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6 謎の事件と聖人候補
876 オルキーディア姫と魔法使いオリー
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「側妃様やオルキーディア皇女様も粛清の対象に?」
グッケンス博士はコーヒーを飲みながら淡々と語る。
「オルキーディアの母は、出産後からほぼ寝たきりの生活をしていた。彼女には、実家が犯罪を犯し没落したことは耐え難い苦痛だったじゃろうの。結局、娘の命を助けて欲しいという遺書を残して服毒自殺してしまった。対外的には病死扱いだったがな」
「お気の毒ですね……」
貴族の場合、実家とのつながりは嫁いだあとも続いていくし、実家の影響力は特に皇宮で生活する場合とても大きな意味を持つ。大貴族ともなれば公私ともにさまざまな援助を受けて暮らしていくのが普通だ。
(まぁ、その見返りに皇帝や皇宮に関する情報を伝えたり、実家に有利に物事が運ぶようにロビー活動的なこともするわけだけど……躰も心も弱いご令嬢だったこの側妃様はそんなこともほとんどできなかったかもね。とはいっても頼みの綱の母が死んでしまって、後ろ盾もなくひとりきり残されたオルキーディア姫はきっともっと辛かったよね)
「皇帝はまだ成人していない娘の処遇に悩んだようだ。先帝は子煩悩な男ではあったし、情も深かった。だが皇帝に歯向かった一族の血を引く皇女をそのままにして置けず、生涯幽閉か修道院かそんな選択肢しかないことに悩んだそうじゃ」
だが、そこで唐突にオルキーディア姫は事故死してしまう。
せめて幽閉される前に実家の墓に埋葬された母の菩提を弔いたいと馬車で移動中に、悪天候により起こった崖崩れで川へ転落したのだ。従者たちは助かったが、オルキーディアは流され死体が回収されたのは数週間後、ひどい状態の遺体の着ていた衣服からかろうじて彼女の〝死亡〟は確認され、ひっそりと葬儀が行われた。
「話は変わるが、わしは貧乏学者の家の生まれでな。魔法力が高かったこともあり、十歳で中堅貴族の養子に入った。まぁ、金で売られたわけじゃが、うちの困窮ぶりはそれはひどかったからの。自分から進んでいったよ」
「え、博士が?!」
「ふふ、そう暗い顔をせずとも良い。飯は食えるし勉強はできるし、悪くない生活じゃった。大事にしてもらったよ。最初はな……」
後継のいない貴族が、魔法力の高い子供を養子にしたり、子供がいても有事の際の〝スペア〟として育てることはこの世界では珍しくない。博士は後者のケースだったが、ハンス少年はあまりに優秀過ぎた。
「その家の跡取りがわしと比べられることを嫌がりはじめてな。あとからやってきて、なんの知識もないところからあっという間に魔法も勉強も武術も跡取り息子に勝るようになったわしが煙たかったのじゃろうよ」
跡取りの意に染まない養子の立場は弱く、十五歳になると魔法学校卒業までは援助するという確約とともに、ハンス少年はその家と縁を切られた。
「ひっどーい! 魔法力に目が眩んで養子にしておきながら、なんで優秀だからって疎まれるの? わけわかんない!」
私がぷりぷり怒るのを、グッケンス博士は笑って見ている。
「とりあえず魔法学校に入るときには元の家の名に戻し、そこからは研究と魔法三昧の毎日よ。実に楽しい時期じゃった」
魔法学校卒業後、研究職として農業をテーマに選んだ博士だったが、在学中からそのあまりに突出した魔法力と、学ぶことで開花した他の追随を許さない圧倒的な技術は噂となっていた。卒業後は当然のように討伐系の難しい事案がたびたび持ち込まれたが、それを研究の片手間で軽々とこなす様子に、軍部にも当然目をつけられる。
「わしは研究費が欲しくて依頼を受けていただけじゃったが、有名になり始めると〝国家魔術師〟になれと、もうしつこくてな。わしは面倒になり、魔法学校へは最低限の日数しか戻らぬようになった。研究はどこでもできるし、どこでも日銭は稼げたからな」
「でしょうね」
