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5森に住む聖人候補
877 命の出汁
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877
「別にあやつらと家族ごっこをするつもりはない。ただ、家族のことを心配するオリーの顔が消えんのさ。おかげで随分こき使われてしまったがな」
「ふふ、親戚ってそういうとこありますよねぇ」
「まったくだ!」
奥様のオリーをとても愛していた博士は、彼女が亡くなったいまでも家族思いだった彼女のことを思い、面倒に感じつつも甥である現在の皇帝や皇族たちの窮地を見捨てられないのだ。
「まぁ……基本的にはつきあいを最小限にして、それでも何かあれば私もセーヤもソーヤも、きっとセイリュウも博士に力を貸しますよ。この国が平和であってほしいのは、私も一緒です」
「ああ、そうだな……」
複雑な思いを抱えて笑顔を浮かべるグッケンス博士を見ているうちに、私は無性に丁寧に作った滋養のある料理を作りたくなってきた。
「今日の夕食は最高に美味しいおうどんをお出ししますから、期待しててくださいね!」
「それは楽しみだな。メイロードがそれほど言うならよほどうまいのだろう。ああ、期待しておこう」
グッケンス博士が研究棟に引き上げたところで、私は準備を開始した。
「ええい、ここで手に入れにくい素材は全部異世界から買ってやる! 鰹箱も買っちゃうぞ!」
そこから私は《異世界召喚の陣》を使い、思うままに大量の食材を買いまくった。
「さて、最高の鶏肉に海老に春菊とエノキダケ、椎茸、白菜もこっちではまだ見つけてないから買っちゃえ! 利尻昆布と本枯節も忘れずに。美味しい日本酒も用意したいよね。而今の純米吟醸なんかどうかな。本格辛口もいいよね、よし神亀の純米清酒も買っちゃお!」
私の買い物を見ているソーヤもかなりワクワクしている様子だ。この子は新しい食材や料理に本当に目がない。
「それじゃ、ソーヤに大仕事よ。この鰹箱を使って、この鰹節を〝掻いて〟ちょうだい」
そう言いながら、私はやり方を見せる。
「私みたいに力のない人は、こうやって正座してしっかり体重を乗せながら使ったほうが綺麗に削れるのよ。あ、鰹節を削ることを掻くって言うのよ」
そう言いながら、私はシュンシュンと軽快にカンナのように歯が出ている鰹箱の上で鰹節を滑らせると、箱についた下部の引き出しを開けて、薄くふわふわに削りとったばかりの鰹節をソーヤの手に乗せた。
「これが掻き立ての本枯節、最高に美味しい出汁が取れるのよ」
「おお、確かにこれは旨味の塊ですね。濃厚といってもいい魚の風味でありながら、臭みとはまったく違う香りがします。あのものすごく硬い木のようなものをこんなふうに使われるのですね」
「私はさらに鰹節を掻きながら答える。
「これなかなか大変な作業だし、専門店の花鰹を買って《無限回廊の扉》に保存しておけば劣化もないから、いままでは使ってこなかったんだけど、今日はなんだかとっても丁寧に作りたい気分なんだ。大変だけど協力してね」
「もちろんでございます。では、あとは私がやりましょう」
さすが家事妖精、ソーヤはすぐにコツをつかんで、いい音を立てて大量の鰹節を作ってくれた。
(盗み食いは大目に見るわ。美味しいもんね、できたてふわふわの花鰹)
「昆布出汁は常時作ってストックしてあるから、あれを使ってっと、野菜や海老の下準備からかな」
台所に立ちながら私は思い出す。戦場や貧しい国を駆け巡っては日本へ戻ってくる父は関西の人だった。明るい人だったが、いつも帰国直後はどこか辛そうにみえた。きっといろいろな厳しい現実にたくさん出会っていたのだろうと思う。私はなんとか父を元気づけたくて、父がご馳走だといった〝うどんすき〟を、父が帰るたびに、最初の食事で振る舞っていた。
「ああ……この出汁の味……しみるなぁ! 本当にうまいよ! 初子の料理は最高だな!」
お出汁をすすってくしゃくしゃの笑顔になっていた父の姿が、今日はとても思い出される。
(大丈夫、博士もきっと好きな味)
昆布の出汁の入った大きなお鍋を火にかけ、沸騰する直前にソーヤが作ってくれた大量の花鰹をこれでもか! という量投入して火を止める。ふわりと立ち上る濃厚な出汁の香りに私はニンマリだ。
