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6 謎の事件と聖人候補
901 団子とお抹茶
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901
エストレートの街にあるアジトから《無限回廊の扉》を抜け、イスのマリス邸に戻った私は、ソーヤの淹れてくれた美味しいミルクティーで一息ついてから、書斎の机にしまっていた魔法契約書を取り出した。
それは菓子製造に関する契約書で、契約者(甲)と(乙)の名前もしっかり書かれた本物なのだが、その名前の欄にはどちらも〝メイロード・マリス〟と書かれている。
そう、これはバージェから〝ドラジェ〟のレシピを要求された場合の対策として、私が自分で作り自分と結んだ変則的な魔法契約書なのだ。
(魔法契約書がものすごく高価になってしまうのは、その契約を成立させるための複雑極まりない魔法を書き込むのにとても大きな魔法力が必要だからなんだよね。高額で知られる魔法使いへの依頼、それが数人分必要になるぐらいだから、この紙は庶民は一生見ることもないのが普通っていう、バカ高い紙なのよね。
でも私の場合、自分でその魔法を書き込めちゃうからお金なんて必要ない。まぁ、それなりに書き込み作業は手間ではあるけど、実質タダなわけ。だから、お気軽に使ってみました。効果あったし、いいよね)
机の上のペンを取り、今回使った魔法契約書に〝契約を解除する〟とサインをすると、その場でその書面は青白い熱のない炎で燃え上がり跡形もなく消えた。私の腕の契約印もそれとともに消えている。
「これで、契約は終了っと!」
(魔法契約書の便利なところは、厳格な守秘義務が課せられていることをこの世界の人たちなら誰でもわかっているってことよね。魔法契約印さえ見せれば、それだけで納得して、それ以上は細かいことを聞かれたり調べられたりしないんだから。
おかげで〝権力者が関わっている〟なんて適当な匂わせだけでも簡単に信じるし、助かったわ)
実際には存在しないお偉い依頼者について、私が話せないと相手が勝手に思ってくれているのだから、こちらの都合のいい話を言い放題だというのが、実にありがたい。
今度は妖精さんのマイブームであるお気に入りの抹茶ミルクティーとやはりの大好物のみたらしとあんこのお団子を持って書斎にやってきたソーヤが、私を労ってくれる。
(やはり素材にはこだわりたかったので、京都宇治産の手摘み抹茶や新潟の特等上新粉や白玉粉を異世界から買ってるんだよね。こうした異世界産の最高級品は、もちろん《生産の陣》での再生産はできないから、ソーヤのお腹を満たすために、大量に《異世界召喚の陣》から購入して保管している。まぁ、和菓子にはよく使う材料だから、ストックは多くても大丈夫……うん)
いまとなってはソーヤに山ほど食べられたって私は破産したりしないので、覚えたお菓子は好きに作って食べてもらっている。
「バージェの様子は、どうご覧になりましたか?」
「ああ、それはソーヤたちの印象通りだったわ。もう、部屋に入るのが嫌になるぐらい真っ黒なんだもの」
私はお抹茶をすすって癒されつつも、バージェの背後に広がっていたドス黒い霧を思い浮かべて眉を顰める。
「でも、やはり会ってみると人となりや性格もわかることが多かったわ」
やはり、報告書の印象からおおよその人物像はつかんでいたが、教区長ことラケルタ・バージェと直接会ったことで、いくつか得るところがあった。
まずバージェが悪事を働くことになんの罪悪感も抱いていない男だということ。適当に人を騙して自分が利益を得るということを、初めて会った相手に対してまったくなんの躊躇もなくできる男、それがラケルタ・バージェという人間だった。
「あの男の薫陶を受け、しかも心酔しているというのですから、推して知るべしでございますね」
