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5森に住む聖人候補
858 博士の勘
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858
私の良き理解者であるグッケンス博士は、この長い休暇旅に出ることに両手を上げて賛同してくれていたし、常々私の働き過ぎを心配してくれていた。その博士が、こののんびりした諸国漫遊の旅を一時中断して、領地に戻れというのだ。
「えっと……マリス領で何かまずいことでも起きているのでしょうか」
「いや、そうではない。むしろ、おまえさんを守るために、いまはあの領地にいることを勧めるのじゃ」
そこから博士は、今回の騒動で発見された巨大な蛇塊の中から取り出された呪物の〝核〟について、現時点までにわかっていることについて教えてくれた。
「実はな、これよりかなり以前から、わしもセイリュウも頻発する呪物による事件に違和感を感じておった。
メイロードが最初に遭遇したアラグラ村近くの〝生命の樹ダンジョン〟でエントたちを枯れさせるところだったあの〝厭魅〟のときは、まだそこまでの疑問はなかった。
だが、そこからが明らかにおかしかったのじゃ。あのあと数百年に一度とされていたはずの〝厭魅〟の出現がたった数年で二回起きた。さらに若い魔術師たちを使役する目的で、強力な魔力が封じ込められた謎の石を使って作られた〝契約の首輪〟の出現…‥あれもほとんど呪物に等しい成り立ちの呪いを帯びた品物。しかもこれも入手経路が不明のままだ。
その上で、今度は皇女の命を危険にさらした呪いの〝虹彩鳥〟の出現。こうした一連の出来事のあとに起きた今回の沿海州での〝青の巫女〟への憑依と強力な呪物による病気の蔓延……これは偶然か?
セイリュウも覚えがないというほど短期間に連続して起きている呪いにかかわる事件。
そのどれにも見られた禍々しい気配と強力に過ぎる呪力……そしてそれを可能にする莫大な魔力が注がれた痕跡、これは、これは人に成しうるものなのか?」
私は博士の苦し気な口調に、きゅっと胸が痛むような気がした。
「それに、今回メイロードは〝声〟を聞いたと言ったな」
「はい、ごく短いものでしたが、確かに聞きました」
そこで博士はため息をついた。
「ここからわしが話すことは、残念だがまだ推測だ。非常事態が近づきつつあるとわしの勘は告げているが、ことが大きすぎて公にするにはあまりにも証拠が足りぬ。だが、相手はおそらくメイロードを見つけてしまった。お前さんはできるだけ早くここを立ち去った方がいい。そして、最も身の守りを整えやすい場所へ戻った方がいい……とわしは考える」
「私が危険だと?」
「ああ、そうじゃ」
博士の顔は真剣だった。
そこでセイリュウが言葉を継いだ。
「メイロード、このことはこの世界そして天界をも巻き込む大事件になるかもしれない。となるとね、君という膨大な魔法力を持つ存在には、できる限り僕たちの目の届くところにいまは居てほしい、ってことなんだ」
「天界って……それって、まさか……他の大陸に関係することですか?」
「ああ、そうじゃ……魔族……一連の事件の背後には魔族がいる。エイガン大陸に閉じ込められ、人間界と隔絶した場所にしか存在しないはずの魔族が動いている気配がするのじゃ」
この世界の歴史について学んだときに教えてもらった。遥か昔、魔族と人間との壮絶な戦いの最後に天が世界をふたつに分けた話。そしてお互い干渉することができなくなったはずのふたつの世界の壁を、いま誰かが越えようとしている。それが一連の騒動から博士とセイリュウの導き出した答えだった。
「……わかりました。戻ります」
私は笑顔で即答した。
「今回の旅では十分休ませてもらいましたし、そろそろ領地の様子を見ておくのもいいかもしれません」
「なんだか、ごめんよ、メイロード」
セイリュウがとてもすまさそうにそう言ったが、私は首を振った。
「気にしないでください。私だってこの世界で生きているんですから、そんな恐ろしい脅威が迫っている可能性があるなら、慎重に行動したほうがいいことぐらいわかります。私の力が悪用されたりすることは絶対避けたいですからね」
私は明るくそう言いながら、すっかり冷めてしまったお茶を入れ替えてみんなに勧めると、最近はまっている和菓子作りの成果であるかわいらしい花の形をした練り切りを用意した。
「さぁ、明日は片付けをして、タイチのところにも挨拶に行かなくちゃね。ソーヤお家の片付けをお願い!」
「はい、お任せくださいませ、メイロードさま!」
グッケンス博士とセイリュウはわたしたちのやりとりを見て微笑みながら、お茶をすすり練り切りを食べている。
「お茶に合うでしょう、この練り切り。その形を作るの大変だったんですからね。ちゃんと味わって食べてくださいよ」
「ああ、美味しいよ。品の良い甘さだ」
「とても自然な甘さだね。形も色使いも綺麗で、好きだよこれ」
私はその感想に満足して、お茶を一口すすると、波の音がする暗い海と星空を見上げた。
(さあ、帰ろう。慎重に、でも普段と変わらない生活をしよう。みんながいる。大丈夫、きっと大丈夫!)
