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5森に住む聖人候補

914 貴族の婚姻は打算的で当たり前らしい

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914

「ただいま、キッペイ! とはいってもちょこっと様子を見にきただけなので、みんなには秘密にしてね」
「心得ております」

私はまだまだ諸国漫遊中としている。今回きたのは状況報告をキッペイから聞くためだけだ。

すでに稼働している省庁などの組織は、みんな正常に稼働していて大きな問題はなにもないので、良い成果を聞くだけの嬉しい時間だ。

それは私が領地にきたときに、それとなくあちこち見てまわり《真贋》も発動させつつ、変わりがないかをチェックしているから、ではなくキッペイがボスを務めている自治警備組織(隠密行動多め)がいい仕事をしてくれているからだ。

いまとなっては私が《真贋》を使うまでもなく、キッペイたちが領地を把握し危険の芽を摘んでくれている。

「特段メイロードさまのお耳に入れるような事件はございませんので、どうぞご安心ください」

キッペイは私が悲しい顔をするのが嫌なようで、小さな不祥事については解決済みの場合報告書はまとめるものの、すべてを私の耳に入れようとはしない。もっとも、それも他の領地に比べればないも同然のごくわずかな数だと聞いている。

「マリス領の安全性が人々の話に登り始めてからは、街道も領海もとても行き来が増えました。それに伴い、どの区も人口の増加が顕著です。各区で雇用が増えておりますので当然の結果ですが、十区セータイズの港周辺は人口増加が著しく、隣接の八区九区も様々な工房が増えております」

「それはいい報告ね。しっかり経済が回ってくれるのが一番だもの」

そのあとは、学校の増加や奨学金制度の利用者が増え始めていることなど、嬉しい報告をたくさん聞いた。

「万事順調で大変結構です。それは、特に私じゃなきゃできなそうなことはいまはないよね?」

「それが……ひとつだけございます」

困った顔のキッペイが持ってきたのは見覚えのある形式の書類。

「で、今度はどこからなのかしら?」

私は何度もしているやりとりにうんざりしながら、キッペイの話を聞く。

「ロックフォード公爵家の三男、ですね。名前はお聞きになりますか?」

「いえ、その必要はないわ。でも、断り状は書かないとね」

「それはいつもの定型文をご用意しますので、サインだけお願いいたします」

「そうしてくれると助かるわ」

私も一六歳間近となり、面識もない貴族からの〝お見合い〟の申し込みは、日に日に増えている。相手が格下の貴族ならば放置しても問題はないのだが、格上の貴族が絡んだ正式な申し込みに対しては、一応書面でのお断りをしなければならずとても面倒だ。

熱心な人たちは、大量の贈り物を書状と一緒に運んでくるので、もうひと部屋そうした荷物で埋まりそうだ。贈り物ごと返せればいいのだが、貴族が出したものを引っ込めはしないので、こちらからは相当額の別の贈り物とともに断り状を送る必要がある。なんとも面倒な作業だが、これも数が増えてきてからは流れ作業になりつつあり、私は書面の最後にサインをするだけなのだが……

「マリス領の経済的躍進は、さすがに隠しきれなくなってまいりましたからね。最近は特に増えました」

キッペイは私の面倒を増やすそういった書状を忌々しげに見つめている。先ほど、自分より身分の低い相手の申し込みは無視できるといったが、それもはっきりしなくて嫌なので、そういうものは〝お断りします〟という書状とともに釣書ごと相手に返しているのだが、その総数は100件を消えているのだからうんざりだ。

「私はサイデムおじさまの婚約者なのに、なぜまだこんなにお見合いの話が来るのかしら?」

「貴族の世界では家同士の都合で婚姻が成立いたしますからね。それにメイロードさまとサイデム様は、婚約を宣言はされましたが〝婚約式〟をされておりませんので、まだ付け入る隙があると思われているのでございましょう。

彼らの考え方では仮にしていようとも、より条件の良い方に乗り換えたり、政治的に必要な家とのつながりのために相手を変えることはまったく悪いことではないようです。過去に何度もそうした事例があるとセイツェさんからお聞きしておりますが……」

「やっぱり庶民出身のサイデムおじさまは上級貴族に侮られているってことなのかな」

「家格では公爵家のお血筋のメイロードさまは、皇家にも嫁げる大変高貴なご身分でございますから……」

「最近まで庶民だったのにぃ? なんだかなぁ」

庶民生まれのメイロード。だが実はメイロードの父はお家騒動から逃れるため市井に隠れ生きてきた、シルベスター公爵家の人間で家督も継げる立場にあった大貴族だったのだ。そのことが現在のシルベスター公爵の耳に入り、私の魔法力を狙った公爵家の当主に狙われている可能性が出てきたため、私は逆にそれを利用してその事実を公表し、新たな家を興すことで自らが爵位を得て、シルベスター公爵家の影響を排除することに成功した。

貴族的常識では、私はマリス伯爵家の存続のためにより良い家柄の配偶者を婿に迎えるであるらしい。

しかも私は女伯爵、マリス伯爵家に婿に入ってくれる若い男の方を望んでいるはずだと彼らは信じている。

こうした考えから〝高貴な〟血筋に加え、莫大な資産もありそうだと思われ始めた私は、自分の家は継げない次男三男といった貴族の子弟たちの婿入り先として狙われているのだ。

「資産ごとマリス領を……ってことよね」

「上級貴族でも自領の運営に問題を抱えている家は多いですから、メイロードさまの手腕や知名度を利用したいと考えているのでございましょう」

(なんだかなぁ……あれ?)

書類箱の中には、いわゆる見合いの釣り書ではない手紙がひとつあった。
大概の手紙は、キッペイたちが開封して中身をチェックした上で私みせるかどうか決めてから書類入れに入れるのだが、これは封がされたままだ。

それは皇族だけが使える紋章で封蝋された手紙だった。

「なるほど、これは本人以外開けられないか……」
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