(うん、イノシン酸とグルタミン酸がいい仕事をしてくれてるね)
これに薄口醤油、みりん、酒、を加え塩で味を整えれば、ベースの準備は完了だ。この状態のスープを味見したソーヤが身悶えている。
「くぅ~、これは素晴らしいお味です。決して濃い味でないのに、なんという満足感のある汁物でしょう! この黄金のスープだけでも全部飲めそうです」
「えーと、これ《生産の陣》使えないからね。たっぷり作ってはあるけど、控えめにしてね」
私はソーヤの気に入り方に少しだけ恐怖を感じつつ制しながら、料理を続行。鶏肉に魚貝に野菜を綺麗に盛り付け、下茹でしたうどんを用意したところで、夕食にする。
すでに食卓についている博士とセイリュウの前には、日本酒とつまみが置かれていて、ふたりはゆるゆると盃を傾けていた。
「今日のお酒も美味しいよ、メイロード。本当に君はいいものを知ってるね」
「気に入ってもらえてよかった。なかなかいけますよね」
食卓に〝魔道コンロ〟を置き、鍋を火にかける。
「これ〝うどんすき〟という料理なんです。とても温まりますよ」
ソーヤが手早くそれぞれの器に綺麗に盛り付けて置いていくと、出汁の香りがまた一段と広がる。
「ああ、いい香りだね! やさしい味だ。うん、これは美味しい!」
セイリュウの言葉に博士もうなづく。
「とてもうまいよ。実に単純そうで難しい料理だな、これは……」
「それがおわかりになるとは、グッケンス博士の舌もだいぶ肥えられましたね」
そう突っ込むソーヤに、グッケンス博士は笑い出す。
「ああ、おかげで自分で飯を作る気が一切なくなってしまったがな。そうだな、こうしてうまいものを食べながらのんびり酒を飲む…‥悪くない日常だな」
そう言いながらグッケンス博士はお出しをすすり目を細める。
「でしょ?」
私も笑いながら、うどんを足し具材を足す。
「さあ、早く食べないとソーヤに全部スープを飲まれちゃいますよ」
「それは困るな!」
「ソーヤ、お前は少し控えなさい」
「そんなぁ、博士、あんまりですぅ」
そんな会話をしながら、私たちは飲んで食べて笑って、いつものように楽しく食卓を囲んだ。
(うん、美味しい! 満足!)
「別にあやつらと家族ごっこをするつもりはない。ただ、家族のことを心配するオリーの顔が消えんのさ。おかげで随分こき使われてしまったがな」
「ふふ、親戚ってそういうとこありますよねぇ」
「まったくだ!」
奥様のオリーをとても愛していた博士は、彼女が亡くなったいまでも家族思いだった彼女のことを思い、面倒に感じつつも甥である現在の皇帝や皇族たちの窮地を見捨てられないのだ。
「まぁ……基本的にはつきあいを最小限にして、それでも何かあれば私もセーヤもソーヤも、きっとセイリュウも博士に力を貸しますよ。この国が平和であってほしいのは、私も一緒です」
「ああ、そうだな……」
複雑な思いを抱えて笑顔を浮かべるグッケンス博士を見ているうちに、私は無性に丁寧に作った滋養のある料理を作りたくなってきた。
「今日の夕食は最高に美味しいおうどんをお出ししますから、期待しててくださいね!」
「それは楽しみだな。メイロードがそれほど言うならよほどうまいのだろう。ああ、期待しておこう」
グッケンス博士が研究棟に引き上げたところで、私は準備を開始した。
「ええい、ここで手に入れにくい素材は全部異世界から買ってやる! 鰹箱も買っちゃうぞ!」
そこから私は《異世界召喚の陣》を使い、思うままに大量の食材を買いまくった。
「さて、最高の鶏肉に海老に春菊とエノキダケ、椎茸、白菜もこっちではまだ見つけてないから買っちゃえ! 利尻昆布と本枯節も忘れずに。美味しい日本酒も用意したいよね。而今の純米吟醸なんかどうかな。本格辛口もいいよね、よし神亀の純米清酒も買っちゃお!」
私の買い物を見ているソーヤもかなりワクワクしている様子だ。この子は新しい食材や料理に本当に目がない。
「それじゃ、ソーヤに大仕事よ。この鰹箱を使って、この鰹節を〝掻いて〟ちょうだい」
そう言いながら、私はやり方を見せる。
「私みたいに力のない人は、こうやって正座してしっかり体重を乗せながら使ったほうが綺麗に削れるのよ。あ、鰹節を削ることを掻くって言うのよ」
