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5森に住む聖人候補

855 呪いの正体

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855

「今回の流行病の分布状況から、大河へ注ぎ込んでいる源流に、なんらかの〝呪〟が仕込まれていると予想を立てたでしょ? それで俯瞰で見たほうが探しやすいだろうと、僕とグッケンス博士で上空から川を遡りながら〝呪〟の痕跡を探っていったんだけどね」

仕事を完遂して、疲れたから心身を癒せるような御神酒が欲しいというセイリュウに、私はお疲れ様の気持ちを込めて、保存してあるコレクションの中でもよく磨かれた最高の酒造好適米が使われた純米大吟醸のひとつを取り出した。この濁りのない澄んだ風味ならきっとセイリュウの気にいるだろう。私はセイリュウお気に入りのガラス製の酒器とともにその透明な酒の入った四号ほどのピッチャーを置いた。

セイリュウは待ちきれない様子で、机に置かれたそれを盃に注ぐと、心からの笑顔を浮かべて美味しそうにまずは一杯を飲み干した。そしてしばし目を閉じたセイリュウは、何度もうなずいてから、うっとりとした表情で三杯を飲み干しやっと話を続けてくれた。

(このお酒を一口含んだところで、セイリュウは少し光り始めちゃったんだよね。このお酒をかなり気に入ってくれたからなのかな? やはり異世界産のモノには特殊な回復効果があるってことなんだろうか……)

「ああ、いいね。これはいい! 染み渡るねぇ……失った力が戻ってくるのを感じるよ。素晴らしい!

そうだ〝呪〟の話だったね。探索の末に僕らが見つけた今回の呪いの元はいわゆる〝ニエ〟を使った巨大な呪塊だったんだけどね……」

尊き神の眷属であるセイリュウのくだけっぷりにセイカはかなり驚いてはいたが、すぐに話の内容に真剣な面持ちで引き込まれていき、〝ニエ〟という不穏な言葉に眉をひそめた。

それは人も滅多に寄らない霊山の奥にあったという。巨大でありながらうまく森に隠されていて、人の目ではかなり近づかなけばわからないようになっていたそうだ。セイリュウのように、上空から探さないかぎり、探し当てるだけでも相当骨が折れただろう場所だった。

しかも〝ニエ〟を使った呪いということは、なにかを生贄として犠牲にしてそれを依代とした〝呪〟を発動させたということだ。そんな生命を弄ぶような〝呪〟が存在するのだと思うだけで、気持ちが暗くなっていく。

私とセイカは、イヤな予感に眉をひそめてセイリュウの方を見るが、セイリュウは至極落ち着いて、いつもの穏やかな微笑みを浮かべている。

「年若い君たちに聞かせるようなことじゃない気もするけど、まぁ、話さないわけにもいかないな……」

セイリュウはそう言ってから、その〝呪〟について教えてくれた。

「メイロードが倒したやつは、〝蛇の王〟と自称していたんだよね」

「そうですね。〝蛇の王〟として君臨する……というようなことを言っていたので、あの時点ではまだ王ではなかったのかもしれませんが……」

「なるほど……だが、そいつの支配力はすでにかなり強力なものだったみたいだ」

セイリュウたちが、その霊山の源流で見た呪物は、遠くからは巨大な球状の黒い塊に見えたそうだ。

「放っている邪悪な気が強烈だったから、呪物だってことはすぐわかったんだけど、近づくまでなにでできているのかよく見えなかった」

その立派な家よりも大きな球体をした呪物の近くに降り立ち目の前に立ったとき、やっとそれが無数の蛇で形作られているとわかったそうだ。

「蛇はすべて猛毒を持つ蛇で、大きさも種類も多岐に渡っていた。それがお互いに噛み合い殺し合いながらうごめいているんだ。完全に意識を支配され、お互いを食い合おうとしている様子には正直ゾッとしたね。あの数の蛇を完全に支配下に置いて、その命と負の力を〝贄〟として捧げさせるなんて正気の沙汰じゃない。

それにね、こんな強力な呪力をいくら魔物とはいえ一匹の蛇が持つなんて、あまりにもおかしな話なんだ」

呪物を作り出すという行為そのものが最悪なのはもちろんだが、さらに心が沈むのは〝蛇の王〟と名乗っておきながら、アレは自分と同じ仲間であるはずの蛇を道具として扱い、その命を自らの欲のために弄んでおきながら、それをなんとも思っていなかったことだ。

「あの……それで、その巨大な呪塊を、どうやって鎮められたのでございましょう?」

セイカが恐る恐る口にする。やはり巫女姫としては、それは気になるところなのだろう。

「ああ、それね。

まず、その場所からは即刻移動させたほうがいいというのが、博士と僕の見解だった。もし仮にそこで呪塊を壊した場合、おそらく大量の毒蛇の死体とそれから発せられた〝呪〟が霊山の清水に流れ込んでしまう可能性があったからね」

そこでセイリュウはその美しい顔で微笑みながらこう言った。

「だからね、僕が蹴ってやったんだ」

「蹴った? 呪物をですか?」

「うん。思いっきりね」

呪物の表面に結界を作って外部への影響を最小限にしたところで、グッケンス博士に最適な方向を《地形探索》と《地形把握》の高度なスキルを用いて瞬時に探してもらい、最も影響が少なそうな場所に向かって蹴ったのだという。

人も動物も寄り付かない石だらけの谷に向かって聖なる力を解放してとんでもない脚力で蹴り出したらしい。

(もうさっきまでの神の眷属モードは解除されちゃって、いつものセイリュウの口調ね。まぁ、私はそのほうがいいけど)

かなりの樹木は犠牲になったが、それにより呪物は霊山から離れた場所の谷底に落ちていった。

「そのあとは僕が聖なる雷で呪物を焼いていったんだけど、大きいからこれにまた時間がかかってさ」

そう言っているセイリュウが、全然大変そうに見えないのは、美味しい御神酒のおかげでだいぶご機嫌になっているせいだろう。

(セイカの前ではもうちょっと威厳があっても良いんじゃないの、セイリュウ?)

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