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6 謎の事件と聖人候補

880 お掃除女神降臨

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たくさんの人が楽しげに行き交いにぎやかだった道にはガラスの破片が散乱し、慌てた人たちが取り落としたのだろう中身がぶちまけられた丼もそこかしこに転がっている。人気の横町だったことが災いし、夜だというのに多くの人たちがそぞろ歩いていたため、急に明かりが消えた状況は、一瞬でパニックを生み出してしまった。視覚を完全に奪われてしまった人たちは、あちこちでぶつかり、よろめき、倒れるという状況だったのだろう。みたところ大きな怪我はなかったようだが、ガラスなどで軽傷を負った人は多くおり、血の痕も生々しく道路に散見できる。

幸いだったのは、私とグッケンス博士の魔法で、暗転から三分とかからず横丁全域に灯りを戻せたことだ。一瞬のパニックから、すぐに灯りが戻ったことで、大きな災害になる前に事態は収束した。〝ラーメン横丁〟に不名誉な大事故の記録が刻まれる前に、一応の落ち着きを取り戻し、すでに人々は帰り始めたり、店を掃除し始めている。

とはいえ、道は散らかり放題、魔導ランプは全滅。〝ラーメン横丁〟の管理責任者であるシュメルさんは、この惨状にどうしていいかわからない様子だ。

「ともかく今日の営業は中止だ。安全が確認できるまで、オイルランプで対応するように。数はすぐに確保する。サイデム商会に保管してある〝魔石ランプ〟も使おう。明日の夜までに、徹底した清掃と灯りの設置を行うのだ。危険があっては〝ラーメン横丁〟の評判にかかわるからな」

「は、はい。かしこまりました。では早速そのように手配いたします」
「今日の収入はゼロになるが、その分はサガン・サイデムがこの名にかけて補填するから安心して片付けに専念するように各店舗に伝えておくように……」
「ありがとうございます‼︎  きっと店主たちも安心いたします」

(さすがおじさま、いい采配ね)

「それなら、明日は〝厄落とし〟と日頃のご愛顧に感謝ということで、全店二割引きなんていうのはどうですか、おじさま?」

そう提案した私のほうを見たおじさまはニヤリと笑う。

「ああ、そうしよう。シュメル! そちらも経費を出すし、補填もするから盛大にやってくれ。景気良くな」

先程までオドオドとして泣き出さんばかりだったシュメルさんの顔が、一気に明るくなっていく。

「ああ、素晴らしいご提案でございます。是非そういたしましょう! それでは急いでチラシの用意と飾りつけも準備しなくては……今日は徹夜で準備ですな」

「こちらの《光球ライトボール》についてですが、グッケンス博士のおかげで三時間程度は私たちがいなくても固定できるようにしていただけました。その間に必要な光源の確保は終わりますか?」

「ああ、大丈夫だ。間に合わせる」

さすがおじさま、頼りになることだ。

「メイロードさま、グッケンス様、ありがとうございます。皆様のおかげで、大きな騒ぎにもならず、明日の営業ができそうです。では、早速準備ですな。失礼いたします!」

シュメルさんは急足で事務所へと戻っていった。

「それじゃ、私もひと働きしますね」

私はそういうと、お得意の〝お掃除魔法〟を開始することにした。その前に日頃鍛えた喉を発揮して、大きな声で路上にいる人たちに告げる。

「みなさーん! ガラスの破片が少しでも残っていると明日の営業にも差し障りがあり危険です。私がいまから取り除きますので、できれば左右の店の近くへ移動して、動きを止めてくださーい!」

ソフィーラ様のご加護と鍛え上げた喉の威力は絶大で、拡声器もないのに、私の声は横丁中に響き渡った。横丁の人たちは、わかったという声を出してくれたり、遠くの人も手を挙げて答えるとすぐ移動してくれたので、私はすぐ作業に入る。

私が集中し、呪文を唱えると、見る間に路上にあったガラスの破片は細かいものまで浮き上がり、クルクルと渦を巻くようにして一塊にされてごみの集積場まで移動していった。

「おお、信じられない! 道にあれだけあったガラス片がひとつもないぞ! すごい……こんなことができるなんて、さすがはメイロードさまだ! イスの女神が〝ラーメン横丁〟を祝福してくださった! これは吉兆だ! 〝ラーメン横丁〟は美食の女神の祝福を受けたんだ!」

(えっ? そんなつもりは……でも、ここで水を差すのはさすがに良くないよね)

横丁の人たちの異常な盛り上がりに、なにも言えずなんとか笑顔を保っている私に、グッケンス博士があきれ顔だ。

「メイロード、まさかと思ったが、お前さんの《的指定ターゲット》は、信じがたいレベルになっているな。数千、いやもっとあったかもしれんガラス片のすべてを捉えて動かすとは……まさにバケモノ級の魔法じゃ」

路上の人々は派手な《浮遊》や《竜巻トルネード》を見て驚いているようだが、実はこの〝お掃除魔法〟の肝は《的指定ターゲット》だ。花の収穫作業を通じて、使いに使い込んだ私の《的指定ターゲット》は、どんな小さなものでも補足できるし、数千の数などものともしない。

(でも、まさか《的指定ターゲット》でお掃除してるなんて、博士以外誰も思わないよね。それって私の魔法力がなかったら〝不可能〟だもん)

「グッケンス博士、これは秘密ってことで、ヨロシク!」
「わかっておるわ。これはただの〝掃除〟じゃな」

横ではセイリュウがクスクス笑っている。

「やっぱりメイロードは〝イスの女神〟なんじゃない? こんなことをしてくれる魔法使いなんてどこにもいないって!」
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