私の良き理解者であるグッケンス博士は、この長い休暇旅に出ることに両手を上げて賛同してくれていたし、常々私の働き過ぎを心配してくれていた。その博士が、こののんびりした諸国漫遊の旅を一時中断して、領地に戻れというのだ。
「えっと……マリス領で何かまずいことでも起きているのでしょうか」
「いや、そうではない。むしろ、おまえさんを守るために、いまはあの領地にいることを勧めるのじゃ」
そこから博士は、今回の騒動で発見された巨大な蛇塊の中から取り出された呪物の〝核〟について、現時点までにわかっていることについて教えてくれた。
「実はな、これよりかなり以前から、わしもセイリュウも頻発する呪物による事件に違和感を感じておった。
メイロードが最初に遭遇したアラグラ村近くの〝生命の樹ダンジョン〟でエントたちを枯れさせるところだったあの〝厭魅〟のときは、まだそこまでの疑問はなかった。
だが、そこからが明らかにおかしかったのじゃ。あのあと数百年に一度とされていたはずの〝厭魅〟の出現がたった数年で二回起きた。さらに若い魔術師たちを使役する目的で、強力な魔力が封じ込められた謎の石を使って作られた〝契約の首輪〟の出現…‥あれもほとんど呪物に等しい成り立ちの呪いを帯びた品物。しかもこれも入手経路が不明のままだ。
その上で、今度は皇女の命を危険にさらした呪いの〝虹彩鳥〟の出現。こうした一連の出来事のあとに起きた今回の沿海州での〝青の巫女〟への憑依と強力な呪物による病気の蔓延……これは偶然か?
セイリュウも覚えがないというほど短期間に連続して起きている呪いにかかわる事件。
そのどれにも見られた禍々しい気配と強力に過ぎる呪力……そしてそれを可能にする莫大な魔力が注がれた痕跡、これは、これは人に成しうるものなのか?」
私は博士の苦し気な口調に、きゅっと胸が痛むような気がした。
「それに、今回メイロードは〝声〟を聞いたと言ったな」
「はい、ごく短いものでしたが、確かに聞きました」
そこで博士はため息をついた。
「ここからわしが話すことは、残念だがまだ推測だ。非常事態が近づきつつあるとわしの勘は告げているが、ことが大きすぎて公にするにはあまりにも証拠が足りぬ。だが、相手はおそらくメイロードを見つけてしまった。お前さんはできるだけ早くここを立ち去った方がいい。そして、最も身の守りを整えやすい場所へ戻った方がいい……とわしは考える」
「私が危険だと?」
「ああ、そうじゃ」
博士の顔は真剣だった。
そこでセイリュウが言葉を継いだ。
「メイロード、このことはこの世界そして天界をも巻き込む大事件になるかもしれない。となるとね、君という膨大な魔法力を持つ存在には、できる限り僕たちの目の届くところにいまは居てほしい、ってことなんだ」
「天界って……それって、まさか……他の大陸に関係することですか?」
「ああ、そうじゃ……魔族……一連の事件の背後には魔族がいる。エイガン大陸に閉じ込められ、人間界と隔絶した場所にしか存在しないはずの魔族が動いている気配がするのじゃ」
この世界の歴史について学んだときに教えてもらった。遥か昔、魔族と人間との壮絶な戦いの最後に天が世界をふたつに分けた話。そしてお互い干渉することができなくなったはずのふたつの世界の壁を、いま誰かが越えようとしている。それが一連の騒動から博士とセイリュウの導き出した答えだった。
「……わかりました。戻ります」
私は笑顔で即答した。
「今回の旅では十分休ませてもらいましたし、そろそろ領地の様子を見ておくのもいいかもしれません」
「なんだか、ごめんよ、メイロード」
セイリュウがとてもすまさそうにそう言ったが、私は首を振った。
「気にしないでください。私だってこの世界で生きているんですから、そんな恐ろしい脅威が迫っている可能性があるなら、慎重に行動したほうがいいことぐらいわかります。私の力が悪用されたりすることは絶対避けたいですからね」
私は明るくそう言いながら、すっかり冷めてしまったお茶を入れ替えてみんなに勧めると、最近はまっている和菓子作りの成果であるかわいらしい花の形をした練り切りを用意した。
「さぁ、明日は片付けをして、タイチのところにも挨拶に行かなくちゃね。ソーヤお家の片付けをお願い!」
「はい、お任せくださいませ、メイロードさま!」
グッケンス博士とセイリュウはわたしたちのやりとりを見て微笑みながら、お茶をすすり練り切りを食べている。
「お茶に合うでしょう、この練り切り。その形を作るの大変だったんですからね。ちゃんと味わって食べてくださいよ」
「ああ、美味しいよ。品の良い甘さだ」
「とても自然な甘さだね。形も色使いも綺麗で、好きだよこれ」
私はその感想に満足して、お茶を一口すすると、波の音がする暗い海と星空を見上げた。
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