「まぁね。まさに、小悪党版のタガローサって感じかな。ただ、貴族らしい所作ができ、見た目もいいから、一見そうは見えないってところが問題ね。サシャさんみたいに人を疑うことを知らない、敬虔な人たちは好きに使われちゃいそう」
「やはり〝ストーム商会〟へのお使いも、なにも知らされずに請け負っている、ということでしょうか?」
「間違いなくそうだと思うわ。定期的に寄付をしてくれるというから受け取りにいけ、とか適当なことを言って使っているはずよ。危険に巻き込まれるかもしれないのに、そんなことは伝えていないんでしょう」
「そうでございますね。確かにサシャさんの隠密行動のスキルはなかなかのものですが、それゆえに危険に巻き込まれる可能性も高いですよ」
私はため息をつく。
「それに、ソーヤたちの報告にもあった何かが投げ込まれていた暖炉、あれの奥からも異常な霧が上がってきていたの。やはり、ソーヤたちにはあそこへは入らせられないわ。危険すぎる」
「そうでございましたか。みたところ、狭い上に思った以上に深くまで掘られていたので、一度降りたら何かあったときご報告できなくなると思い、前回はやめたのですが……」
「それで正解よ。あれは、かなりヤバいと思ったわ。あそこから立ち昇っていた霧の濃さはいままで見たことがないほどの濃さだったもの」
ソーヤが肩をすくめる。
「では、ドライアドのヒスイの力を借りてはどうでしょう? あやつなら地中の様子を覗くのに長けておりますから、もしあれが地中深くまで伸びているようなら、なんらかの情報は得られましょう」
「そうね、そうしましょうか」
私は《念話》でドライアドへ語りかけた。
〔ヒスイ、調査をお願いしたい場所があるのだけれどいいかしら?〕
〔もちろんでございます、メイロード様〕
〔大陸にあるエストレートという街の〝退魔教〟の境界周辺の地底を精査してみてくれる? ただし、危険なことはしないでね〕
〔ご心配なさいますな、メイロードさま。疾く、お調べいたしましょう。報告までしばしお待ちください〕
〔頼みます。では、報告待ってるわ〕
エストレートの街にあるアジトから《無限回廊の扉》を抜け、イスのマリス邸に戻った私は、ソーヤの淹れてくれた美味しいミルクティーで一息ついてから、書斎の机にしまっていた魔法契約書を取り出した。
それは菓子製造に関する契約書で、契約者(甲)と(乙)の名前もしっかり書かれた本物なのだが、その名前の欄にはどちらも〝メイロード・マリス〟と書かれている。
そう、これはバージェから〝ドラジェ〟のレシピを要求された場合の対策として、私が自分で作り自分と結んだ変則的な魔法契約書なのだ。
(魔法契約書がものすごく高価になってしまうのは、その契約を成立させるための複雑極まりない魔法を書き込むのにとても大きな魔法力が必要だからなんだよね。高額で知られる魔法使いへの依頼、それが数人分必要になるぐらいだから、この紙は庶民は一生見ることもないのが普通っていう、バカ高い紙なのよね。
でも私の場合、自分でその魔法を書き込めちゃうからお金なんて必要ない。まぁ、それなりに書き込み作業は手間ではあるけど、実質タダなわけ。だから、お気軽に使ってみました。効果あったし、いいよね)
机の上のペンを取り、今回使った魔法契約書に〝契約を解除する〟とサインをすると、その場でその書面は青白い熱のない炎で燃え上がり跡形もなく消えた。私の腕の契約印もそれとともに消えている。
「これで、契約は終了っと!」
(魔法契約書の便利なところは、厳格な守秘義務が課せられていることをこの世界の人たちなら誰でもわかっているってことよね。魔法契約印さえ見せれば、それだけで納得して、それ以上は細かいことを聞かれたり調べられたりしないんだから。
おかげで〝権力者が関わっている〟なんて適当な匂わせだけでも簡単に信じるし、助かったわ)
実際には存在しないお偉い依頼者について、私が話せないと相手が勝手に思ってくれているのだから、こちらの都合のいい話を言い放題だというのが、実にありがたい。
