利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
上 下
687 / 840
6 謎の事件と聖人候補

876 オルキーディア姫と魔法使いオリー

しおりを挟む
875

「側妃様やオルキーディア皇女様も粛清の対象に?」

グッケンス博士はコーヒーを飲みながら淡々と語る。

「オルキーディアの母は、出産後からほぼ寝たきりの生活をしていた。彼女には、実家が犯罪を犯し没落したことは耐え難い苦痛だったじゃろうの。結局、娘の命を助けて欲しいという遺書を残して服毒自殺してしまった。対外的には病死扱いだったがな」

「お気の毒ですね……」

貴族の場合、実家とのつながりは嫁いだあとも続いていくし、実家の影響力は特に皇宮で生活する場合とても大きな意味を持つ。大貴族ともなれば公私ともにさまざまな援助を受けて暮らしていくのが普通だ。

(まぁ、その見返りに皇帝や皇宮に関する情報を伝えたり、実家に有利に物事が運ぶようにロビー活動的なこともするわけだけど……躰も心も弱いご令嬢だったこの側妃様はそんなこともほとんどできなかったかもね。とはいっても頼みの綱の母が死んでしまって、後ろ盾もなくひとりきり残されたオルキーディア姫はきっともっと辛かったよね)

「皇帝はまだ成人していない娘の処遇に悩んだようだ。先帝は子煩悩な男ではあったし、情も深かった。だが皇帝に歯向かった一族の血を引く皇女をそのままにして置けず、生涯幽閉か修道院かそんな選択肢しかないことに悩んだそうじゃ」

だが、そこで唐突にオルキーディア姫は事故死してしまう。

せめて幽閉される前に実家の墓に埋葬された母の菩提を弔いたいと馬車で移動中に、悪天候により起こった崖崩れで川へ転落したのだ。従者たちは助かったが、オルキーディアは流され死体が回収されたのは数週間後、ひどい状態の遺体の着ていた衣服からかろうじて彼女の〝死亡〟は確認され、ひっそりと葬儀が行われた。

「話は変わるが、わしは貧乏学者の家の生まれでな。魔法力が高かったこともあり、十歳で中堅貴族の養子に入った。まぁ、金で売られたわけじゃが、うちの困窮ぶりはそれはひどかったからの。自分から進んでいったよ」

「え、博士が?!」

「ふふ、そう暗い顔をせずとも良い。飯は食えるし勉強はできるし、悪くない生活じゃった。大事にしてもらったよ。最初はな……」

後継のいない貴族が、魔法力の高い子供を養子にしたり、子供がいても有事の際の〝スペア〟として育てることはこの世界では珍しくない。博士は後者のケースだったが、ハンス少年はあまりに優秀過ぎた。

「その家の跡取りがわしと比べられることを嫌がりはじめてな。あとからやってきて、なんの知識もないところからあっという間に魔法も勉強も武術も跡取り息子に勝るようになったわしが煙たかったのじゃろうよ」

跡取りの意に染まない養子の立場は弱く、十五歳になると魔法学校卒業までは援助するという確約とともに、ハンス少年はその家と縁を切られた。

「ひっどーい! 魔法力に目が眩んで養子にしておきながら、なんで優秀だからって疎まれるの? わけわかんない!」

私がぷりぷり怒るのを、グッケンス博士は笑って見ている。

「とりあえず魔法学校に入るときには元の家の名に戻し、そこからは研究と魔法三昧の毎日よ。実に楽しい時期じゃった」

魔法学校卒業後、研究職として農業をテーマに選んだ博士だったが、在学中からそのあまりに突出した魔法力と、学ぶことで開花した他の追随を許さない圧倒的な技術は噂となっていた。卒業後は当然のように討伐系の難しい事案がたびたび持ち込まれたが、それを研究の片手間で軽々とこなす様子に、軍部にも当然目をつけられる。

「わしは研究費が欲しくて依頼を受けていただけじゃったが、有名になり始めると〝国家魔術師〟になれと、もうしつこくてな。わしは面倒になり、魔法学校へは最低限の日数しか戻らぬようになった。研究はどこでもできるし、どこでも日銭は稼げたからな」

「でしょうね」

こうして放浪の研究者となったグッケンス博士は、ある人に出会う。

「わしがオリーという名の魔法使いと出会ったのは、それから数年ののちじゃった。本当に偶然、行き倒れていた魔法使いを見つけたのじゃ」

「魔法使いなら、いろいろ稼ぎ口はありますよね。なんでそのオリーさんは行き倒れていたんですか?」

オリーと名乗った若い女性魔法使いは、とても地味な服装をし、大きなバッグいっぱいの魔法関連の書籍を持っていた。

「そのときは本を買い過ぎて全財産を使い果たし、帰宅途中で倒れたらしい。とにかく本の虫で、熱中すると寝食を忘れるやつじゃった」

博士があきれるほどの変わり者〝オリー〟を見捨てておけず、そこから博士は彼女の面倒をみることになった。

オリーは魔法の知識は素晴らしかったが極端な世間知らずで、なおかつ人との接触を異常に避けていた。

「金の価値や使い方もよくわかっていない有様で、いままでどうやって生きてきたのだと聞いても笑って誤魔化す始末での。これは見捨てておけんと思ったのじゃよ。それに、オリーの魔法に関する知識は本物じゃったからの」

そこからふたりの研究と冒険の日々が始まり、やがて……グッケンス博士とオリーは結婚した。

「博士、奥さんがいらっしゃったんですか!?」
「ああ、もう随分前に亡くなってしまったがの。あれも躰が弱かった……」

びっくりしている私に、博士がさらにびっくり情報を追加する。

「わしの妻、オリー・グッケンスが、この肖像画の人物なのじゃよ」

(皇帝の系図から存在を抹消されている〝死んだはず〟のオルキーディア姫がグッケンス博士の奥さん!?)

「だいぶあと、先帝の死期が近くなったとき、わしの妻としてオリーは父親と再会した。このことを知るのは現在の皇帝とそれを継ぐ第一皇子だけじゃ」

「そうだったんですね」

(博士がなんやかんや言いながらも、皇家や帝国軍に協力してきたのは、陰ながら奥さんの家族を助けたかったからなんだね、きっと……)

「それであの肖像画の意味がわかりました。きっと贈り物の中に、博士が関心を持ってくれそうなものをひとつでも増やしたかったんですね」
しおりを挟む
感想 3,002

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。

下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。 ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。