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5森に住む聖人候補
835 炭火焼き最高!
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835
鳥肉に食らいついたその口からはポタポタと肉汁がこぼれ落ちた。それからしばし目を瞑りタルロさんは肉を噛み締め、またカッと目を見開くと今度は猛烈な勢いで食べ始め、かなり大きなもも肉をあっという間に食べ尽くした。
「これは……とても同じ鳥とは思えないぞ。ともかく普段の鳥よりもふっくらとしながらも心地いい噛み応えで、とにかく圧倒的に肉汁が多い。そうか、表面を素早く固めてしかも焼き時間が短いから肉汁が飛ばないんだな……それにしても、炭火を使うとこうも違うとは……正直驚いたよ。あんな短時間で焼き上げたのに火の入り方はむしろいつも以上で、焼きムラもなくしっかり中まで温かい。それにこのパリッとした食感はどうだ! 皮が信じられないほど香ばしくて噛むたびにいい歯応えが最初にくる。これは、病みつきになるぜ!」
私の横ではソーヤが〝我が意を得たり〟という表情で自慢げに頷いているが、さすがは職人さん。タルロさんの食レポもなかなかだ。
そんな料理長の言葉を聞きながら、周りにいた方々が生唾をゴクリと飲む音が聞こえた。
「タルロ! あーあ、こんなにしゃぶるように食べきっちまって……少しはアタシたちに残そうっていう気遣いはないのかい、お前は!!」
お姉さんらしき人がタルロさんの頭を引っ叩く。
「痛って! ごめん、悪かったよ。だけどよ、これ、ただ塩を振っただけのはずなのに、我を忘れるほどうめえんだよ。いまから焼いてみるから、みんなも食ってみな!
間違ってないか、やり方を見ててくれるかい、メイロードさん?」
「ええ、もちろん」
タルロさんはすっかり炭火焼きの美味しさに魅せられたらしく、叩かれた頭をさすりながら、焼き加減を覚えるために、手慣れた様子で鳥やらオーク肉やら川魚やらを炭火で焼き始めた。
「分かりやすい焼き上がりの目安は肉汁の色です。透き通っていれば、中までしっかり火が入ってますよ。
生の状態なのは良くないですが、火の入り過ぎは肉を固くします。その辺りが料理人の腕の見せ所ですよ」
「おう、まかせてくんな! なるほど、こいつは火の色が見えていないところも十分熱が回ってる。それに、この炭の香りがどうにも食欲を掻き立てるな。こいつは上手く作れたらいい名物になりそうだ」
さすがはベテランの料理人。タルロさんはすぐにコツを掴み、焼き加減の微妙な調整をしながら仕上げていく。焼き上がった肉や魚には、厨房にいたみなさんの手がどんどん伸び、どの方もその美味しさに驚きつつ食べ尽くす勢いだ。
「次はオーブン風の料理をしてみましょうか」
こうした庶民の厨房でオーブン料理を作るにはとても時間と手間がかかるため、ここでは採用されていない。庶民の間ではオーブンは薪を大量に食う贅沢品。もちろん魔石オーブンなどあるわけもない。
「まず細かく挽いた白い豆を絞って汁を作りましょう」
都会ではだいぶ流通してきた乳製品だが、まだまだこうした地方では簡単に手には入らない。
(マリス領は別だけどね)
そこでホワイトソースの材料として私が考えたのは豆乳もどきの豆を使ったクリームで作るグラタンだ。
乾燥した豆はたとえここで栽培していなくとも、行商人から手に入れやすい素材だし、この土地で作ることも可能な作物だ。もし気に入れば自分たちで栽培していくだろう。
「こうして野菜や肉を加えて味を整えた後にとろみをつけてください。これを深めの金属製の皿に入れ、その上にこれを置きます」
それは熱した炭を入れたフライパン。これで上から加熱して焦げ目を入れていくのだ。
数分でいい香りがたち始め、見つめる皆さんは満面に〝早く食べたい!〟という表情を浮かべている。満座の期待の中で上に乗せたフライパンを外すと、ジリジリとした音をたてた、しっかり焦げ目のついたグラタン風の料理が現れた。
「こいつはまたうまそうだな。これからの寒い季節にもぴったりだし、何よりこれは食材を選ばないよな。肉でも野菜でも魚でも、そのとき手に入る食材で作れる。こういう調理法はありがたいよ」
「そうなんです。この豆ソースはどの食材とも相性がいいですからね」
私たちが話している先から、四方八方からスプーンを握った手が伸びてきて、たっぷりあった野菜グラタンもあっという間に食べられていく。
「うっめーな、これ。パンにもよく合うし、最高だな」
「これは子供も好きな味だね。ちょっと手間だがウチでも作りたいよ」
「きっと魚でもうまいだろうな……やってみよう」
どうやらこの料理も好評のようで何よりだ。
「この小さな集落にも、新しい名物が増えそうだ。メイロードさん、ありがとな」
「いえ、私も楽しかったです。串焼きもきっとお店で使いやすいですよ。ぜひいろいろ作ってみてください」
「ああ、もちろんだ。腕がなるよ」
こうして私の炭焼き窯に関するミッションは完了した。
ところが、話はこれで終わらず、しばらくすると私はこのことで新たな面倒に巻き込まれてしまう。
(えー、どーしてそうなるのよぉ~!)