そう言いながら、私はシュンシュンと軽快にカンナのように歯が出ている鰹箱の上で鰹節を滑らせると、箱についた下部の引き出しを開けて、薄くふわふわに削りとったばかりの鰹節をソーヤの手に乗せた。
「これが掻き立ての本枯節、最高に美味しい出汁が取れるのよ」
「おお、確かにこれは旨味の塊ですね。濃厚といってもいい魚の風味でありながら、臭みとはまったく違う香りがします。あのものすごく硬い木のようなものをこんなふうに使われるのですね」
「私はさらに鰹節を掻きながら答える。
「これなかなか大変な作業だし、専門店の花鰹を買って《無限回廊の扉》に保存しておけば劣化もないから、いままでは使ってこなかったんだけど、今日はなんだかとっても丁寧に作りたい気分なんだ。大変だけど協力してね」
「もちろんでございます。では、あとは私がやりましょう」
さすが家事妖精、ソーヤはすぐにコツをつかんで、いい音を立てて大量の鰹節を作ってくれた。
(盗み食いは大目に見るわ。美味しいもんね、できたてふわふわの花鰹)
「昆布出汁は常時作ってストックしてあるから、あれを使ってっと、野菜や海老の下準備からかな」
台所に立ちながら私は思い出す。戦場や貧しい国を駆け巡っては日本へ戻ってくる父は関西の人だった。明るい人だったが、いつも帰国直後はどこか辛そうにみえた。きっといろいろな厳しい現実にたくさん出会っていたのだろうと思う。私はなんとか父を元気づけたくて、父がご馳走だといった〝うどんすき〟を、父が帰るたびに、最初の食事で振る舞っていた。
「ああ……この出汁の味……しみるなぁ! 本当にうまいよ! 初子の料理は最高だな!」
お出汁をすすってくしゃくしゃの笑顔になっていた父の姿が、今日はとても思い出される。
(大丈夫、博士もきっと好きな味)
昆布の出汁の入った大きなお鍋を火にかけ、沸騰する直前にソーヤが作ってくれた大量の花鰹をこれでもか! という量投入して火を止める。ふわりと立ち上る濃厚な出汁の香りに私はニンマリだ。
(うん、イノシン酸とグルタミン酸がいい仕事をしてくれてるね)
これに薄口醤油、みりん、酒、を加え塩で味を整えれば、ベースの準備は完了だ。この状態のスープを味見したソーヤが身悶えている。
「くぅ~、これは素晴らしいお味です。決して濃い味でないのに、なんという満足感のある汁物でしょう! この黄金のスープだけでも全部飲めそうです」
「えーと、これ《生産の陣》使えないからね。たっぷり作ってはあるけど、控えめにしてね」
私はソーヤの気に入り方に少しだけ恐怖を感じつつ制しながら、料理を続行。鶏肉に魚貝に野菜を綺麗に盛り付け、下茹でしたうどんを用意したところで、夕食にする。
すでに食卓についている博士とセイリュウの前には、日本酒とつまみが置かれていて、ふたりはゆるゆると盃を傾けていた。
「今日のお酒も美味しいよ、メイロード。本当に君はいいものを知ってるね」
「気に入ってもらえてよかった。なかなかいけますよね」
食卓に〝魔道コンロ〟を置き、鍋を火にかける。
「これ〝うどんすき〟という料理なんです。とても温まりますよ」
ソーヤが手早くそれぞれの器に綺麗に盛り付けて置いていくと、出汁の香りがまた一段と広がる。
「ああ、いい香りだね! やさしい味だ。うん、これは美味しい!」
セイリュウの言葉に博士もうなづく。
「とてもうまいよ。実に単純そうで難しい料理だな、これは……」
「それがおわかりになるとは、グッケンス博士の舌もだいぶ肥えられましたね」
そう突っ込むソーヤに、グッケンス博士は笑い出す。
「ああ、おかげで自分で飯を作る気が一切なくなってしまったがな。そうだな、こうしてうまいものを食べながらのんびり酒を飲む…‥悪くない日常だな」
そう言いながらグッケンス博士はお出しをすすり目を細める。
「でしょ?」
私も笑いながら、うどんを足し具材を足す。
「さあ、早く食べないとソーヤに全部スープを飲まれちゃいますよ」
「それは困るな!」
「ソーヤ、お前は少し控えなさい」
「そんなぁ、博士、あんまりですぅ」
そんな会話をしながら、私たちは飲んで食べて笑って、いつものように楽しく食卓を囲んだ。
(うん、美味しい! 満足!)
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