上 下
708 / 832
6 謎の事件と聖人候補

897 おやつに再挑戦

しおりを挟む
897

〝ドラジェ〟騒動で、〝退魔教〟の調査が停滞するかと思ったが、この件をきっかけに私は思いの外サシャさんと仲良くなれていた。

(これは今後のためにはいいことよね)

今日も読み聞かせ会の打ち合わせのため、〝退魔教〟の教会へ行くと、サシャさんが手を振って笑顔で駆け寄ってきて、あの騒動のその後の顛末を教えてくれた。

「〝ドラジェ〟を持ってきてくださる予定だった方は、急なご予定が入ったため、本日は来られないそうです」

サシャさんが〝ドラジェ〟欲しさに並んでいた人たちにそう告げると、長い時間並んでいた彼らは口々に不満を口にし大ブーイングだったそうだ。だが、

「前回の〝ドラジェ〟の差し入れは、とてもおやさしい子ども思いのご厚意だったのですよ。そもそも何の見返りも求めず善意でしていただいたご寄付なのですから、それを強制などできるはずがありません!」

教会は寄付を受けるだけで、なにをいつ寄付するのかの判断は、寄付をする個人にしかわからないことです。今後があるかどうかも知りようがありません、と突っぱねたところ、その正論に反論はできず、渋々帰っていったそうだ。

「しつこく〝ドラジェ〟を持ってきた人間の名前や住所を聞こうとする方もありましたが、信徒でもない善意の方の名前を、しかも部外者の方にお教えできるはずもありませんし、住所も同様です」

サシャさんは笑顔でそういった人たちに正論を話し続け、追求を跳ねのけたようだ。いつも優しい彼女だが、実はなかなかハートは強いとみた。

「私が変わったお菓子を持ち込んだせいで、いらぬお手数をおかけしてしまって申し訳ありませんでした」

私が謝ると、サシャさんは笑顔で首を振る。

「お気になさらないでください。それだけメイロードさんの作るお菓子が美味しすぎたのです。本当にあれは素晴らしいお味でした」

「そう言っていただけて嬉しいですが、やり過ぎだったと反省しています。

それで〝読み聞かせの会〟のときには〝ドラジェ〟の反省をもとに、この街で珍しすぎないようなお菓子を作ろうと思っているんです。それでご相談なんですが、この辺りでよく食べられている食材について教えていただけませんか? とくにおやつになりそうなものがいいんですけど」

教会に置いてある寄付されたものらしい子ども向けの本から、読み聞かせに良さそうなものを選びながら私はサシャさんに聞いてみた。

「そうですね……芋類はよく食べられていますよ。この辺りではいろいろな芋が取れるんです。赤いもの黄色いもの、粘りのあるもの、甘さのある芋も取れますし」
「甘さのある芋ですか?」
「そういえば、寄付でいただいたものがあるのでお見せしますね」

サシャさんが持ってきてくれたものを《鑑定》すると、それは〝ポクル〟という芋で、確かに甘みがあり、どうやらサツマイモに近い品種のようだった。

「甘みがあるといってもほのかなものですが、子どもたちはとても好きなのです。茹でて食べることが多いですね」

「それはいいですね。この〝ポクル〟を使ったお菓子、挑戦してみます」

私が〝ポクル〟をしげしげと眺めてからそう言うと、サシャさんも興味を引かれた様子だ。

「メイロードさんがお作りになったら、きっとおいしいお菓子になるのでしょうね。楽しみにしています」

打ち合わせを終えてから私はソーヤと一緒にエストレートで一番大きな市場に向かった。

「〝ポクル〟を使ったおやつの材料は地元で普通に売られているもので揃えましょう。私もつい作りたいお菓子を深く考えずに作っちゃったけど、初めての街だもの。こうして市場調査をすべきだったのよ。反省だわ」

今回のいらぬ騒動の原因を作ってしまったことに反省しきりの私と対照的に、荷物持ちのソーヤもとても楽しげだ。新しい料理が食べられるのが嬉しくて仕方がないのだろう。

「豆とハチミツ、それに小麦粉……あとは〝ポクル〟ね。よし、これで作れるお菓子に挑戦よ」

「メイロードさま、では早く〝ポクル〟のおやつ作りを始めましょう!」
「はいはい、簡単なお菓子だけど、おいしいのを作るね」

今回作るのは〝いきなり団子〟というお菓子だ。

熊本の郷土菓子で手軽に作れる団子として広く食べられてきている定番のもの。物産展などを通じて私も何度も食べたことがある。

〝いきなり〟という名前の意味は諸説あるらしいが、手早くすぐできるというのが由来らしい。名前通り、作るのに特殊なものはいらないし、その材料も手に入りやすいものばかりだったので、自分でも作ったことがある。バリエーションもつけやすく、いろいろな意味で楽しめるお菓子だ。

「まったく同じものじゃないけど、似た感じのものは作れると思うの。ハチミツで甘みをつけた煮豆と皮をむいて輪切りにして水にさらしたサツマイモ……いや今回はポクルか……輪切りのポクルの上に煮豆を形よく置いてから小麦粉を練って作った皮で包んで、蒸しあげれば完成。簡単でしょ? 本当はもち米を粉にした白玉粉を混ぜてモチっとした皮にするんだけど、それは難しかったから、市場にあった粘り気の多いお芋をすりおろしたものをつなぎにしたの。これで包んだら薄皮でいい仕上がりになったわ」

具の餡と黄色い芋が透けて見える熱々の〝いきなり団子〟をソーヤに手渡すと、キラキラした目で早速頬張る。

「これは……確かに素朴ではありますが、地味にあふれております! 素材の味が生かされたここのホクホクの〝ポクル〟の食感に煮豆の甘みが合わさって、いくらでも食べられる程よい甘みが醸し出されております! この土地だからこその美味しさですね。これはお茶が欲しくなる、そんないい甘味です」

そう満足げに言いながら、次々にソーヤは口に運んでいく。

「気に入ったようでよかった。ゆっくり味わって」

私も日本茶を啜りながら一口。薄皮を噛むとじんわり広がる餡とお芋のハーモニーは確かにこの土地の恵みだ。

「うん、おいしい! これならきっと喜んでもらえそうね」
しおりを挟む
感想 2,983

あなたにおすすめの小説

策が咲く〜死刑囚の王女と騎士の生存戦略〜

鋸鎚のこ
ファンタジー
亡国の王女シロンは、死刑囚鉱山へと送り込まれるが、そこで出会ったのは隣国の英雄騎士デュフェルだった。二人は運命的な出会いを果たし、力を合わせて大胆な脱獄劇を成功させる。 だが、自由を手に入れたその先に待っていたのは、策略渦巻く戦場と王宮の陰謀。「生き抜くためなら手段を選ばない」智略の天才・シロンと、「一騎当千の強さで戦局を変える」勇猛な武将・デュフェル。異なる資質を持つ二人が協力し、国家の未来を左右する大逆転を仕掛ける。 これは、互いに背中を預けながら、戦乱の世を生き抜く王女と騎士の生存戦略譚である。 ※この作品はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※本編完結・番外編を不定期投稿のため、完結とさせていただきます。

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

戦いから帰ってきた騎士なら、愛人を持ってもいいとでも?

新野乃花(大舟)
恋愛
健気に、一途に、戦いに向かった騎士であるトリガーの事を待ち続けていたフローラル。彼女はトリガーの婚約者として、この上ないほどの思いを抱きながらその帰りを願っていた。そしてそんなある日の事、戦いを終えたトリガーはフローラルのもとに帰還する。その時、その隣に親密そうな関係の一人の女性を伴って…。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。