こうして放浪の研究者となったグッケンス博士は、ある人に出会う。
「わしがオリーという名の魔法使いと出会ったのは、それから数年ののちじゃった。本当に偶然、行き倒れていた魔法使いを見つけたのじゃ」
「魔法使いなら、いろいろ稼ぎ口はありますよね。なんでそのオリーさんは行き倒れていたんですか?」
オリーと名乗った若い女性魔法使いは、とても地味な服装をし、大きなバッグいっぱいの魔法関連の書籍を持っていた。
「そのときは本を買い過ぎて全財産を使い果たし、帰宅途中で倒れたらしい。とにかく本の虫で、熱中すると寝食を忘れるやつじゃった」
博士があきれるほどの変わり者〝オリー〟を見捨てておけず、そこから博士は彼女の面倒をみることになった。
オリーは魔法の知識は素晴らしかったが極端な世間知らずで、なおかつ人との接触を異常に避けていた。
「金の価値や使い方もよくわかっていない有様で、いままでどうやって生きてきたのだと聞いても笑って誤魔化す始末での。これは見捨てておけんと思ったのじゃよ。それに、オリーの魔法に関する知識は本物じゃったからの」
そこからふたりの研究と冒険の日々が始まり、やがて……グッケンス博士とオリーは結婚した。
「博士、奥さんがいらっしゃったんですか!?」
「ああ、もう随分前に亡くなってしまったがの。あれも躰が弱かった……」
びっくりしている私に、博士がさらにびっくり情報を追加する。
「わしの妻、オリー・グッケンスが、この肖像画の人物なのじゃよ」
(皇帝の系図から存在を抹消されている〝死んだはず〟のオルキーディア姫がグッケンス博士の奥さん!?)
「だいぶあと、先帝の死期が近くなったとき、わしの妻としてオリーは父親と再会した。このことを知るのは現在の皇帝とそれを継ぐ第一皇子だけじゃ」
「そうだったんですね」
(博士がなんやかんや言いながらも、皇家や帝国軍に協力してきたのは、陰ながら奥さんの家族を助けたかったからなんだね、きっと……)
「それであの肖像画の意味がわかりました。きっと贈り物の中に、博士が関心を持ってくれそうなものをひとつでも増やしたかったんですね」
「側妃様やオルキーディア皇女様も粛清の対象に?」
グッケンス博士はコーヒーを飲みながら淡々と語る。
「オルキーディアの母は、出産後からほぼ寝たきりの生活をしていた。彼女には、実家が犯罪を犯し没落したことは耐え難い苦痛だったじゃろうの。結局、娘の命を助けて欲しいという遺書を残して服毒自殺してしまった。対外的には病死扱いだったがな」
「お気の毒ですね……」
貴族の場合、実家とのつながりは嫁いだあとも続いていくし、実家の影響力は特に皇宮で生活する場合とても大きな意味を持つ。大貴族ともなれば公私ともにさまざまな援助を受けて暮らしていくのが普通だ。
(まぁ、その見返りに皇帝や皇宮に関する情報を伝えたり、実家に有利に物事が運ぶようにロビー活動的なこともするわけだけど……躰も心も弱いご令嬢だったこの側妃様はそんなこともほとんどできなかったかもね。とはいっても頼みの綱の母が死んでしまって、後ろ盾もなくひとりきり残されたオルキーディア姫はきっともっと辛かったよね)
「皇帝はまだ成人していない娘の処遇に悩んだようだ。先帝は子煩悩な男ではあったし、情も深かった。だが皇帝に歯向かった一族の血を引く皇女をそのままにして置けず、生涯幽閉か修道院かそんな選択肢しかないことに悩んだそうじゃ」
だが、そこで唐突にオルキーディア姫は事故死してしまう。
せめて幽閉される前に実家の墓に埋葬された母の菩提を弔いたいと馬車で移動中に、悪天候により起こった崖崩れで川へ転落したのだ。従者たちは助かったが、オルキーディアは流され死体が回収されたのは数週間後、ひどい状態の遺体の着ていた衣服からかろうじて彼女の〝死亡〟は確認され、ひっそりと葬儀が行われた。
「話は変わるが、わしは貧乏学者の家の生まれでな。魔法力が高かったこともあり、十歳で中堅貴族の養子に入った。まぁ、金で売られたわけじゃが、うちの困窮ぶりはそれはひどかったからの。自分から進んでいったよ」
