上 下
663 / 823
5森に住む聖人候補

852 奥の院へ

しおりを挟む
852

「お待ち致しておりました、メイロードさま」

奥の院の入り口で深々と頭を下げているのは〝青の巫女〟にもっとも近しい侍従筆頭のクモイさん。彼女は私とセイカの関係を知る数少ない巫女姫の側近だ。私はこの非常事態に、手紙のやり取りができる彼女にコンタクトを取り、こうして大神殿の奥の院まで通してもらうことができた。

セイリュウは私が結界の内側に入れば、私から発せられる力をトリガーにしてその場所へ移動できるそうなので、水の汚染問題が片付いたらこちらにきてくれる手筈になっている。とはいっても、どちらが早く問題を解決できるかは、現状では予測がつかない。

最悪、私は最後までひとりでセイカを助けなければならないかもしれないという覚悟でいる。

そんな事情もあり、相手に警戒されてしまうような、たとえばいきなり魔法を使って強引に忍び込むといった方法は使いたくなかった。

とはいえ、沿海州の人間ですらないの私がとれる方法は多くない。おそらく正攻法では大神殿にコンタクトを取ることすらまず不可能だろう。それになるべく時間をかけたくない。

それで、ソーヤに密書の配達を頼むことにした。普段であれば一通の手紙だけでは決してこんなに素早い対応で奥の院に上がることなどできないはずだが、私のことを知る数少ない奥の院の中にいる人物であるクモイさんへの直訴と、状況の逼迫がそれを可能にしたのだろう。

クモイさんはその場で手紙を読み、私が奥の院へ入れるよう取り計らうと約束してくれ、ソーヤにセイカ直筆の〝神殿立入許可状〟を持たせてくれた。

「これはいつかメイロードさまが巫女姫様にお会いになりたいと言われたときのためにご用意されていたものでございます。それを、まさかのようなときにお使いいただくことになりますとは……」

そう言って涙をこぼしていたという。

それほどに警備が厳重で面倒な神殿への立ち入りだが、セイカが用意してくれた許可状のおかげで、奥の院まで正攻法で入ることができ、私はとても安堵した。

(《迷彩魔法》を駆使して侵入することはできるだろうけど、できれば周囲の協力は得たいところだから、こうして正攻法で、しかも迅速に対応してくれて助かったな)

「では、誠に申し訳ございませんがこちらの布を頭からかけていただけますか、メイロードさま」

渡されたのはみるからに高価な、薄絹に丁寧な刺繍が施された大判の布。私の訪問はごく限られた者にしか知らされていないそうだ。〝青の巫女〟のなどという存在は、なるべく人目をひかない方がどちらにとってもいいのだから、文句はない。

私はこの国のやんごとない身分の姫君風に偽装してセイカの元までいくために、これを身につけて躰のほとんどを隠し、静々と進んでいった。

「セイ……巫女姫さまのご容態はかなりお悪いのですか?」
「はい、どうかご覚悟ください。いまの巫女姫さまは、姫に憑依しようとする悪しきものと対峙されていらっしゃいます。悪しきものの力は強く、お苦しそうで……おいたわしいかぎりでございます」

クモイさんは、つとめて冷静に対応してくれているが、その憔悴ぶりはひと目見てわかるほどだ。周囲の方たちもきっと同様に疲弊されているに違いない。

「そう……大変でしたね。手紙にも書きましたが、私は〝呪〟に関しては、何度か大きなものの解呪に関わった経験があります。きっと彼女の助けになるはずです。絶対の自信はありませんが、高い魔法力と世界一の魔法使いに学んだ技術、そして青龍に師事して得た《聖魔法》もあります。できる限りの力は尽くすつもりでここへきました。他に手段がないのであれば、私に状況をお聞かせください」

「メイロードさま……」

やつれた顔のクモイの目にみるみる涙が溜まっていく。

大まかな状況については、大神殿内への立入許可の書面とともに、クモイさんが手紙で教えてくれていた。

〝青の巫女〟の務めとして、毎日行われている世界の安寧を祈願するための〝祈りの行〟と呼ばれる滝行のとき、その異変は起こった。水の中に一筋の黒いシミが現れると、それが巫女の躰にさながら大蛇の如く絡みつき、その禍々しいものは、そのままセイカの躰の中に吸い込まれてしまった。

セイカはその場で倒れ込み、そのとき得体の知れぬ彼女に取り憑いたのだという。

「あの滝の水は最も清浄とされる霊山の源流から引き込まれた清い水のはずでございます。それにあのような禍々しいものが混じることなど、あり得ないことでございました」

クモイさんからの手紙を読んで、私は伝染病かと思われた奇病とセイカの呪いの間のつながりが見えてきた。

おそらくその霊山の源流に呪物が仕掛けられているのだ。

セイリュウと博士も同意見だったので、セイリュウたちのチームにはその線で動いてくれている。

(セイカを助けるんだ、絶対!)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔術師セナリアンの憂いごと

野村にれ
ファンタジー
エメラルダ王国。優秀な魔術師が多く、大陸から少し離れた場所にある島国である。 偉大なる魔術師であったシャーロット・マクレガーが災い、争いを防ぎ、魔力による弊害を律し、国の礎を作ったとされている。 シャーロットは王家に忠誠を、王家はシャーロットに忠誠を誓い、この国は栄えていった。 現在は魔力が無い者でも、生活や移動するのに便利な魔道具もあり、移住したい国でも挙げられるほどになった。 ルージエ侯爵家の次女・セナリアンは恵まれた人生だと多くの人は言うだろう。 公爵家に嫁ぎ、あまり表舞台に出る質では無かったが、経営や商品開発にも尽力した。 魔術師としても優秀であったようだが、それはただの一端でしかなかったことは、没後に判明することになる。 厄介ごとに溜息を付き、憂鬱だと文句を言いながら、日々生きていたことをほとんど知ることのないままである。

前世ポイントッ! ~転生して楽しく異世界生活~

霜月雹花
ファンタジー
 17歳の夏、俺は強盗を捕まえようとして死んだ――そして、俺は神様と名乗った爺さんと話をしていた。話を聞けばどうやら強盗を捕まえた事で未来を改変し、転生に必要な【善行ポイント】と言う物が人より多く貰えて異世界に転生出来るらしい。多く貰った【善行ポイント】で転生時の能力も選び放題、莫大なポイントを使いチート化した俺は異世界で生きていく。 なろうでも掲載しています。

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり
ファンタジー
 ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。  しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。  王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。    身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。    翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。  パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。  祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。  アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。  「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」    一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。   「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。 ****** 週3日更新です。  

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。