利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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6 謎の事件と聖人候補

890 エストレート潜入

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数日後、私はセーヤとソーヤを連れ、アタタガ・フライにある場所まで運んでもらった。

それはエストレートという街で、位置的にはイスとパレスの中間辺りにあり、イスほど大きくはないが立派な街だ。近くに良い鉱山が何か所かあるため金属系の工房が多く、鍛冶屋が多いし、鍋釜といった生活用品も多く扱うので有名で、包丁もいいものが多いという。

帝国軍も駐留しているため施設は整っており〝天舟アマフネ〟での移動も可能だったが、これから隠密活動をするのだし、目立つことはやめておいた。

そう、この街に来たのは密かな調べごとのため。〝ストーム商会〟の基幹部品の工場があるというピークスさんからの情報を頼りに、まずは調査の拠点を作るため、やってきたわけだ。

〔メイロードさま、そろそろエストレート付近に到着します〕
〔ありがとう。お疲れさま。それじゃ人目につかない枠道を探しましょう〕

最近ますますスピードをあげているアタタガのおかげで、半日ぐらいでイスから移動できてしまった。

(アタタガの飛行速度って、もう〝天舟アマフネ〟より断然早いよね。まぁ、私の魔法をガッチリかけてるせいもあるんだろうけど、ほんとにすごいなぁ)

超高速でしかも快適な空の旅を終えた私たちは、エストレートへと続くわき道で旅装束に着替えたあと街道へと入り、しばらく歩いてなに食わぬ顔で街へと入っていった。
街の表門にある関所のような場所で身分証を提示し、通行料を支払ってごく普通の手続きを行う。もちろん、ここで提示した身分証は例のド派手な裏書のある商人ギルドのものではない。今回のようなケースのために、何の裏書もないシンプルなものをおじさまに用意してもらった。

(あんな身分証を出したら、そのまま商人ギルドの応接室へ連れて行かれちゃう可能性が高いからね。これからスパイ活動をしようっていうんだから、目立たないようにしなくちゃ)

背の小さい田舎の女商人として街に入った私は、第一目標地点を脳内で探した。

「まずサイデム商会の支店へ行かなくちゃ。確か商業地区のなかなかいい場所にあるんだよね」

そして〝脳内地図〟で位置を再確認すると、迷いなくスタスタと歩き出す。

(きっと誰も私が初めてこの街に来たとは思わないだろうな。いつもながら私の〝完全脳内地図パーフェクト・ナビゲーション〟はいい仕事っぷり)

知らない街を歩くことはそれだけで楽しい。今回のミッションは重いが、私の足取りは軽かった。

〝帝国の代理人〟となったことで、おじさまの仕事は大きく飛躍した。いまではたいていの大きな街にサイデム商会の支店がある。サイデム商会は支店では販売ではなく卸に力を入れているそうで、こうした中規模の街から、さらに小さな街へと商人たちが品物を売り捌くための品物を提供する問屋のような役割が大きいそうだ。

「なにもかもサイデム商会で独占するようなやり方は商売として健全とはいえない。物品の流れは国の血の巡りみたいなものだからな。一箇所に問題があるとすべてが滞るようなことをするのは誰のためにもならん。利益もうまく分配しながら、広げていくのがいいのさ」

おじさまはそう言っていた。まだ大商人といわれる人も少なく、流通も迅速とはいえないこの世界で、おじさまの考え方はなかなか先鋭的だ。だが、大商人となったサイデムおじさまに見えている世界は、もうただ独占的に物を高く売ればいいだけのものではないのだろう。そういった広い視野もタガローサとおじさまは真逆だ。

(一部の人間が独占したりせず、抱え込むことなく緩やかに裾野を広げていくおじさまのやり方のほうが、より早く文化が進むと思うな。シドはますます大きくなるね、きっと)

そんなことを考えているうちにたどり着いたサイデム商会エストレート支店は街の中心に近い場所にあり、一階に売り場、二階に商談スペースという構造で、どちらも賑わっていた。

私がお客様をかき分けてなんとか売り場の女性に声をかけると、《伝令》で連絡を受けていたらしく、すぐに二階のおそらく一番立派な商談用の部屋に通された。

「メイロードさま、ようこそエストレートにお越しくださいました! ささ、こちらへ。どうぞおくつろぎくださいませ。私が支店長のマースでございます」

なかなか品の良いおじさまが、最敬礼という感じでとてもとても恭しく私を扱ってくれる。メイロード・マリスは現状、貴族でありさらに未来のサイデム夫人と認識されているのだから、これは仕方がないことだろう。

「よろしくお願いします。早速ですが、少しの間この街に滞在したいのだけれど、しばらくの間借りられる家を探してもらえますか?」

「それもお聞きしております。いくつか物件は探してございますので、お選びください」

マースさんは、すでに手を回してくれていて、私に物件の情報を見せてくれた。どれも、ちょうどいい手頃な値段で、目立たない感じの家だ。

「どれもいいですね。では、こちらでお願いいたします」

「ご覧にならずに即決でよろしいので?」
「ええ、マースさんを信用しておりますので」
「あ、ありがとうございます!!」

マースさんは感激してくれているが、私としては《無限回廊の扉》が設置できればどこでもいいので、さっさと決めたというのが本音だ。
(それに〝脳内地図〟で位置関係は把握できたから、現地を見なくても大丈夫!)

「それから、この街にある〝ストーム商会〟の工場について知りたいのだけれど、何か情報はあるかしら?」

感激しながら、すぐに家の鍵などを用意するよう指示を出してくれていたマースさんに聞くと、意外な答えが返ってきた。

「それがですね……」
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