今度は妖精さんのマイブームであるお気に入りの抹茶ミルクティーとやはりの大好物のみたらしとあんこのお団子を持って書斎にやってきたソーヤが、私を労ってくれる。
(やはり素材にはこだわりたかったので、京都宇治産の手摘み抹茶や新潟の特等上新粉や白玉粉を異世界から買ってるんだよね。こうした異世界産の最高級品は、もちろん《生産の陣》での再生産はできないから、ソーヤのお腹を満たすために、大量に《異世界召喚の陣》から購入して保管している。まぁ、和菓子にはよく使う材料だから、ストックは多くても大丈夫……うん)
いまとなってはソーヤに山ほど食べられたって私は破産したりしないので、覚えたお菓子は好きに作って食べてもらっている。
「バージェの様子は、どうご覧になりましたか?」
「ああ、それはソーヤたちの印象通りだったわ。もう、部屋に入るのが嫌になるぐらい真っ黒なんだもの」
私はお抹茶をすすって癒されつつも、バージェの背後に広がっていたドス黒い霧を思い浮かべて眉を顰める。
「でも、やはり会ってみると人となりや性格もわかることが多かったわ」
やはり、報告書の印象からおおよその人物像はつかんでいたが、教区長ことラケルタ・バージェと直接会ったことで、いくつか得るところがあった。
まずバージェが悪事を働くことになんの罪悪感も抱いていない男だということ。適当に人を騙して自分が利益を得るということを、初めて会った相手に対してまったくなんの躊躇もなくできる男、それがラケルタ・バージェという人間だった。
「あの男の薫陶を受け、しかも心酔しているというのですから、推して知るべしでございますね」
「まぁね。まさに、小悪党版のタガローサって感じかな。ただ、貴族らしい所作ができ、見た目もいいから、一見そうは見えないってところが問題ね。サシャさんみたいに人を疑うことを知らない、敬虔な人たちは好きに使われちゃいそう」
「やはり〝ストーム商会〟へのお使いも、なにも知らされずに請け負っている、ということでしょうか?」
「間違いなくそうだと思うわ。定期的に寄付をしてくれるというから受け取りにいけ、とか適当なことを言って使っているはずよ。危険に巻き込まれるかもしれないのに、そんなことは伝えていないんでしょう」
「そうでございますね。確かにサシャさんの隠密行動のスキルはなかなかのものですが、それゆえに危険に巻き込まれる可能性も高いですよ」
私はため息をつく。
「それに、ソーヤたちの報告にもあった何かが投げ込まれていた暖炉、あれの奥からも異常な霧が上がってきていたの。やはり、ソーヤたちにはあそこへは入らせられないわ。危険すぎる」
「そうでございましたか。みたところ、狭い上に思った以上に深くまで掘られていたので、一度降りたら何かあったときご報告できなくなると思い、前回はやめたのですが……」
「それで正解よ。あれは、かなりヤバいと思ったわ。あそこから立ち昇っていた霧の濃さはいままで見たことがないほどの濃さだったもの」
ソーヤが肩をすくめる。
「では、ドライアドのヒスイの力を借りてはどうでしょう? あやつなら地中の様子を覗くのに長けておりますから、もしあれが地中深くまで伸びているようなら、なんらかの情報は得られましょう」
「そうね、そうしましょうか」
私は《念話》でドライアドへ語りかけた。
〔ヒスイ、調査をお願いしたい場所があるのだけれどいいかしら?〕
〔もちろんでございます、メイロード様〕
〔大陸にあるエストレートという街の〝退魔教〟の境界周辺の地底を精査してみてくれる? ただし、危険なことはしないでね〕
〔ご心配なさいますな、メイロードさま。疾く、お調べいたしましょう。報告までしばしお待ちください〕
〔頼みます。では、報告待ってるわ〕
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