鳥肉に食らいついたその口からはポタポタと肉汁がこぼれ落ちた。それからしばし目を瞑りタルロさんは肉を噛み締め、またカッと目を見開くと今度は猛烈な勢いで食べ始め、かなり大きなもも肉をあっという間に食べ尽くした。
「これは……とても同じ鳥とは思えないぞ。ともかく普段の鳥よりもふっくらとしながらも心地いい噛み応えで、とにかく圧倒的に肉汁が多い。そうか、表面を素早く固めてしかも焼き時間が短いから肉汁が飛ばないんだな……それにしても、炭火を使うとこうも違うとは……正直驚いたよ。あんな短時間で焼き上げたのに火の入り方はむしろいつも以上で、焼きムラもなくしっかり中まで温かい。それにこのパリッとした食感はどうだ! 皮が信じられないほど香ばしくて噛むたびにいい歯応えが最初にくる。これは、病みつきになるぜ!」
私の横ではソーヤが〝我が意を得たり〟という表情で自慢げに頷いているが、さすがは職人さん。タルロさんの食レポもなかなかだ。
そんな料理長の言葉を聞きながら、周りにいた方々が生唾をゴクリと飲む音が聞こえた。
「タルロ! あーあ、こんなにしゃぶるように食べきっちまって……少しはアタシたちに残そうっていう気遣いはないのかい、お前は!!」
お姉さんらしき人がタルロさんの頭を引っ叩く。
「痛って! ごめん、悪かったよ。だけどよ、これ、ただ塩を振っただけのはずなのに、我を忘れるほどうめえんだよ。いまから焼いてみるから、みんなも食ってみな!
間違ってないか、やり方を見ててくれるかい、メイロードさん?」
「ええ、もちろん」
タルロさんはすっかり炭火焼きの美味しさに魅せられたらしく、叩かれた頭をさすりながら、焼き加減を覚えるために、手慣れた様子で鳥やらオーク肉やら川魚やらを炭火で焼き始めた。
「分かりやすい焼き上がりの目安は肉汁の色です。透き通っていれば、中までしっかり火が入ってますよ。
生の状態なのは良くないですが、火の入り過ぎは肉を固くします。その辺りが料理人の腕の見せ所ですよ」
「おう、まかせてくんな! なるほど、こいつは火の色が見えていないところも十分熱が回ってる。それに、この炭の香りがどうにも食欲を掻き立てるな。こいつは上手く作れたらいい名物になりそうだ」
さすがはベテランの料理人。タルロさんはすぐにコツを掴み、焼き加減の微妙な調整をしながら仕上げていく。焼き上がった肉や魚には、厨房にいたみなさんの手がどんどん伸び、どの方もその美味しさに驚きつつ食べ尽くす勢いだ。
「次はオーブン風の料理をしてみましょうか」
こうした庶民の厨房でオーブン料理を作るにはとても時間と手間がかかるため、ここでは採用されていない。庶民の間ではオーブンは薪を大量に食う贅沢品。もちろん魔石オーブンなどあるわけもない。
「まず細かく挽いた白い豆を絞って汁を作りましょう」
都会ではだいぶ流通してきた乳製品だが、まだまだこうした地方では簡単に手には入らない。
(マリス領は別だけどね)
そこでホワイトソースの材料として私が考えたのは豆乳もどきの豆を使ったクリームで作るグラタンだ。
乾燥した豆はたとえここで栽培していなくとも、行商人から手に入れやすい素材だし、この土地で作ることも可能な作物だ。もし気に入れば自分たちで栽培していくだろう。
「こうして野菜や肉を加えて味を整えた後にとろみをつけてください。これを深めの金属製の皿に入れ、その上にこれを置きます」
それは熱した炭を入れたフライパン。これで上から加熱して焦げ目を入れていくのだ。
数分でいい香りがたち始め、見つめる皆さんは満面に〝早く食べたい!〟という表情を浮かべている。満座の期待の中で上に乗せたフライパンを外すと、ジリジリとした音をたてた、しっかり焦げ目のついたグラタン風の料理が現れた。
「こいつはまたうまそうだな。これからの寒い季節にもぴったりだし、何よりこれは食材を選ばないよな。肉でも野菜でも魚でも、そのとき手に入る食材で作れる。こういう調理法はありがたいよ」
「そうなんです。この豆ソースはどの食材とも相性がいいですからね」
私たちが話している先から、四方八方からスプーンを握った手が伸びてきて、たっぷりあった野菜グラタンもあっという間に食べられていく。
「うっめーな、これ。パンにもよく合うし、最高だな」
「これは子供も好きな味だね。ちょっと手間だがウチでも作りたいよ」
「きっと魚でもうまいだろうな……やってみよう」
どうやらこの料理も好評のようで何よりだ。
「この小さな集落にも、新しい名物が増えそうだ。メイロードさん、ありがとな」
「いえ、私も楽しかったです。串焼きもきっとお店で使いやすいですよ。ぜひいろいろ作ってみてください」
「ああ、もちろんだ。腕がなるよ」
こうして私の炭焼き窯に関するミッションは完了した。
ところが、話はこれで終わらず、しばらくすると私はこのことで新たな面倒に巻き込まれてしまう。
(えー、どーしてそうなるのよぉ~!)
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