ひとたび足を踏み入れたなら、命の保証はどこにもない。 肉体より先に精神が壊れ、仮に命が無事でも五体満足でいられる者は、ほんのごく少数だ。 ーーそのはずなのだが。 「今日も一日、元気にソロキャンプしていきたいと思いま〜す」 前人未到のS級ダンジョン深部で、のんびりソロキャンプ配信をする男がいる。 男の名はジロー。 「え、待って。S級ダンジョンで四十階層突破したの、世界初じゃない?」 「学会発表クラスの情報がサラッと出てきやがった。これだからこの人の配信はやめられない」 「なんでこの人、いつも一方的に配信するだけでコメント見ないの!?」 「え? 三ツ首を狩ったってこと? ソロで? A級パーティでも、出くわしたら即撤退のバケモンなのに……」 「なんなんこの人」 ジローが配信をするたびに、世界中が大慌て。 なのになぜか本人にはその自覚がないようで……。 彼は一体何者なのか? 世界中の有力ギルドが、彼を仲間に引き入れようと躍起になっているが、その争奪戦の行方は……。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。