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6 謎の事件と聖人候補

943 〝湧き〟

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943

それは軽食の準備と移動のための片付けを並行して行う、あわただしい状況で起こったそうだ。

「いったいなにがあったの?」

私たちも移動前の軽食として準備されたトマトのスパイシースープと温野菜のサラダをいただきながら、その状況を聞くとどうやらマルコとロッコに関連したことらしい。

……と、その前にダンジョンの不思議についてひとつ話しておこう。なんでもダンジョン内には不思議な自浄作用があるのだそうだ。基本的にダンジョンの中では鉱物などを除いた〝生き物〟の生命活動が停止した場合、つまり死んだとみなされたすべてはダンジョンに吸収されてしまうという。

もちろんダンジョンの外でも有機物は分解されるわけだが、ダンジョンではそのスピードが異常に速いのだ。特に死体は早いそうで、三日で骨に、一週間でそれすら残らないとされている。

「だから、冒険者の多くは金属製のプレートに名前を刻んだ識別票を身につけています。ダンジョン内で事前準備もせず不用意に死んだら、いつどこで亡くなったのかすらわからないままになりますからね。それでも、その識別票が必ず見つけてもらえるとは限りませんが……」

実は私もダンジョンでいくつか識別票を見つけていて、冒険者ギルドに持ち込んだことがある。そのときに、この話を聞いたのだ。

この生物の高速分解は地表面に直接接している場合のみに起こるそうなので、冒険者たちは荷物を置くとき必ず下に厚手の布を敷くし、そうでない場合は岩場などを見つけてそこに置く。そうでないと、採取した植物や毛皮などがあっという間に劣化してしまうからだ。

「ですから、商人だけでなく冒険者にとっても実は〝マジックバッグ〟というのは喉から手が出るほど欲しいものなんです。タチの悪い冒険者はマジックバッグ狙いで商人を襲いますよ。お嬢さん、絶対に用心棒を連れていないところで、これを見せてはいけませんよ」

私が昔〝マジックバッグ〟を購入したとき、お店の方が出来る限り秘密にしなさいと、しつこく警告してくれた。そのとき、これを狙うのは商人だけじゃないと念押しされたのだ。

(なるほど〝マジックバッグ〟がないと、ダンジョンでの素材確保は面倒が多いんだね。まぁ、私は《無限回廊の扉》があるから、あんまり関係ないか)

私の場合、優秀すぎる固有スキルのおかげでダンジョンで困ったことはないわけだが、この事実は冒険者にとっては忘れてはならない大事なことなのだ。

そして、先ほどの出来事だ。

支援班の方は、朝の準備としてゴミの始末をしようとしていた。穴を掘って埋めてしまえばあっという間に分解してくれるのだから、ダンジョンのゴミ処理は簡単だ。ただ、今回は人数の多いパーティーなので、少し大きめの穴を掘らなければいけない。

そこで魔法使いの方が穴を開けてくれることになり、埃が立つからと壁の外へと出てそこに穴を作ることにしたそうだ。このときマルコとロッコも率先してゴミ運びに参加していた。
しっかりと《索敵》で安全を確認し、入口で警備をしてくれている冒険者さんからも近い位置で作業を手早くしていたところ、あまりにも突然に彼らは魔物に襲われた。

いわゆる〝湧き〟が起こったのだ。

〝湧き〟とは、突然ダンジョン内に魔物が生成される現象で、これがダンジョンをダンジョンたらしめているものなのだが、この瞬間に遭遇することはごく稀だ。その意味では、彼らはものすごく運が悪かった。

突然現れた五匹の〝洞窟狼ケイブウルフ〟は、ゴミ捨て作業をする彼らに躊躇なく襲いかかってきたのだ。

「その瞬間ですよ! もう瞬きする暇もないほどのことでした!」

そのときの様子を語ってくれた魔法使いの女性は興奮状態だ。

マルコの手元には一瞬で長い棒、つまりジョウが現れた。そして背後から襲ってきた〝洞窟狼ケイブウルフ〟の頭がマルコの首元を噛みちぎろうとした瞬間、その首をジョウで挟み込み肩で押さえつけたかと思うと、次の瞬間前に凄まじい勢いで投げ飛ばし地面に叩きつけた。
そのとき、もう〝洞窟狼ケイブウルフ〟の首は折れており、あっという間に一匹目を片付けていた。

敵の方を振り向いたロッコの手にもジョウは一瞬で握られていた。ロッコは正面から飛びかかろうとする〝洞窟狼ケイブウルフ〟の胴をめがけて長いジョウを突き込む。この威力に大きな狼もたまらずその場に倒れ込んだが、よろつきながらもすぐ立ち上がる気配を見せたため、ロッコはジョウの回転力を使い、勢いをつけてくるりと回しその一撃を〝洞窟狼ケイブウルフ〟の側頭部に叩き込んだ。

これが致命傷となり、もう一匹も沈む。

あとの三匹は、この場に出ていた魔法使いの炎攻撃と、警備に立っていた冒険者のふたりの剣により仕留められたので、この件はパーティーに何の損害もなく片付いたわけだが、マルコとロッコの大活躍に、朝から冒険者の方々は大興奮だったそうだ。いまもみんなに囲まれながら、照れくさそうにしている。その上、

「素晴らしいご家来をお持ちだ! さすがはメイロードさま!」

となぜか私の評価まで爆上がり状態。

「マルコ、ロッコ。朝から大変だったわね。誰にも怪我がなくてなによりだわ」

私の労いの言葉にふたりも誇らしげだ。

「ありがとうございます。これのおかげで助かりました」

ふたりが指差す握り拳ほどの小さなポーチを見て、私が微笑んでいると、ずいっとエンデさんが私たちの間に顔を突っ込んできた。

びっくりするわたしたちにエンデさんはニコニコと話を始める。

「いやぁ、ふたりとも素晴らしい活躍だったね! ところで、それはなんなのかな?」
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