「え、博士が?!」
「ふふ、そう暗い顔をせずとも良い。飯は食えるし勉強はできるし、悪くない生活じゃった。大事にしてもらったよ。最初はな……」
後継のいない貴族が、魔法力の高い子供を養子にしたり、子供がいても有事の際の〝スペア〟として育てることはこの世界では珍しくない。博士は後者のケースだったが、ハンス少年はあまりに優秀過ぎた。
「その家の跡取りがわしと比べられることを嫌がりはじめてな。あとからやってきて、なんの知識もないところからあっという間に魔法も勉強も武術も跡取り息子に勝るようになったわしが煙たかったのじゃろうよ」
跡取りの意に染まない養子の立場は弱く、十五歳になると魔法学校卒業までは援助するという確約とともに、ハンス少年はその家と縁を切られた。
「ひっどーい! 魔法力に目が眩んで養子にしておきながら、なんで優秀だからって疎まれるの? わけわかんない!」
私がぷりぷり怒るのを、グッケンス博士は笑って見ている。
「とりあえず魔法学校に入るときには元の家の名に戻し、そこからは研究と魔法三昧の毎日よ。実に楽しい時期じゃった」
魔法学校卒業後、研究職として農業をテーマに選んだ博士だったが、在学中からそのあまりに突出した魔法力と、学ぶことで開花した他の追随を許さない圧倒的な技術は噂となっていた。卒業後は当然のように討伐系の難しい事案がたびたび持ち込まれたが、それを研究の片手間で軽々とこなす様子に、軍部にも当然目をつけられる。
「わしは研究費が欲しくて依頼を受けていただけじゃったが、有名になり始めると〝国家魔術師〟になれと、もうしつこくてな。わしは面倒になり、魔法学校へは最低限の日数しか戻らぬようになった。研究はどこでもできるし、どこでも日銭は稼げたからな」
「でしょうね」
こうして放浪の研究者となったグッケンス博士は、ある人に出会う。
「わしがオリーという名の魔法使いと出会ったのは、それから数年ののちじゃった。本当に偶然、行き倒れていた魔法使いを見つけたのじゃ」
「魔法使いなら、いろいろ稼ぎ口はありますよね。なんでそのオリーさんは行き倒れていたんですか?」
オリーと名乗った若い女性魔法使いは、とても地味な服装をし、大きなバッグいっぱいの魔法関連の書籍を持っていた。
「そのときは本を買い過ぎて全財産を使い果たし、帰宅途中で倒れたらしい。とにかく本の虫で、熱中すると寝食を忘れるやつじゃった」
博士があきれるほどの変わり者〝オリー〟を見捨てておけず、そこから博士は彼女の面倒をみることになった。
オリーは魔法の知識は素晴らしかったが極端な世間知らずで、なおかつ人との接触を異常に避けていた。
「金の価値や使い方もよくわかっていない有様で、いままでどうやって生きてきたのだと聞いても笑って誤魔化す始末での。これは見捨てておけんと思ったのじゃよ。それに、オリーの魔法に関する知識は本物じゃったからの」
そこからふたりの研究と冒険の日々が始まり、やがて……グッケンス博士とオリーは結婚した。
「博士、奥さんがいらっしゃったんですか!?」
「ああ、もう随分前に亡くなってしまったがの。あれも躰が弱かった……」
びっくりしている私に、博士がさらにびっくり情報を追加する。
「わしの妻、オリー・グッケンスが、この肖像画の人物なのじゃよ」
(皇帝の系図から存在を抹消されている〝死んだはず〟のオルキーディア姫がグッケンス博士の奥さん!?)
「だいぶあと、先帝の死期が近くなったとき、わしの妻としてオリーは父親と再会した。このことを知るのは現在の皇帝とそれを継ぐ第一皇子だけじゃ」
「そうだったんですね」
(博士がなんやかんや言いながらも、皇家や帝国軍に協力してきたのは、陰ながら奥さんの家族を助けたかったからなんだね、きっと……)
「それであの肖像画の意味がわかりました。きっと贈り物の中に、博士が関心を持ってくれそうなものをひとつでも増やしたかったんですね」
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